婚約者に病弱な幼馴染がいるそうなのでお友達になります。まずはラジオ体操第一から。
ミカには婚約者がいる。しかし婚約者はミカとのデートによく遅刻してくる。今回とうとうドタキャンをされてしまった。原因は幼馴染の体調が悪くなったからだという。そこでミカは考えた。その幼馴染が健康になればいいのだと。そしてそこから始まる幼馴染健康大作戦。まずはラジオ体操第一から開始します。
※細かいことは気にせず読んでください。
ソーラン伯爵家の次女であるミカには婚約者がいる。ヤーレン伯爵家の長男のラフである。しかしこのラフに、ミカは大切にされた記憶がほとんどない。
「とうとうドタキャンかぁ~」
今日は婚約記念日だった。今から四年前の今日、ミカとラフは婚約したのだ。婚約してから毎年この日になると出かけることにしていた。おととしはちゃんと来た。去年は遅刻してきた。そしてとうとう今年は、待ち合わせ時間の一時間前に行けない連絡を寄こす行為――ドタキャンをしてきたのである。
「仕方ない、で終わらせられる問題じゃないのよね」
ラフは去年遅刻して以降、普段のデートも遅刻するようになった。その理由が、ラフの幼馴染であった。幼馴染の名前はウリエ・コイショー、子爵家のご令嬢だ。
このウリエ、体が弱いことで有名なご令嬢だった。やれいい天気だからと外に出たら鼻血を出してぶっ倒れる。やれなら曇りの日はどうかと外に出たら即くしゃみを連発して熱を出す。家の中にいたところでその体が落ち着くことは少なく、365日の中の300日はベッドの上で過ごしているそうだ。
そのためミカはウリエの顔を知らない。しかし顔も知らない相手を恨めしく思ってしまうのも仕方のないことだろう。ラフの遅刻の原因、および今回のドタキャンの原因がこのウリエにあるからだ。
『ウリエが熱を出した。俺を呼んでいるため今日は行くことができない』
今日、ヤーレン家の使用人がそう伝達しに来た。ミカはとうとうやりやがった、と思ってにっこり笑った。婚約者のいる男性を呼び出すご令嬢は碌な奴がいないことはミカはうんと知っている。と言うのもミカの友人が同じような手口で婚約者を奪われたからだ。そして今回を顧みるに、ウリエも同じようなことを考えているのかもしれない。
「……いいこと考えたぁ」
ミカはマイナス思考にならないように体を動かすことにしている。その時に最適な運動がある。これを、ウリエに教えてあげればいいのではないか。直接、会って。
ミカは、すぐに使用人を呼んでコラショー子爵家に遣いを出した。絶対にヤーレン家には伝えないようにと、くぎを刺したうえで。
*
「はじめまして、このような訪問失礼いたします」
「は、はじめまして。その、ベッドの上で、申し訳ありません」
ウリエは、薄幸を人の形にしたらこうなるのではないかと言う見た目をしていた。白い髪、白い肌、色の薄い紫の瞳。ミカは彼女をひとしきり眺めたのちに、まずは非礼をわびた。それに慌てて、ウリエも続いた。
突然の訪問だったものの、体を起こすこともできなかったウリエはベッドの上で上半身を起こしただけの形になっている。背中にクッションを敷き、それにもたれかかってようやく体を起こすことができるようだ。
「……その、もしかして、先日の、事ですか」
ウリエはこれからミカに責められると思っていた。だって、先日体が苦しくなってしまった時に、ラフのことを呼んでしまったのだ。そしてラフは来てくれた。それにウリエは嬉しくなったのもつかの間、今日のラフの予定を思い出して白い顔をさらに白くさせてしまった。
ウリエは知っていた。あの日ミカとラフが会う約束をしていたことを。婚約記念日と言う大事な節目であったことを。それなのに自分のせいでラフはすっぽかしてしまった。ミカを傷つけてしまった。喜んだ自分の浅ましさに嫌気がさした。ウリエは、自分の体の弱さが大嫌いだった。
「まぁ、それに一応の関係はあります」
「……!そ、その件は、本当に、誠に申し訳ありませんでした!」
「あら~……。ラフもそれほど誠実に謝罪してくれればいいのにねぇ」
ウリエが、え、と声を出した。ミカが言ったことを咀嚼して知ってしまった。ラフが、この件でミカに謝罪していないという事を。
「あの人、『しかたないだろ』しか言わないのよ。でも貴女の気持ちもないがしろにしているのね。なんて男なのよ本当に」
「……わ、私の、せい」
「だから、私決めましたの。ウリエ嬢とお友達になろうって」
「……え?」
ウリエは目をぱちぱちと瞬かせた。ミカが自分とお友達になろうと思っていると、信じられないことを聞いていた。
「でも、私、体が弱くて」
「身体が弱いなら、体に合わせて運動してあげればいいのよ」
ミカの言った言葉に顔を上げる。運動。こんな体に生まれてから、とんと縁のないものだった。
「身体を起こせるってことは、椅子に座れるってこと。大丈夫、初めは上半身を動かしましょうね」
運動と聞くと、走ったり歩いたり飛んだり、そういうものをウリエは思い浮かべていた。しかし座ったままでいいのだとミカは言った。そんなものは運動になるのか?
