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次の正月は、お前の元服式を執り行うぞ

 そういう訳で、オレは元服を待たずして、早くも“モテ期”に突入したようである。

 当世は正式に婚姻し伴侶が定まるまで、男女の交際は比較的自由らしい。

 いや勿論、公家と武家と庶民では事情が微妙に異なるようだが、前世において学校で教わった知識によれば、公家さえも夜這いが盛んだったそうではないか。平安時代バンザイ……である。

 夜這い。――

 それは本来、前世すなわち平成令和へと受け継ぐべき、古き良き習わしである。

 だが不幸にして、途絶えた。

(せや。オレが今ここで頑張ったら、二一世紀まで残せるんちゃうか)

 うん。それこそが、いわゆる“歴史改変”というヤツではないか。そう気付き、密かに(おの)が使命を自覚するのである。

 さて、その武家の夜這い。

 下女達は、主筋の親族を公然と狙う。

 一応“主筋”“家人”といった身分の区別はあれど、その垣根は意外と緩いらしい。

 オレも館主の御曹司として、おまけに日々世間の噂にのぼる将来有望株として、()きあらば狙われた。すれ違う女共がことごとく、

「うふふふふ(はぁと)」

 と(アヤシ)い笑みを浮かべつつ、色目を使ってくるのである。それどころか、人目がなければ堂々とオレの体に触れてきた。まるで慎みがない。これが当世流なのか。

 前世でそれ程モテたわけでもないオレとしては、ホンネを言えば大いにウェルカムである。もっとも哀しいかな女性経験に乏しいため、自ら積極的に手を出すのは躊躇(ためら)われた。

 オレの世話役たる重季さんにそれとなく尋ねると、

「下女に手を付けて(やや)が出来たとしても、それはそれで一向に構いませぬ」

 と言う。

 乳幼児死亡率が高いは勿論のこと、成人といえど流行(はや)(やまい)一発でバタバタと死んでゆく時代である。子が多いのは一族繁栄の条件ということで、むしろ歓迎されるのだとか。

 そういえば八郎(オレ)君自身も、そもそも父・六条判官が遊女に産ませた子、という話だった。

 とはいえ当世の高級遊女は、高位の公家や武家が政変や戦乱で没落し、その子女が遊女に身をやつすケースが少なくないらしい。

 八郎君の母もまさにそれで、色白長身の麗人。多少の教養もあり所作も洗練された感じだった、と。ただし数年前、病に罹り亡くなっている。

 さて閑話休題。

「八郎よ。お前、もはやオトナになったそうだな」

 女性達の噂が耳に入ったらしく、ある日、父の六条判官がオレに声をかけてきた。

「次の正月は、お前の元服式を執り行うぞ。心しておけ」

 わははは、と満足げに笑い、父はドカドカと足音を立ててどこぞへ去っていった。前世では成人式を待たずして死んでしまったが、今生では一二歳にして早くも成人ということになりそうである。

 転生当初の不安はどこへやら、オレの新たな生活はすこぶる順調だ。もはや前世に未練はない。とはいえ、やはり平成っ子としては風呂と便所の汚さだけは我慢ならない。

 庶民は、街中にある公衆の蒸し風呂を利用する。

 いわばサウナである。大釜で湯を沸かし、その湯気を浴びて体の(アカ)を浮かす。しかる後に手桶で湯を掬って体を洗い流す。

 我が六条堀川“源氏ヶ館”は大所帯であり、また敷地内に(さめがい)をひいているため、ちゃんと館内に蒸し風呂の設備がある。しかし当世はまともな掃除用具もないせいか、長年の汚れが積もり積もって非常に汚らしかった。

 そこでオレは、デッキブラシを考案した。

 長い木の柄に大きめのブラシ部を繋ぎ、そこに藁や茅を編んだ物を巻いてみたのである。さらに、草鞋(わらじ)状のハンドブラシも考案した。

「これで風呂をとことん掃除しろ」

 と下男達に言いつけると、はたして随分と積年の汚れが落ちた。男共は皆喜び、オレも少しは気分良く風呂を使えるようになった。

 ただ、不思議なのは、女性達の入浴である。

 男が多いせいか、女性は風呂を使っている様子がない。さりとて井戸端で水を被っているわけでもない。男女交際こそ比較的自由とはいえ、男にわずかでも肌を見せるのはタブー中のタブーなのである。

 公家の女性は、そもそも入浴の習慣がないと聞いた。

 確かに前世でも、姫君達は皆フケツで臭かったと教わった憶えがある。武家や庶民の女性はそうでもないというが、当館の女性陣はどうしているのか。座敷で行水でもしているのだろうか。

 ――下女に手を付けるのは大いに結構。

 と聞いていながら、オレが女性に手を出すのを躊躇(ためら)っているのは、実はそういった事情もある。

 しかしまあ、入浴の事情はともかくとして、便所の問題だけはどうにもならない。

 水もそうだが、紙が極めて貴重な時代なのだ。用を足した後に紙で始末するなど、とんでもない話だという。

 なので“糞ベラ”という、名前からして汚らしい木のヘラで後始末をするのだが、それ以上詳しく語りたくもない最低最悪の習慣である。オレはなるべく夜間に用を足し、こそっと無人の井戸端で水戸の御老公様(ゝゝゝゝゝゝゝ)を洗っている。現代っ子としては、そうでもしなければ耐えられない。

(女性は、どないしてるんやろ……)

 というのが、ヒジョーに密かな疑問である。オレのように井戸端で下半身すっぽんぽんになり、水で洗い流す事など出来る筈がない。その辺の事情はあまり想像したくないが、その癖ちょっとだけ気になる。

 彼女達は、男達に絶対肌を見せようとしない一方で、用足し時は意外と無防備である。

 たまに街中(まちなか)を歩くと、小洒落た格好をした妙齢の女性が、人目も憚らず路地の片隅で着物の裾をまくり、平然と放尿するのを見かけるのだ。

 これは館内でも同様である。オレが便所で小用にいそしんでいると、下女達は何の躊躇もなく、ニコニコしながら入ってくる。

 若い女性がオレのすぐ傍らにあられもない格好でしゃがみ込み、快音を立てつつ小用を足していると、童貞(チェリー)の悲しい(さが)でついつい意識してしまう。

 こちとらまさにお元気なお年頃なので、相棒(ゝゝ)が敏感に反応してしまうのである。彼女達はそれを無遠慮に直視し、

「あれまぁ」

 と意味ありげに微笑む。中にはしゃがんだまま、オレの相棒を指でツンツンと(つつ)く者もいる。

 実に困ったものである。

 あくまでタテマエとしては。……


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