最終話 モブとしての終幕
観測局との戦いが終わり、未記録の王も消えた。
世界は白紙と彩色のあいだで揺らぎながら――それでも、壊れずに残った。
◇ ◇ ◇
市場の喧騒は半分だけ音を取り戻し、酒場《金獅子亭》は輪郭線が少し薄いまま営業している。
それでも人々は笑い、食べ、酒を飲む。
勇者候補だった人々も、今はただの労働者としてパンを運び、魚を売っていた。
僕は桶を抱えて、皿を洗っている。
泡が弾ける音が、まだここに僕がいると教えてくれる。
「……やっぱり落ち着くな」
◇ ◇ ◇
「おい、モブ」
カウンター越しにリュカが声をかける。
「結局、お前の矛盾が世界を残したんだ。
……皿洗いで、よくやったな」
「褒められてる気がしないんだけど!?」
僕は桶の水を跳ねさせた。
リュカは珍しく笑った。
「俺は魔王候補。これからも舞台に引きずり出されるだろう。
だが……お前はお前でいろ」
「だから皿洗いだってば」
◇ ◇ ◇
魔導書少女がやって来て、泡立つ皿をじっと見つめる。
「……記録します」
“モブ勇者、舞台袖に留まり、皿を洗い続ける”
「やめろ! それ記録するほどのことじゃないから!」
少女はほんの少しだけ、笑ったように見えた。
◇ ◇ ◇
空に浮かんでいた観測局の“目”は、もう姿を見せない。
未記録の住人たちも戻ってこない。
世界は不安定のまま――けれど確かに続いていく。
僕はこの物語の主人公にはならない。
勇者でも、魔王でも、救世主でもない。
ただのモブ。
皿洗いモブとして、この世界で生きていく。
それでいい。
それが僕の、唯一の役割だから。
◇ ◇ ◇
――異世界転生はモブで行く!
成り上がらない英雄譚は、ここで終幕を迎える。
◇ ◇ ◇
おしまい。