「これは私からのプレゼントよ」
そう言ってミカが付いてきていた使用人から受け取ったのは、魔導具だ。ミカが発明した魔導録音再生装置というものであった。これは魔導録音装置で記録した音を再生するために必要な装置で、これはその装置の中でも軽量で小型のものだった。
「この中に私が録音した音楽が入っているわ。この音楽に合わせて体を動かすの。疲れたら無理せず休むこと。目標は最後まで踊り切ることよ」
言って、ミカはその装置の再生ボタンを押した。軽快の音楽とともに、男性の声が入ってくる。
『――ラジオ体操第一~』
――さて、ここで問題である。ここで流れているラジオ体操というものがこの国に入ってきたのはいつだろうか。答えは、十年前。ミカが自分が転生者であると気が付いたときである。
「私に合わせて」
「わ、わ」
聞いたことのない音楽、知らない人の声。それに合わせて体を動かし始めたミカに合わせ、真似るようにウリエも動く。ベッドの上で、座ったまま。それなのにウリエは走ったかのような息の上りを感じた。
「はぁ……はぁ……」
過ごしやすい部屋の中で、魔法で調整された室温の中で、ウリエは体が熱を持ち始めたのを感じた。けれど、それは体調不良の時に出る熱ではなかった。
「あら、意外にも最後までついてこれましたわね。もしかしたら第二に行くのも時間の問題かもしれませんね」
「だ、だいにも、あるの、ですか」
「そうよ。でも今やった第一よりも激しい動きをするのよ」
「ふぅ、ふぅ……」
「お水をどうぞ」
ミカの使用人がベッドサイドに用意してある水差しからコップに水を注いでウリエに渡す。ウリエは水を一気に飲んでむせかえってしまった。
「ほら慌てないの」
「けほ、けほけほ」
「身体を動かした後のお水美味しいでしょ?」
ウリエは背中をミカに擦られながら頷いた。普段飲んでいる水が、とても美味しかった。とても気持ちがよかった。
「……あ、あの、この魔導具、お借りしてもいいですか!」
「はじめに言ったわ、これはプレゼントよ」
「プレゼント……」
「これを再生させながら、出来たら毎日体を動かしなさい。私もまた来るからその時には一緒に」
そうだこれも、とミカが持ってきていたカバンから取り出したのは一枚の厚紙だった。
「ラジオ体操カードとでもいうのかした。ちゃんとラジオ体操をしたらこの四角の中にスタンプを押したりサインをするの。最後まで溜まったら、ご褒美を用意してあげる」
「そ、そんな!私は、何もできないのに、」
「貴方と友達になりたいの、遊びに行きたいと思ってるわ」
「……待って、くださるのですか?」
いままで、ウリエは体が弱いことを理由に置いて行かれてきた。両親は「貴方にはまだ早い」と言って、ラフは「途中で倒れたら周りに迷惑をかける」と言って、だれも根本的な解決を用意してくれなかった。それに甘んじている自分のことも嫌いだった。でもミカは、ウリエと「遊びに行くために一緒に倒れない体を作りましょう」と言ってくれた。初めてのことだった。
「もちろんよ、私、とーっても気が長いの」
それはラフのせいだ。遅刻したラフをいつも待ち続けた。それを責めたこともあるが、ラフは全く自分が悪いと思っていない。だから、ミカはウリエを利用している。ウリエが健康になれば、言い訳は使えない。
それにミカは知っている。ラフの遅刻の理由が、ウリエだけにあるわけではないことを。
「そういえばウリエ嬢、先月の初めの月の日、貴方はラフと一緒にいたかしら?」
「先月の……いえ、先月はラフは用事があるからと我が家には来ていませんよ」
そう、先月。その日。ミカは遅刻された。二時間ほど待ちぼうけた。そして、慌ててやってきたラフの言い訳が「また出がけにウリエの調子が悪くなったと連絡が来て……」というものだった。しかしその時、ラフからは女性ものの香水の匂いがした。体調が悪く部屋に引きこもりがちの女性が香水をつけるのか?こんな、残り香が誰かに移るほどの量を付けるのか?
