猫なんて飼ってません
「わあ、かわいい。猫飼ってたんだ。」
家に招いた友人が、楽し気にこちらに顔を向ける。
――猫?
ここはペット禁止のアパートだし、猫なんて飼ってない。
「ちょっと、変なこと言わないでよぉ。」
「猫なんて、飼ってないよ?」
からかっているのだろうと思い、友人に抗議する。
「え、だって……」
友人は私と何もないそこを見比べる。
「猫、いるじゃん。」
「……あ、からかってる?」
いたずらっぽく言う友人は、まるで猫をなでているように、何もないそこに手を動かす。
本気でそこに猫がいると思っているようだった。
「かわいいねぇ。キジトラかな?」
「ひろったの?人懐こいじゃん!」
友人は話を続けるが、私には猫なんて見えない。
「猫なんて、飼ってないってば。」
「そっちこそ、からかってるの?ここ、ペット禁止だし。」
湧き上がってくる恐怖を抑えるが、声が震える。
「大丈夫?具合悪そうだし、今日のところは帰るね。」
「あのさ、病院行った方がいいかも。」
私の様子におじけづいたのか、友人はバッグをつかむとそそくさと帰っていった。
私は何もないそこを見つめるしかなかった。
猫が見えなくなる病気なんてあるのかと、ペットショップへ行ったり野良猫を探したりしたが、猫は猫だし病気でもなかった。
もう一度確かめようと、母に来てもらうことにした。
「あら、あんた……」
母は入ってくるなり、困惑した様子でこちらに顔を向ける。
「いるじゃない。猫。飼ったらだめなんじゃないの?」
……だめだ。
「あのさ、本当に猫なんて飼ってないんだけど。」
「本当にいる?冗談じゃ済まされないよ。」
家族なので、その分遠慮なく文句を言う。
「足元であんたに頭こすりつけてるじゃない。」
「……本当に見えないの?」
「病院へは行ったの?」
心配した母親は、矢継ぎ早に問いかけてくる。
「うるさいなぁ。病院へは行ったし、問題ないってよ。」
「いるなら、なんで私には見えないのよ。」
「それに、どっからきたわけ?」
腕を組んで考えるが、まったく思い当たらない。
「家に帰ってきたら?」
とても魅力的な提案だ。家に帰れば猫はいなくなるかもしれない。
でも、今仕事はとても調子が乗っている。
給料もかなりいいほうだし、昇進もしたい。
家に帰れば転職しなければならないだろう。
――そうだ!
「猫、連れて帰ってくれない?」
猫がいるなら、連れて帰ってもらえばいい。
「急に言われても…」
母も困惑しているが、背に腹は代えられない。
「娘を助けると思って!お願い!」
手を合わせて祈るようにお願いする。
「仕方ないわね。」
その日、ペットショップへ行って猫を入れるバッグを購入したあと、母は猫を連れて帰っていった。
猫がいなくなってから数日後、友人を家に招くことにした。
前回の友人とは違う友人だ。
彼女はあの後、猫のことでからかわれたと言いふらしたため、仲たがいしてしまったのだ。
「おじゃましますぅ。」
長いブーツを脱ぎ、友人が部屋の中に一歩足を踏み入れる。
「あ、猫ちゃん飼ってるんだぁ。」
のんびりとした様子で、恐ろしい言葉を言い放つ。
なんで?
おかあさん、連れて帰ったよね?
「かわいー。」
友人は何もないそこを両手で撫でるように動かしている。
「なんていう名前?」
こちらに顔を向け、満面の笑みを浮かべる。
「ゴメン、なんだか具合悪くなってきたかも…」
友人には申し訳ないけど、帰ってもらうしかない。
「あ、ほんとうだ。かお、真っ青だよ。」
「大丈夫?病院いく?」
優しい申し出を断り、友人は私を心配しながら帰っていった。
「おかあさん、ねこ、どうしてる?」
電話をかけ、猫の様子を尋ねる。同じ猫なのか違う猫なのか。
「ごめんねぇ、猫、いなくなっちゃったのよ。」
「あ、もちろん探してるのよ?」
数日前に引き取られていった猫が、ここにいるとしたら……
一体何なんだろう?
考えたって私の想像力の存在でしかないわけだし、他の人にはただの猫だ。
私は考えるのをやめ、猫がいないと思って生活することにした。
人を招かなければ、猫について言及されることもないだろうし。
そう思うと、心は少しだけ軽くなった。
ピンポーン
そんな日々を過ごしていたある日、熱が出て寝込んでしまい、そんな私を心配した彼が尋ねてきてしまったのだ。
インターホンの画面を見ると、食料品を買い込んできてくれたようだった。
仕方なく、扉を開ける。
「大丈夫か?いろいろ買ってきたから、寝てろよ。」
「そういえば、入れてもらったの初めてだな。」
少しだけ茶化すように言うと、部屋に入ってきた。
そして、何もない空間を見つめて満面の笑みを浮かべるとこちらを向いて言った。
「お、犬飼ってんだな。」




