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あちらの毛はモッサモサだそうな

 ――剛力で名高い上総御曹司の強弓(つよゆみ)を、六条判官(ほうがん)様の八男が引いたら弾き壊れたそうじゃぞ。

 という噂はやかた内のみならず、たちまち京の街にも広まった。

 ――まだ、弱冠一一だそうな。

 誰もが噂し合った。

 繰り返すが、テレビもラジオもない時代である。人々は何かと世間話のネタに飢えているらしい。

 京中の誰もがオレの存在を認識した頃、漸くオレ専用の強弓が完成し納品されて来た。

 前代未聞の“五人力の強弓”だそうである。

 当世の弓といえば、木の芯の両面に竹を張り合わせた三枚構造なのだが、それを更に強化した、

 ――四方竹弓

 という新型(ゝゝ)らしい。

 オレは新たな弓で、いよいよ本格的に稽古を始めた。ところがこの弓も、一〇日と経たずして壊れた。

「おいおいおい……」

 兄・上総御曹司も呆れ顔で、壊れた弓を見つめる。

 現状、これ以上の強弓を作る(すべ)は無いらしい。やむを得ず以後、取り敢えず毎回、同じ弓を五本ずつ納品するよう命じた。と同時にさらなる強弓を作るよう、腕利きの職人を探し出し改良を命じることとなった。これもまた、京中の噂となった。

 弓の稽古が出来ない時は、馬術も習った。

 これもなかなか面白かった。現代っ子たるオレは、馬といえばサラブレッドしか知らない。サラブレッドならば馬格がオレの胸や肩程もある。

 しかしこの時代の馬は、何と馬格がオレの腰程しかない。随分と小さいのである。

 そのせいか、意外にも初日からすぐ乗りこなせた。これには御曹司も目を丸くしていた。

「八郎。お前はまことに素質が良い。もっと稽古に励め」

 と大喜びである。

 オレは御曹司の指導を受け、馬に慣れた。馬の気性や心理状態にも聡くなり、たちまち馬術の腕が上がった。

 父・六条判官も、

「八郎は特注の強弓をすぐ壊してしまう」

 とぼやきつつ、それでもホンネは嬉しそうである。

「あ(やつ)は祖父、八幡太郎義家様に負けぬ豪傑となるやもしれぬ」

 と、しきりに周囲へ語った。その挙げ句、オレは並居る兄達を差し置いて、清和源氏の家宝の一つである、

 ――八龍(はちりょう)

 という(よろい)を授けられることとなった。ちょっとした相続儀式めいた事が行われ、オレはうやうやしく家宝“八龍”を拝領した。

 ところが早速着込もうとすると、まるでサイズが合わない。オレの体格がデカ過ぎるのである。

「お前は何もかもが格別じゃのう……」

 六条判官も御曹司も呆れ、これまた腕利きの職人を探し出し、特大サイズの“八龍レプリカ”を発注することとなった。それもまた、京中の噂となった。

 こうしてオレの名が高まり、色々と特別扱いを受けるようになると、面白く思わないのが兄達である。

 次男の義賢さんなどは、露骨にオレを嫌っているようである。すれ違っても目も合わさない。そもそもガチ体育会系のオレとは気質が合わないらしい。義賢さんと比較的仲の良い四男頼賢さんも、陰でオレをディスっていると聞く。

 しかしまあ、オレも転生後ひと月も経つと、この環境に随分と慣れてきた。

 歳の離れたそれらの兄達とはあまり関わらず、歳の近い兄達とは時に喧嘩しつつも、どうにか身の振り方を覚え、日常生活に支障は無くなった。ただし汚らしい蒸し風呂と便所だけは、いつまで経っても慣れず、苦労しているが。……