それからミカはラフを疑いだした。ウリエを利用して何かこそこそしているのではないか?と。予感自体は、昔からあった。
「そう。……ウリエ嬢、ラフやあの人のご家族には私たちが仲良くなったことは内緒にしていてね。外を出歩けるようになったら、驚かせましょう」
「はい!」
ウリエは感激を覚えているようだ。ミカに利用されているとは思ってもいない。
部屋を出て、ウリエの両親に呼び止められた。ウリエと仲良くなりたいと告げると、母親がぼろぼろと泣きだしてしまった。
「あの子に友達を作って上げれたらと思っていたけれども、いままでお招きしたご令嬢はみんなラフ様目当てで……。ミカ様、どうか、どうかウリエをよろしくお願いします」
ミカはその言葉を受けて、それから内緒話をした。この二人を信用するわけではないが、ミカの目的のために口を封じてもらおうと思ったのだ。母親はミカの話に今度は顔を青くし、父親はすぐさま腰を曲げて謝罪をした。
ミカはそれを受け入れ、それからウリエに魔導録音再生装置を渡したこと、健康になってほしいと願っていること、そして……あの子がラフに利用されるのを避けたいことを話した。
*****
「はぁ~久々の外です!」
「今日は風が気持ちいいわねぇ」
あれから時間が経過した。ラジオ体操カードはすでに二枚目に移り、ベッドから起き上がり、立位でのラジオ体操を始めることができるようになった。飛び跳ねるのはまだ負担が大きいので避けているものの、立位でも最後までやり切ることができるようになったのだ。
カードのご褒美にウリエがねだったのは、ミカと一緒に過ごすことだった。そんなこといつでもいいのにとミカは言ったが、可愛い子の可愛いお願いを聞かないわけにもいかなかった。
「でもまだ無理は禁物。今日は庭を歩くだけにしましょうね」
そしてラジオ体操に加えて、歩くことを勧めた。初めは室内や庭から。慣れてきたら敷地の外周や近くの町に行ってみるなどしてもいいだろう。健康は歩くことから、とも言われているのだ。ウリエは健康へのさらなる一歩を踏み出した。
「そうだ……ミカ様、私、ラフの話聞きました。ラフが私を利用して、その、ミカ様を騙していたって」
ミカはウリエの顔が沈んでいるのを見た。でも、初めて会った時の顔色に比べたら、随分健康的になっていた。肌が太陽に当たっていけばもっともっと良くなるだろう。とはいっても長い時間は禁物だとミカは思う。
「気にしないで。ラフの……浮気に関しては貴女には関係がないわ。むしろ名前を利用されたのだから怒っていいのよ?」
「……そう、ですね。……ラフは私をいつも心配してくれていました。だから、誠実な人だと思っていました」
過去形だった。そして、もう、誠実な人ではないと思っているようだ。顔に、ありありと軽蔑が書いてある。
「私ずっとベッドの上で過ごしてて、様子を見に来てくれる人としか交流がないんです。だから会う人はみんな優しい人で、私のことを考えてくれてるんだって。でも、もっと優しいミカ様を、ないがしろにするラフが許せないと、思いました」
怒り。今までウリエの怒りは情けない自分の体にのみに向いていた。けれども今やっと、外側に怒りを向けている。
「もっと健康になって、ラフをとっちめてやります!」
「……私の言葉は真似しなくていいのよぅ」
時間があれば、ミカはウリエの様子を見に来た。一緒にラジオ体操したり、街に出かけれるようになったら何をしたいのかと話すようになった。ウリエは外に出たい。ミカが背中を押してくれたから。両親も応援してくれるようになったから。ラフのとっちめはメインじゃない。ついでだ。
なお、あの日からミカはラフとほとんど会っていない。婚約記念日のドタキャンのお詫びのお出かけもドタキャンされた。そのあとの約束もしていない。用事があってヤーレン家に行ったときにはラフは出かけていて会えなかった。避けられているのかもしれない。そして避けるという事は、何かやましいことがある。本当に、あったのだから笑えない。
