この部屋は立ち入り禁止だ
翌朝。――
寺の住職にゼニとコメを渡して礼を言い、壷井に向け出発した。
鎧兜を着込んでの、ゆるゆる移動である。到着は、日が沈むまでに間に合うかどうか、微妙だという。壷井衆のうち二人を先触れとして先行させ、本日遅く到着する旨、連絡を入れる。
「暑いっ!」
馬上、何度もボヤく。一行の士気にかかわるが、平成令和っ子たるオレには耐え難い苦痛である。
「早う壷井に着いて、湯に飛び込みたいものですな」
傍らの壷井衆の一人が、オレを慰めるかのように言う。
「そうだな。先日は少し冷たかったが、今なら丁度良い湯加減だろうな」
想像すると、ちょっと気力が湧いてきた。
暑いということは、つまり日没が遅い。なにしろ前世の新暦であれば、七月の中旬である。お陰で一行は、日が落ちる前にどうにか無事、壷井の館へと辿り着いた。
皆、鎧兜を脱ぎ捨て、一斉に館の下へとすっ飛んだ。勿論、壷井名物の冷泉に飛び込むためである。
館の下男達が行李を持ち出し、鎧兜を雑巾で拭ってから仕舞い込む。ちなみにオレの鎧兜は特注サイズなので、行李が二つ要る。
「為朝様、お疲れでござる」
「ああ。また世話になります。……話はまた後で」
オレも慣れない鎧兜を脱ぎ捨てながら、叔父さんに挨拶する。
「下まで、全員分の着替えと手拭いを持って来てくれ」
下女の一人に命じ、郎党達の後を追った。全身汗だくである。
川べりまで走ると、衣服を全て脱ぎ捨て下帯一枚となり、
「ひゃっほぉ~っ!」
と冷泉に飛び込んだ。一気にざぶんと頭まで潜る。
「……!!」
思ったより温度が高い。気温よりわずかに低い程度か。
「うわ。こりゃ結構、熱いな。もっと冷たいと思ったんだが」
「わはははは。まあ、でも生き返りますな」
身体が冷えないので、オレは湯から立ち上がった。が、やはり外気温の方が高いので、結局湯に入り直す。
ついでに、泳いだ。クロールで一〇m以上、スイスイと水をかく。
そして立ち上がると、皆が目を丸くしている。
「為朝様は、泳ぎも達者でござるのう」
は!?
重季さんも、
「為朝様はいつの間に、水練を学ばれたので?」
と、記憶を辿っている様子。
あちゃぁ。やらかした。……
おまけに、昔ながらの泳法は、確かクロールと全然ちゃうかった筈や。
慌ててもう一度、水に飛び込み、平泳ぎで戻った。多分、こっちの方が古い泳法に近い筈だ。いや知らんけど。
誤魔化すように、暫く平泳ぎで泳ぎ回り、皆のいる辺りへと戻る。そして立ち上がった瞬間、一〇人近い下女達と目が合った。
「あっ!」
下帯が解けていた。
「きゃあ~~っ!」
下女達は、悲鳴というより嬌声を上げつつ、傍らの草叢に衣類と手拭いを一人分ずつ置いていく。置きながら、時折チラチラとオレの舵棒に目を遣る。
「……」
オレは身体をざんぶと湯に沈めた。
湯から出て着替え、座敷に戻ると、宴が始まった。
「ひとまず皆、無事に壷井に辿り着いた。まだ先は長いが、今宵は大いに飲むぞーっ!」
――おおーーっ!!
歓声と共に、皆が盃を掲げた。
オレも一杯飲み干すと、改めて叔父さんと向き合う。
「まずは、父からの書状です」
懐から取り出し、叔父さんに渡す。叔父さんはそれに目を通すと、
「なるほど。概ね状況は分かり申した」
と頷いた。オレは京の館へ帰着してからの状況を語り、事の顛末や判断を詳しく伝える。
「大事でござったな。……して、いつ頃九州へ、出立なさるおつもりで?」
「今、荷駄車を堺の職人共に作らせています。出来上がり次第、ここを発ちます」
「ほう、荷駄車……」
「馬に曳かせて荷を運ぶ、車です。……そうそう。馬を一五頭、用立て頂きたい。それから、連れて行く郎党の人選も」
「承知した」
「馬は、一頭あたり幾らかかります?」
「その荷駄車とやらは、何台作らせるのでござるか?」
「二〇台ほど」
「そ、それは……。かなりの散財でござろう?」
「まあ、大丈夫でしょう」
父からも充分な費用を持たされているし、オレ自身の稼ぎも充分にある。痛い出費ではあるが、まあ問題ない。必要経費だと割り切るべきだろう。
「先の心配もござる。馬の調達費用は当館の方で持ちましょう」
「良いんですか?」
「お父上より館を任されている者として、当然でござろう。八幡太郎義家公の再来たる為朝殿が、遠方へと旅立つ餞でもござる」
「御心遣い、痛み入ります」
皆が大いに飲み喰らい、盛り上がる中、オレと叔父さんは飯もそこそこに打ち合わせを行う。
九州に連れて行く郎党達の、人選も行った。まあ、その辺は基本、叔父さんにお任せということで、オレは飯を食い早めに寝床へ入った。
一週間程、暑い中、鎧兜を着込んでの移動である。少なからず疲労を感じており、すぐに寝入った……が、相変わらずの侵入者だ。
頬を撫でられる感触に、はっと目が覚めた。
「為朝様。長旅、お疲れ様でございました。本日はゆるりとお休みなさいませ」
そう言いながら、おなごがオレの傍らに居て何やらゴソゴソしている。
「おう。疲れている。寝る」
「どうぞごゆるりと」
「いや、だから……出て行け」
どうにか寝床からおなごを叩き出す。が、五分と経たないうちに、別のおなごが侵入して来た。
「見目麗しき、立派な若武者様のご寝所はこちらでございましょうか?」
誰だ? 全然分からん。
「疲れて寝ている。この部屋は立ち入り禁止だ」
どうにか追い出した。またこのパターンかよ。……
こうして複数の侵入者を撃退しつつ、そのまま寝入ってしまった。
当然ながらその間、別の侵入者に不覚をとったようで、ナイショの暴発事故を起こした痕跡を確認した。
半べそかきながら井戸端で事後処理を行う。
「為朝様。それは妾にお任せ下さいませ」
何人かの下女に、それを奪われそうになる。
皆、非常に親切なのは有り難いのだが、さすがに気恥ずかしい。奪われないよう、なんとか死守しつつ、自分で事後処理を終えた。
そうした攻防の日々が一週間続き、オレは逃げるように堺へ向かった。




