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『ロシア、モンゴルの後継者――白きハーンの帝国』  作者: えいの


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【終章】幻影との決別――異なる「システム」といかに対峙するか

我々はここまで、ロシアという存在を西欧的な「近代国家」という枠組みから切り離し、その深層にある「ウルス」という独自の権力機構(OS)として解剖してきた。

国境という概念を持たず流動的に空間を支配する論理、民衆を国家の構成要素(可動資産)として最適化しヤサク(貢納)を吸い上げるシステム、そして中央の求心力低下に伴う突発的な霧散と空間の放棄。これらは決して国家としての野蛮さや未成熟さの現れではない。防壁なきユーラシアの平原という、極めて過酷な地政学的条件を生き抜くために形成され、700年にわたって機能し続けてきた、彼らなりの歴史的必然であり、完成された生存システムである。

この冷厳な現実を前にした時、我々がまずなすべきことは、西側諸国がいまだに抱き続けている「相手も我々と同じ理性と論理で動いているはずだ」という希望的観測ミラーイメージングと完全に決別することである。

1. 「制裁」と「西欧的対話」が機能しない理由

西側諸国はしばしば、「過酷な経済制裁を課せば市民生活が困窮し、やがて反政府のうねりとなって西欧型の民主主義体制へと軟着陸する」というシナリオを描く。しかし、このアプローチはウルスの構造を根本から見誤っている。

このシステムにおいて民衆は西欧的な社会契約を結んだ「市民」ではなく、ウルスの一部としての役割を担っている。むしろ外部からの経済的圧力は、地方や新興財閥から独立した経済基盤を奪い、資源の分配権を独占する中央ハーンへの絶対的な依存を深めさせる。中央に富と暴力が集中している限り、制裁は体制を崩壊させるどころか、権力の純化を促す装置として機能してしまうのである。

また、西欧的な「国境の画定」や「条約」による恒久平和の模索も、前提となるOSが異なるため決定的な解決には至らない。彼らにとっての条約とは、不可侵の契約というより、自らの膨張限界を示す現状追認、あるいは次なる展開に向けた戦術的な休止符としての意味合いが強い。国家運営の基本原理が「国境の維持」ではなく「生存のための空間の確保」にある以上、西欧的な外交論理が根本から噛み合わないのは当然の帰結である。

2. 真の脅威としての「巨大な空白(力の真空)」

現在進行形の膨張(軍事侵攻)以上に周辺国が警戒し、備えなければならないのは、「システムの過負荷に伴う急速な収縮」である。

歴史上、この巨大な権力機構が維持コストの限界点を迎えた際、それは緩やかな衰退ではなく、突如としての「霧散」と「空間の放棄」という形で現れた。ひとたび中央の求心力が失われ、遠心力が働き始めれば、広大なユーラシア大陸の北半球には、いかなる統治機構も及ばない「力の真空地帯」が突如として現出する。

近代国家の敗戦であれば、占領と復興支援という枠組みでの戦後処理が可能かもしれない。しかし、ウルスが自壊した後に残るのは、統制を失った核兵器、武装勢力の割拠、そして旧勢力圏からの大規模な難民の流出といった、無秩序そのものである。地政学的に最も恐るべき事態は、巨大なシステムが突如として機能を停止し、その残骸が周辺世界を凄惨な混乱へと巻き込むことにある。

3. 究極のリアリズム――「戦略的自律」と「依存脱却」

このような独自の力学で呼吸する巨大な隣人と対峙するにあたり、周辺国(とりわけ地政学的な断層線に位置する日本)が取るべき戦略は、相手のシステムを内側から啓蒙し、作り変えようとすることではない。価値観の共有を前提としたグローバルな国際協調の枠組みだけで対処するには、あまりにも前提となるOSが異なりすぎる。

我々に求められるのは、国際社会の善意に寄りかかる平時の論理を捨て去り、自国の生存基盤をいかに外部の変動から切り離し、自立させるかという冷徹なリアリズムである。

国際分業という名のもとにエネルギーを他国に依存し、生命線である食料の供給を海外に委ね、国家の防衛を同盟国の政治状況に依存する体制は、平時においては経済的合理性を誇るが、隣接する巨大なシステムが崩壊の余波を撒き散らす有事においては、致命的な弱点となる。

真の独立とは、エネルギー供給網の多角化、食料安全保障の抜本的強化、そして自己完結型の防衛力という、ユーラシア大陸という不安定なシステムからの極限までの依存脱却デカップリングと戦略的自律を図ることである。これらを構築・維持することは、平時において多大な痛みを伴うコストと見なされるだろう。しかし、その「自律システム」の構築こそが、巨大なウルスが膨張と収縮を繰り返す際、その凄惨な余波が国内に波及するのを防ぐ、唯一の物理的・経済的な「防壁」となる。

白きハーンの帝国は、今後も彼ら独自の地政学的論理に従い、ユーラシアの平原で冷酷な呼吸を続けるだろう。我々は、自らの価値観を投影した幻影を見ることをやめ、相手のシステムを客観的な事実として見据えながら、ただ静かに、そして強固に自らの生存の壁を築き上げていくほかないのである。

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