「そういえば先日お父様が新しいベッドランプを買ってくれました。青白い光を発する素敵な魔導ランプなんですよ」
「あら素敵ね」
そのランプをウリエの父に用意させたのはミカである。ウリエは健康的になりつつある。頬に朱が差し、運動する分食欲もわいて食べる量も増えた。改善に向かっているのは見てすぐわかる。
ウリエとミカが友達になったこと、一緒に健康を目指してることはいまだにラフには伝えていない。もしもラフがウリエの様子が変わったと分かれば、もともと幼馴染として関わってきたウリエと関係を深く持とうとするかもしれない。なので、とっちめる日までラフには秘密なのだ。
青白い光は肌を不健康に見せる。他の明かりを極力付けないことでふくよかになってきた体が陰に落ちる。手を取られればすぐにわかるが、そのあたりは確実な監視をその場に付けることをウリエの両親と同意している。
まぁ、ミカとの婚約記念日以降、ラフはウリエに会いに行っていないらしいが。
「……ミカ様?」
「ちょっと曇ってきたかしら。でもこのくらいが動きやすいのよね」
しっとりとした空気がもうすぐ雨が来ると知らせている。ウリエはすんと鼻を動かした。
「ああ、雨が降る前って、こんな匂いがするのですね」
「しけった土のにおいかしら。ウリエ嬢は鼻がいいのね」
「もしかして、ミカ様には感じないのですか?」
「ええ。でも感じる人がいるのは聞いたことがあるわ」
自分の新たな特性を知ったウリエは喜んだ。雨の匂いを知って喜んだ。そういえば全然鼻が詰まっていないということにも喜んだ。そんな無邪気なウリエに、ミカは初めにあった彼女を利用する気でいた事を恥じた。
*****
「あら、こんなところで、奇遇ねぇラフ」
「み、ミカ!?それになんでウリエまで……」
ミカとウリエが出会ってから一年が経過しようとしたある日、二人はとある場所に来ていた。その場所は、王城だった。王家主催のパーティのために来たのだ。
そしてそこにはラフがいた。婚約者であるミカを差し置いて腕を回している女性がいるのを見つけて、扇で顔を隠して近づいたのだ。
「なんで、なんてひどいわぁ。ウリエ嬢は自分の意思でここにいるってのに」
「そう、私は貴方に言いたいことがあってここに来たのですよ」
ウリエはすっかりと健康的なっていた。ラジオ体操は第二までしっかりとできるし、最近に至っては庭の散歩の時間が街の散策時間へと変化した。自分の足でしっかりと立ち上がっているウリエに、ラフは信じられない顔をしていた。
「お、俺に?なんだ?ウリエのためならいつも通り何でもするぞ?」
そういったラフに、ミカは呆れた。周りで聞いていた観客も呆れた。様子を見に来た王子も呆れた。王子はミカの隣にすすすと近寄り、そのまま彼女に小声で話しかけた。
「修羅場を起こしたいからパーティを開きたいと言っていたが、これの事かい?」
「本当は私とラフの修羅場のはずでしたのよ、でもウリエがどうしても物申したいと」
「ああ、彼女がウリエ・コイショー子爵令嬢か」
王子とミカは同い年である。だからか時々ミカは王子の遊び相手として王城に呼ばれていた。王様や王妃とも一緒に食事をしてきたし、王子の兄弟とも顔見知りだ。
ミカがラフとの関係を終わらせたいことを王子には話してある。王子から王様と王妃にも伝わっている。王室はラフの浮気の――いままでやってきたことの情報を精査したしたうえで二人の婚約の破棄の準備を進めてくれている。今日はそのことをラフにしっかりと伝えるために設けられた席である。
この場の全員が、目撃者。しっかりと噂を立ててもらうためだ。
もしここでラフがミカをエスコートしたならば、ミカとて鬼ではない。ラフの次の婚約者を優遇してあげようかと思っていた。けして隣の女性ではない人を選ぶつもりである。
「ねぇラフ、私の名前を使って、ミカ様とのデートを遅刻したりドタキャンしたりしたそうね?」
ウリエの凄みにラフはびくりとした。ラフの隣の女性は何のことだ、という顔をしていた。ミカはそれをほど良い距離で眺めながら見ていた。
