【序章】錯覚の代償:バイデンとトランプが見誤ったもの
我々は、ある巨大な錯覚の中で21世紀の国際政治を語っている。それは、「地図上に国境線を持つ主体は、すべて近代国家(ウェストファリア型主権国家)として振る舞う」という、西側諸国が勝手に作り上げた無邪気な信仰である。
終わりの見えないウクライナでの消耗戦、一向に体制を揺るがさない経済制裁、そして何より、自国の兵士を文字通りの「消耗品」として戦場の泥濘にすり潰していく指導層の異様な冷酷さ。これらを前にして、欧米のエリートたちは首を傾げ続けている。「なぜ彼らは経済的合理性に従わないのか」「なぜこれほどの犠牲を出しても市民は蜂起しないのか」と。
ジョー・バイデンは冷戦時代の「封じ込め」の論理で彼らを旧ソ連のように扱い、ドナルド・トランプはビジネスライクな「ディール(取引)」が成立する相手だと無邪気に信じた。しかし、結果は見ての通りだ。彼らのアプローチはことごとく空回りし、事態を悪化させている。
なぜか。世界の指導者たちは、チェスボードの向こう側に座っているのが「少し乱暴で民主主義が未熟な、ヨーロッパの国家」だと思い込んでいるからだ。
だが、現実のロシアは「国家」ですらない。
彼らが纏っている「近代国家」というヨーロッパ風の皮(GUI)を剥ぎ取った時、そこに現れるのは、13世紀のキプチャク・ハン国から脈々と受け継がれてきた**「ウルス(Ulus)」**――すなわち、土地(領土)を愛するのではなく、空間を支配し、人間と軍事力をハーンの所有物として搾取するために最適化された「遊牧帝国のオペレーティングシステム(OS)」である。
ロシアを「国」として扱う限り、我々はこの化け物の行動原理を永遠に読み解くことはできない。人道主義という分厚い化粧を削ぎ落とし、ユーラシア大陸を覆う冷徹な「タタールの論理」を解剖しない限り、我々はまた同じ過ちを繰り返すことになる。
本稿は、西側世界が直視することを恐れた「白きハーンの帝国」の真の姿を暴き、彼らがなぜ果てしなく膨張し、そしてどのようにしてある日突然「霧散」するのかを解き明かす試みである。