 日々の生活は、そこそこ楽しい。

 先日は御曹司が、オレと重季さんを伴い狩りに連れて行ってくれた。馬で近場の山へ向かい、馬上イノシシを射るのである。

 木立の中で馬を操るのは非常に難しく、また馬上で弓を射るのも難しかった。御曹司の追い込んだイノシシが、オレの方へ突進して来た時は睾丸(タマ)が縮む思いだったが、

「八郎っ、怯えず踏ん張れ!! 落ち着いて退治せい」

 御曹司の檄に、一瞬で気合が入った。一歩も引かず、矢をつがえズバっと射ると、見事イノシシの眉間に深々と刺さった。

 夕方からは猪汁を(サカナ)に、館中の男衆(おとこし)と酒を飲んだ。御曹司はオレの手柄を吹聴し、座が大いに沸いた。

(なーんか、元服を前にして既に一人前と認められたっぽいな)

 とはいえオレ的には、ビギナーズラックやと思うねんけど。……

 大勢が笑顔で、オレに期待の目を向ける中、義賢さんと頼賢さんは隅の方で、盃を傾けつつ苦い顔をしていた。

「八郎よ。馬上にて弓を放つ稽古は、今後もしっかりやっておけ。実戦で大いに役立つ」

 もう何杯目だろうか。御曹司は盃を煽り、豪快に飲み干す。

「それです、それ」

 オレは膝を打ち、御曹司に尋ねた。

「それがしも遠からず、(いくさ)に赴くことになるでしょう。なので兄上の、戦の経験を色々と聞かせて欲しいのです。今のうちに、学べるものは学んでおきとうございます」

「ほう。殊勝な心がけよ」

 御曹司は破顔し、語り始める。

「戦とは、敵の意表をつくことよ。まず一にも二にも、夜討ちじゃな。それも敵が、我が方を迎え撃つ支度を終える前に、先手を打ち攻める。あるいは逆に、そろそろ来ると構えし頃合いを敢えて外し、油断させておいて奇襲をかける」

「なるほど」

 頷きつつ、オレはふと気付いた。当世、夜間照明など存在しない。どうやって夜間に移動するのか?

「兄上、夜間に軍を動かすのは、かなり難しいのでは?」

「わははは。お前は既に、将たる者の自覚が芽吹いておるようじゃな」

 いや、そういうわけちゃうねんけど。……

「まあ、月明かり星明かりあらば、人も馬も動かせる。闇夜ならば無謀じゃが、それゆえ敵の意表をつき易い。敢えて闇夜に出陣するならば、怯える馬をなだめつつ、そろりそろりと進むしかあるまい」

「何かノウハ……工夫がありますか?」

(はよ)うから闇に目を慣らしておれば、多少は見えるようになるぞ。行き帰りの道筋は、昼のうちに人を遣って、ほうぼうに目印を付けておく。馬の足に引っかかりそうな邪魔物も、予め排除しておくべきだな」

 何事も事前の準備が肝要じゃ。闇の中で道に迷うては、負け戦は必至ぞ。命はないと思え、と御曹司は言う。

 勝つためには、打てる手を全て打て、と。

 オレは貴重な実戦経験や心得を根掘り葉掘り聞き出し、思いつく限りの質問を投げかけるうちに、とっぷりと夜が更けた。


 翌朝、御曹司は腹心の郎党達と共に、関東へと旅立った。――

 そのため館中の女性達の関心は、全てオレに向いた。皆、オレの噂で盛り上がり、すれ違う下女はさりげなくオレに色目を使うのである。

「もはや、あちらの毛はモッサモサだそうな。イ○モツは早くも逞しゅうて、先っぽは既におムケあそばされている」

 と助平(すけべぇ)な情報が、女性の間に挿絵付き(ゝゝゝゝ)で広まっているらしい。現代の高度情報化社会もびっくりの情報伝達事情である。

 ともあれ。

 オレはこの時代に、次第に馴染み始めた。うだつの上がらない元の時代より、何をやっても上手くいくこの時代の方が、楽しいと感じるようになってきた。


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