ラフと腕を絡ませている令嬢は最近男爵令嬢になったばかりだ。元々は平民の出であったのだが、両親の商売がうまくいって貴族位を買ったのである。その功労がラフにあるのだからと、ラフのいいなりになるのがその女性の役割だった。そして彼女はそれを誉としている。
それは間違いだ。彼女の家が上手くいっているのは、ミカのおかげである。
「そちらの女性は……ああ、エンヤ家のリエル様でしたか?ミカ様の発明した魔導具の生産でうまくいったそうですね。ラフなんかに騙されて、大丈夫ですか?」
「え?何言っているの?うちで扱う魔導具のほとんどはラフ様が発明したのよ?」
「ではラフ、魔導録音装置で録音した音をどうしたら魔導録音再生装置で再生できるのでしたっけ?」
「……え、っと」
「即答できないわけないですよねぇ、貴方が発明したことになってるんですもんねぇ、でも可笑しいわねぇ、な~んで即答してくれないのかしらぁ?」
すっかり、ウリエの言葉遣いはミカに似てしまった。これにはミカも頭を抱えていたが、ウリエの両親は友達に影響されたウリエのことがとてもかわいいらしくて放っておいてしまっている。淑女教育も始めているのだが、どうしてもお手本はミカなのだ。
ねちねちと、いじわるするようにねちねちと。そうして相手が根を上げるのを待つ手段。ウリエの前では発揮していないはずの、ミカの悪い癖だった。
「リエル様、ラフが貴方の家に持ち込んだ魔導具の図案、それの書き手はミカ様です。その人はミカ様の功績を横取りして腹を蓄えさせているだけの男です。そんな男に媚を売る必要はないです。証拠なら王城に揃っていますよ。何せ、魔導具を発明したら王城に報告、記録される手はずになっていますからね」
「……私が知っている図案にはラフのサインがあったわ、報告も、してるって……」
「そのサインがある図案が王城に記録されているかどうか、ご確認は?類似作品であった可能性は?自分の目で、確認、してますか?」
「……」
リエルは顔を青くさせていた。ミカと初めて会った時のウリエくらい青白かった。青白いランプで照らされたウリエの顔より青白かったのかもしれない。
なんてことなの、リエルは頭を抱えた。
「そんな、記録されている図案……そもそも人のを他人がわがものとして扱うことは犯罪行為……でも、誰もそんなことは一言も……いえ、こうしてはいられません。王子殿下、お願いがあります」
「どうぞ」
「すぐに我が家にある図案を持ってきます。王城で保管されている図案と比較させていただいてもよろしいですか?」
「もちろん、担当者に連絡しよう」
「リ、リエル!何を言って!」
「ありがとうございます!すぐに戻ります!」
そうしてリエルは高いヒールを脱ぎ捨て、ドレスのスカートをわしづかみして走り出した。ラフはリエルを引き留めようとして間に合わず、そのまま倒れてうまくひっくり返っていたリエルのヒールに額をぶつけていた。悶絶してる様に、ミカは痛そうだなぁと他人事のように思っていた。まぁ、他人事なのだが。
「ラフ」
そうして、一歩だけラフに近づいた。周りの音が無くなり、誰もが見守っている。痛みに涙目しているラフも、流石にミカを見た。こちらは、健康な真っ赤な顔をしている。ああ、そうだ、とミカは思った。この人は感情が揺れたとき、すぐに顔を真っ赤にするのだ。ずっとずっと、体だけは健康な男なのだ。
「ミ、ミカ、俺の婚約者だろ、守ってくれるよな?」
「人の図案を持ち出したうえに自分のサインで上書きし、平民を騙して自分の発明だと信じ込ませてそこの娘を愛人にする……ひどい話ね……」
でも安心してね、とミカは笑う。
「これでもあなたは婚約者だもの」
「そ、そうだよな」
「だから、貴方の大事な女の子たちは、私が大事にしてあげるから安心してね」
「……へ?」
ラフは情けない顔をしていた。顔を真っ赤にさせ、涙目のままで鼻水まで出てきた。好青年だったはずのラフ。いろんな女性に言い寄られていたラフ、いろんな女性に言い寄っていたラフ。そんなラフに、ミカからの愛情はもともとなかった。
