ストーキング兄
うららかな春の日差しの遊園地で、恋人と腕を組み歩く男。沢渡敦彦、二十七歳。
「ねえ、ジェットコースターは?」
「ああ、うん」
先刻から生返事の彼は、恋人と腕を絡ませながらも遊園地の中をひたすら歩くのみである。
「あっちゃん、何か探してるの?せっかく遊園地に来たのに」
「ん、いや、たまには童心に返って」
「じゃ、コーヒーカップくらい」
「いや、ちょっと待って……見つけたっ!」
「何を?」
返事ができないくらい夢中になっている視線の先には、高校生らしきカップルがある。
「ねえ?あっちゃん?」
恋人はゆっくりと敦彦を見上げる。
「遊園地に行こうなんて行ったのは、あたし以外の女の子の後をつけるって理由だったのかしら?だとしたら、私はいい面の皮ってところ?」
「いや、もちろん真澄と遊びたかったんだとも!」
「じゃあ、さっきからアトラクションに見向きもしないで、探していたのがあの子じゃなかったとでも?この浮気者のロリコン!」
恋人は乱暴に腕を離し、ついでに敦彦に背を向けようとした。
「違うっ!待ってくれっ!浮気でもロリコンでもないっ!あの娘は……」
「あの娘は?」
前方の二人が振り向き、女の子がしげしげと揉める二人を眺めた。そして―――
「あーっ!あっくんっ!何でここにいるの?」
「……妹、なんだ」
何かを言いたそうにしている恋人に必死の目配せをして、敦彦は妹に向かって手を振ってみせた。
「奈津も来てたのか。偶然だなあ……お、デートか?」
いささか棒読みの台詞に、隣に立つ恋人の、まじまじとした視線が痛かった。
不審そうな妹と、不得要領の顔をした男の子、そして片眉を上げたままの恋人を連れてフードスタンドに並ぶ敦彦は、出来得る限り兄の威厳―あるとすれば、だ―を保とうと、頭の中で会話を組み立てる。まず、奈津と一緒にいる男の情報を引き出し、ヤツの子供振りを暴き、妹を見守る立場の兄がいることを、焼き付けてやるのだ。思春期の男の頭の中など、ろくでもないに決まっているではないか。
「奈津はソフトクリームだよな?そっちの君は?」
「あ、自分で買いますから」
生意気に、遠慮してやがる。
「いいんだよ、妹の友達なんだから。子供は、大人に甘えとくものだよ」
「では、お言葉に甘えさせていただいて。コーラとフレンチフライを」
奢られるのに、二品頼むのか!ずうずうしい奴だ。
「あっちゃん、私はコーヒーフロートね」
恋人の真澄が横から口を挟み、席の確保をしようと他の二人を連れて行った。
「えーと、ソフトクリームとコーラとフレンチフライと……なんだっけ?コーヒー!コーヒー二つください!」
「あの綺麗なお姉ちゃん、コーヒーフロートって言ってたよ、お客さん」
カウンターの中のオジサンが、敦彦に向かって言う。
「へ?コーヒーフロート?じゃ、それ二つ」
出てきた品物を見て、敦彦は溜息を吐いた。アイスコーヒーにアイスクリームが浮かんでいる。
俺、コーヒーの甘いのって駄目なんだよな。何でこんなもの、頼んだんだろう?
トレーを持って妹の座る席に向かう。妹は男と親しげな微笑を交わし、時々敦彦の恋人の話に相槌を打っている。テーブルの上に持っていったトレーを乗せ、座に加わった敦彦は、苦い顔でストローを咥えた。