反撃!
門の前に倒れた馬は、死んでこそいないがもうダメだろう。
せめて、皆で美味しく頂いて供養とするしかあるまい。
「誰が、下男達を呼んで来てくれ。あれを解体し肉を取れ」
郎党達に命じる。
オレが京に居られるのは、今夜が最後だろう。その最後の夕飯は、馬肉に決まりだ。
「おーいっ。そっちの馬は、皆で処分せい!」
一〇〇メートルばかし向こうの人集りにも声をかける。たちまち向こうで歓声が上がり、人々がわらわらと倒れた馬を取り囲み始めた。
オレは振り返り、あらためて館の中へと引っ込んだ。そして郎党達に声をかける。
「さて、と……。始めるぞ。段取りに従い動いてくれ」
おうっ、と郎党達は声を上げ、駆け出した。
手に手に、梅雨の間に準備していた高札――の代わりの旗――を持ち、二人一組で馬に飛び乗ると外へ飛び出す。
それこそが、河内壷井にて、天才絵師の戯画を見て閃いた秘策である。
後の時代には、あちこちに高札という物があって、為政者が周知事項を掲示していた。
江戸時代にもなると、かわら版なんて物も登場し、さらに長い年月を経て平成令和のSNSへと至る。世間の噂が、力を持つようになる。
つまりそれを今、やるのだ。世論――というか街なかの噂――を操作し、少納言信西を追い込む。うかつな行動を取れないようにする。
――警告、 少納言信西
――自ら晒したる醜態を
――逆恨みにて、罪無き若武者に罪を被せし事
――言語道断の悪行なり。
――行ひ改めざれば
――八幡大菩薩の罰を受くるべし。
と大きく書き、その傍らに信西が腰を抜かしたシーンの戯画――ポンチ絵――を描く。
それを洛中の各所、人通りの多い場所に、高札の如く掲示する。
当世ではほとんど使われない手法ではないか。転生してそろそろ一年近いが、オレはまだ見たことがない。シンプルでコストもほとんどかからない割に、効果が期待出来そうだ。
まあ、準備には結構時間がかかったが。……
当世は識字率が低いから、そこがちょっと気にかかるが、まあ大丈夫だろう。京は人口が多い。字が読める人間だって多い筈だ。
というわけで、郎党達を走らせ、事前に検討した位置にアレを掲示させる。
二騎一組で三ヶ所ずつ、計三〇ヶ所ほど。移動は馬だし、旗は地面にぶっ刺すだけである。半刻もあれば、全て終わるだろう。
「よしっ、行くぞ。一〇騎、ついて来い!」
オレは郎党達に声をかけた。
前世における某・国民的漫画の伝説的アイテム“一〇〇tハンマー”を背に括り付け、シルビアに飛び乗って駆け出す。その後ろに、それぞれ大斧やナタなどを背負った郎党達が続く。三人ばかし、
――南無八幡大菩薩
と書かれた旗指し物まで背負っている。
向かった先は姉小路西洞院。勿論、少納言信西の屋敷である。
我が“源氏ヶ御館”からは二キロ程だろうか。目的は、直接乗り込んで最低限の脅しを駆けること。京の街を一気に駆ける。
「あれか。少納言信西の屋敷は」
「左様でござる」
見れば、門の警護をしている連中が慌てている。大急ぎで奥へと引っ込み、大きな門扉を閉じようとしていた。我々の接近に気付き、半ばパニック状態に陥っているようだ。
オレ達の襲撃を恐れ、兵をかき集めているかも……とも想定したが、それは無いようだ。
まあ、そりゃそうだ。忠正さんが戻り、捕縛失敗を報じ、それから兵をかき集めても間に合う筈がない。そういうタイミングを計って、こうして出張って来たのだ。
「おいっ。門を開けよ!」
彼らに向かい、オレが大声を上げるも、応じない。中から閂をかける音がした。
門の前で馬を下りる。
「直ちに門を開けろ! 開けねば門扉をぶっ壊す!」
おらぶが、開ける気は無いらしい。
「されば、いくぞ!」
オレは一〇〇tハンマーを振りかぶり、門扉の蝶番付近を力任せにぶっ叩いた。郎党達と手分けして、ドカドカと両側の蝶番を壊す。
程なく蝶番がひしゃげ、さらに大斧やナタで門扉を破壊する。やがて大きな門扉は、屋敷内側に向かいドサリと倒れた。屋敷内部が、表の通りから丸見えとなる。
「あれが正戸(玄関扉)か……」
オレは懐から、警告文を取り出すと矢の中ほどに括り付け、正戸目掛けて強めに射た。矢は心地良い唸り音を上げ、どすっ、と戸に刺さる。
「よし。終了。さて帰るか」
脅しは、これで充分だろう。やり過ぎてもダメだ。父や一族にまで類が及ぶようでは困る。
で、踵を返そうとして、
「危ないっ! 止まりなされっ!」
ん!?
郎党の声に足を止め、ゆっくり振り返る。
門のど真ん中に、シルビアがこんもりデカいウ○コをしていた。
湯気を上げ、臭気を辺りに撒き散らしている。
(うわぁ。危ねえ……)
間一髪、踏むところだった。
聞けば、門扉破壊中、怯える馬達をよそに、シルビアのみ悠々とあくびしながらオレ達の様子を眺めていたらしい。挙げ句、巨大なウン○を投下した。
「わはははは。マジかよ」
「主に似て剛毅でございますな」
ウ○コの先一m程の位置に、ナタの柄でちょちょっと通路に穴を堀り、南無八幡大菩薩の旗指し物三本を立てた。
「よし。戻るぞ」
号令をかけ、悠然と館へ引き上げた。
ミッション終了だ。これで京の人々には、少納言信西の行いが逆恨み、理不尽なものであると伝わるだろう。
それでも信西がオレを迫害するだとか、父・為義らに何らかの罰を課せば、信西の信用は失墜するだろう。
かつ、オレの今日の振る舞いに対し、父が、
「やり過ぎた八郎為朝を勘当した」
と世間にアピールすれば、信西も多少は溜飲を下げるだろう。深追いして自らの信用を落とすような事はやるまい。
そこを落としどころとして、今回の計画を立案している。
館に戻ると、先発部隊二〇騎も既に戻っているようだ。
「首尾はどうだ?」
「上々でござる。既にあちこちに人集りが出来、わいわい騒ぎながら旗を眺めておりまする」
「わははは。ようやった」
郎党達に、ねぎらいの言葉をかける。
「それにしても、信西のせいで我々が都を離れるというのも、口惜しゅうございますな」
そう口にする郎党も居た。が、大半はむしろ、
「いよいよ九州じゃ。冠者と共に、九州に我らが旗を打ち立てましょうぞ!」
と、意気軒昂たる様子である。オレは、このミッションが正しかった事を改めて確信した。