「エンヤ家とは私が改めて契約を結び直しましょう。貴方の名前は永久抹消させて」
「な、なにいって」
「ウリエ嬢のことも安心して?最近はこんなに健康になったの。今度カフェでお茶会をする約束なの。せっかくだからリエル嬢も呼びましょうね」
「いいですね!」
女三人寄れば姦しくなる。それも全員がラフのことにうんざりとなってしまった三人だ。大きな声で、ラフのことを話し倒すに決まっていた。ラフは今までのことを謝ろうとした。どうか穏便に済ませてほしいと。リエルとはもう関わらない。ウリエを理由にしない。だから。
もう遅い、ってやつよ。ミカは心から笑った。笑った顔は扇で隠してラフには見せなかった。隣の王子がちょっとだけ引いていた。
*****
「……改めて申し訳ありませんでした!」
あれから、リエルが家から図案を持ってきて王城の物と確認したところ、図案はミカが没として捨てたものであったことが判明した。よくよく見れば大げさにインクをこぼしたように見せかけた跡があり、その下にミカのサインがあったことがわかった。ミカは図案のサインには必ず青いライトを当てれば発光するインクを使っていた。量産されたインクは弾くものだからくっきりと確認が取れた。それが決定的となった。
リエルをはじめとしたエンヤ男爵家は正式にミカに謝罪。そしてラフのことも謝罪した。リエルはラフに婚約者がいないと聞かされていたらしい。だから今回のパーティにもラフの相手として参加したのだ。
ミカとラフの婚約の解消はすぐ後に行われた。ラフの両親はラフがリエルの家に入り浸っていることを知ってはいたが、人の図案で金を手に入れてそこの娘を手籠めにしていたのでもうカンカンである。警察が取り調べに来た時もふんじばって差し出したほどであった。
ラフはしばらくは牢屋から出てこれないらしい。反省したら出てこれるかもしれないとはいってもやったことが盗みと詐欺なのだから評判は下がるだろう。捕まった時点ですでに跡取り候補からは外されている。家に帰ってきても居場所すらないだろう。
「リエル嬢、今日は何でも言ってちょうだい。美味しいお菓子とお茶で酔ってもいいわよ」
「ミカ様、リエル様、これなんですか!甘いです!匂いが甘いです!」
「……ウリエ様はお菓子を召しあがったことがないのですか?」
「そうなのよ。一年前はベッドから起き上がるのもやっとだったんだから」
「え!?そうは見えません!」
「ミカ様のおかげです!」
ウリエはすっかりと普通の令嬢らしくなった。健康的な肌。ほど良い肉付き。とはいってもすぐに成長できるものではないから他の令嬢に比べてうんと小柄だ。あの日のパーティから小動物令嬢として話題になっている。小さくて気が強くて、そしてこの度甘いものが好きになった。
「あ、あまい!こっちは……あまい!」
「甘い以外の感想がないのね」
「病人食がメインだったから、味なんてパターンなかったんでしょうね」
まだまだ万全とは言い切れないが、ウリエは普通の令嬢とそん色なくなっていた。とはいってもそのマナーは男爵令嬢になったばかりのリエルといい勝負だろう。もしかしたら商人一家で育ったリエルのほうがまだましまである。
「でもこっちの、消毒液?みたいな匂いしますね?」
「消毒液……?」
「アルコールってことかしら……?」
「なるほど……?」
ウリエが何かを口にするたび、ミカとリエルが疑問を持つ。しかし疑問はすぐに解消できるのでうふふと笑う。
「私、こんなに楽しいのはじめてです!」
方やとある令息の婚約者だった令嬢。かたやその婚約者と仲が良かった病弱な幼馴染。かたや婚約者の愛人。全員が同じ人物と関連があるが、そこに憎しみなんてものはなかった。
「私もです。……あーあ、あの人なんかよりお二人と先にお会いしたかった。牢屋で一生糞しててほしいです」
「言い方」
「本音です、失礼します」
「存分に失礼してって頂戴」
