男の色気に溢れ、目も眩むようじゃ
兄・上総御曹司が関東へ戻り、二ヶ月が過ぎた。
オレは随分と当世の環境に慣れ、日々の生活を楽しめるようになった。
当世における、武家の御曹司たる口調にも慣れた。
(平成令和の世とは、随分と喋り方がちゃうわ)
転生直後は頭を抱え込んだものだが、それでも一応日本語が通じるわけで、まあどうにか対応出来た。とんだハプニングながら、ラッキーだったと認識すべきだろう。
(転生後の立場が八郎君一一歳っちゅうのも、まあラッキーやったかなあ)
ガキんちょたる特権を大いに利用させて貰った。
館内における目上の人間は、幸いにして親兄弟しか居ないわけだが、多少口調がおかしかろうと敬語がマズかろうと、
――まあ、まだ一一の小倅ゆえ。
ということで皆、意にもとめない。
また情報収集も容易だった。思いっ切りガキんちょのフリして、あれこれ当世事情を聞きまくった。
周囲に、あまり賢い人間が居なかったのも幸いである。
(武家といえども、この時代は学も無いんやなあ。ガキの頃から勉強とかやってへんから、頭を使うトレーニングが出来てへん感じやな)
親兄弟は勿論のこと、家人ともなるとなおさらだと感じる。
特に論理的思考、科学的思考などといったものは皆無で、だからこそ一一歳五尺(一五〇センチ)の子供が数日で六尺(一八〇センチ)に化けても、あまり不思議に思わない。
――世の中には、摩訶不思議な事もある。
で、あっさり通るらしい。
(まあ何にせよ、色々助かったわ)
あらためてそう感じる。わずか二ヶ月で、馴染めたと感じている。
そんなオレの、日々の生活。――
朝早く起床する。時計は当然無いが、室内に朝日が射し込むので自然と目が覚める。実に健康的な生活である。
外に出て顔を洗うと、弓の稽古をする。
自分で言うのもアレだが、既にかなりの腕前である。強弓を扱えるため、稽古場の的の距離程度であればまず狙いを外さない。兄弟や郎党達との勝負では、常に負け無しである。
半刻(一時間)ばかし稽古をすると、郎党数人と共に馬に乗って洛外へ出掛ける。野っ原で馬を早駆けさせつつ、弓を射る稽古をするのである。
前世、遊園地などにあるパンダカー(パンダの乗り物)やエコポニー(仔馬の乗り物)を華麗に乗りこなしていたオレにとって、当世の小柄な馬を乗りこなす事など造作もない。
もっとも、馬というのはかなり繊細な生き物である。乗りこなす事より、どう接するかの方が難題だ。まあ、しかしその辺りもすぐに慣れた。
また遠距離の的を狙うのは、長年やってきたバスケのシュートのセンスが役立っている気がする。勘にまかせて馬上弓を斜め上に向け矢を放つと、矢は放物線軌道を描いて的を目指す。軌道を脳内に描きつつきっちり的を射抜くのは、まさに熟練の技であり年長者の方が巧みだが、オレはバスケをやっていたせいか誰よりも勘が良い。
狩りも、楽しい。
三日にあけず、郎党数人を連れて狩りに赴く。これもまた馬術や弓術の稽古のうちである。
イノシシやウサギ、時にはオオカミを仕留める。館内では肉を消費し切れず、残りは下男下女が街中で売った。
「六条判官様が八男、八郎様の仕留めしイノシシぞ」
と触れ込むと、飛ぶように売れるそうである。八郎の名が、いわゆるブランドになりつつある。ただし近場の山野では、次第にイノシシを見かけなくなった。狩り過ぎてしまったらしい。
最近は剣術の稽古も始めた。
当世――どうやらやはり平安時代らしいが――は、まだ剣術が大して普及していないようである。そのため防具がない。また木刀はあっても竹刀がない。
そこで父・六条判官為義に提案し、オレの考案した防具と竹刀モドキを職人に作らせた。それらを用いて郎党達と、剣術まがいの稽古を積んだ。
中学、高校と体育館でバスケをやっていると、その片隅で練習していたのが剣道部である。オレ達は顧問不在の時、コソっと彼らに竹刀を借りて遊んでいたものだ。オレもその際、“真剣白刃取り”は勿論のこと、“鬼気九刀流・◯修羅”“地球剣・電◯銀河斬り”の極意は習得した。そういった経験が今頃、意外な形で役立っている。
朝から夕方まで、そのように稽古と称して遊びと大差ない事ばかりやっている。
晴れの日も雨の日も学校に通わされ退屈な授業を受けつつ、万年補欠のバスケ部員を続ける前世の日々よりは、余程楽しい。大学受験も無くなり、実にお気楽である。
ちなみにオレは前世の体格のまま、一一歳のガキ八郎君として転生したわけだが、呆れたことに、なお成長期真っ盛りであるらしい。
八郎君の記憶や意思は受け継いでいない。しかし何故か、前世ではほぼ身長の伸びが止まっていたのに、転生後じわじわと伸び始めている。一体オレの身長はどこまで伸びるのか。
下半身の相棒は、前世で既にオトナのモノになっていた。転生後もそのまま、ガキながら大いにご立派過ぎるモノが付いていた(笑)わけだが、不思議とオトコとして溜ま……貯蓄されるべきモノが溜まらない。つまり第二次性徴期前、ということになるのだろう。
しかし先日、井戸端で水を被って汗を流し、手拭いでゴシゴシ体を擦っていた時のこと。――
お竹という名の二〇歳そこらの下女が、突如、素っ裸のオレに後ろから抱きついてきた。
「おい。何すんねん!!」
思わず前世の関西弁丸出しで、咎める。
彼女はオレの顔を下から覗き込み、悪戯っぽくしかしヤラシい表情を浮かべつつ、
「し~っ」
と唇に人差し指を当てた。
それからオレの胸板を、背後より両手で弄り、さらにはもっと下の……一七歳の相棒――いや、前世ならば既に誕生日を過ぎたから、一八か――をモニョモニョと触り始めたのである。
「うひっ!!」
たちまち強烈な感覚が下腹部から脳を貫き、オレの相棒は「さぁ頑張るぞぉ」状態と化した。とほぼ同時に、つまりその、何というか……恥ずかしながら、いともあっさり“暴発”した。
要するに八郎君一一歳(ただし相棒一八歳)が、とうとう精通を迎えたということらしい。
お竹は、自らが現行犯の癖して、
「あらぁ♪」
と目を丸くし、ヤラシい視線をオレに投げかけた。
急いで手桶で“茫然自失”状態の相棒に水をかけ、ヤラシい手付きで暴発の残滓を洗い流すと、オレの手から手拭いを奪い取ってヤラシい手付きで下半身を拭き上げ、ヤラシい手付きでオレに下帯を履かせた。
そしてヤラシい流し目をオレに投げかけると、あたかも悪戯っ子が逃げるような足取りでたちまち畑の方へ立ち去ってしまった。
――八郎様は、もはや完全にオトナの体をしておられる。子種もお出しなさるとぞ。
――果てる時のご表情は、齢一一とは思えぬ男の色気に溢れ、目も眩むようじゃ。
という情報が、陽が落ちるのを待たずして館中の女性全員に知れ渡った。猛烈に恥ずかしかった。
オレは断言する。当世には絶対、どこかに高性能サーバーが存在し、メール一斉配信サービスが稼働しているに違いない。侮るなかれ。