エンヤ家はミカに謝罪したが、ミカは許した。というのも、エンヤ家の製品はラフが提示した、没であった図案の物をよりよく改良し、ミカが王城に提出した最終案に近かったのだ。だから、この人たちの手腕自体は信用できるとミカは思った。思ったからこそ、ラフの残滓を全部捨てさせ、改めてミカと契約をしたのだ。
もちろん罰は与えた。エンヤ男爵は罰金刑になった。元々騙されていた側だったのでその程度で済んだのだが。
ミカは新たに発明した商品の図案をエンヤ男爵家に任せることにしている。リエルもリエルの両親もミカに感謝した。でも、リエルがミカとこうやって話をするまでになったのは、両親に言われたからでも、ミカに言われたからでもなく、リエルがそうしたいと思ったからだ。
リエルは男爵令嬢になったばかりだ。貴族社会は新参者に厳しい。けれどもミカは「大したものね、もっと立派になるのよ」と言ってくれたのだ。ラフは「調子に乗らないようにな」と釘を刺すように言ってきたのに。
あの時リエルは洗脳が解けた心地になった。きっと、運動を始めたころのウリエと同じように。言われたから、そうしようと思ってきた自分がいた事すら情けなくなった。だから、好きに生きたかった。
「ああウリエ様ダメですよ!健康になったとはいっても食べ慣れていないものをそんなに詰め込んでは!」
「……リエル様」
「え、ウリエ様……?」
「……クリームって、重たいのね……」
「って最悪の三角食べしてる!?クリームとチョコクリームと苺クリームの三角食べ!?贅沢通り越して罪じゃないですか!重い罪!主に胃に!」
「あ、これ美味し~」
「ミカ様はツッコミもしない!?」
三人そろえば姦しい。最悪な男の最悪な話がもっと出るかと思いきや、そんなこともなかった。周りでそわそわと三人を見ていたあのパーティの参加者であったらしい令嬢たちもがっかりしてそれぞれの会話に戻っていく。
楽しいのだ。三人とも、楽しいのだから仕方ない。落ち込む話は落ち込んだ時にすればいいのだ。
「……ふへ」
「ウリエ様?」
ウリエが笑い出した。心の底から楽しいと笑い出した。ウリエの口の端についていたクリームをハンカチでぬぐっていたリエルはきょとんとしてウリエを見ていた。見つめあう二人を、ミカが見つめていた。
ミカは、転生者だ。体を動かすことが好きで、大学はスポーツ推薦することになっていた。高校を卒業する直前で、事故にあった。
思い出した時は悲しくて泣いた。けれどもそうも言ってられないとこれからの生活を楽しむためにいろいろなことをした。小さくて弱い体だったのでラジオ体操から始めたり、娯楽が少ないので魔導具学を学んで音楽を録音する装置と再生する装置を作ったり。時々高貴な人と会って緊張したりもしたが、それもいい経験になった。
ミカは、ラフのことが好きじゃない。いつ別れてもいいなと思っていたのに一向に向こうから言い出さなかったのでチャンス到来を期に動いただけだ。ラフが図案を盗んだことも知っていた。けれども大事にしたくなかったからと黙っていた。女の子を悲しませるなら話は別だ。
ウリエも、リエルも、普通に女の子だ。名前を利用されて気持ちがいいわけがない。体をいいように使われていいわけがない。感情のある女の子なのだ。
「楽しい、私、お友達って今までいなかったから、本当に楽しいです。また、一緒にお出かけしてくださいね!」
ウリエの言葉に、リエルは涙ぐんでウリエを抱きしめた。ウリエは一瞬驚いたがリエルの背中に手を回してポンポンと叩いた。あの男が生んだ縁かと思うと腹立たしくもあるが、今その話は関係ない。
ミカも、ウリエも、リエルも、今とっても楽しいのだ。
「あ、そうだ、ミカ様、リエル様、昨日王子様から婚約しませんかってお手紙届きました」
「なんて?????」
「あのくそロリコン王子め!!!!!」
「え、ロリコ……なに?」
その楽しい時間が一通の手紙の存在が浮上したことで殺意あふれる時間になるのだが、まぁ、人生そんなものかもねという事で。
最後までご覧いただきありがとうございます。
*
今回の名付け方:天使の名前の一部、ソーラン節




