いかがなさるおつもりや?
それからしばらく、土砂降りの日が続いた。
平成令和の世とは異なり、便利な雨具など存在しない。
昔話などに登場する蓑と笠は、既に存在する。が、決して便利な物扱い易い物ではない。つまり雨の日は余程の事情がない限り、外出しないのである。皆、家屋に籠もっている。
勿論、オレも外出出来ない。なので館に籠もり、壷井にて練った策を実行に移した。来たるべき日への備え、である。
まず、下女を数人呼び、準備しておいた布地を切って縫い合わせるよう指示。数十枚の、長方形の白布を作った。
次は絵師三人の出番である。入念に打ち合わせを行う。
オレの腹案を披露すると、三人はゲラゲラ笑い出した。一人が、予め用意しておいた板切れに絵を描く。
「おおっ。上手いぞ。お前は天才か!」
実にコミカルである。皆、腹を抱えて笑った。
「これではちと、烏帽子と判り辛いな。もそっと大きめにするか。で、転がる様子が伝わるよう、ここに効果線を……」
「冠者。効果線とは何でござるか?」
「こういう感じの細線を入れる」
オレは小筆で、あたかも烏帽子がコロコロと転がる様を表す効果線を加筆した。
「で、矢も同じだ。上からへろへろ矢が落下する様を、このように……」
同じく矢の方にも、へろへろ効果線を加筆する。
「なるほど。烏帽子と矢の動きがよう解りますな」
天才絵師が、感心したような顔でオレを見る。
「あとは……少納言信西の手の指は、こうするか」
前世の某・国民的漫画家の手法にあやかり、コミカルな手指の形を伝える。
こうして修正アイデアを加味し、原画が完成した。
それを改めて、白布に描かせる。サイズが随分と大きくなるが、彼は原画通りの絵を、大胆なタッチで一気呵成に書き上げた。
「よしっ。上手いぞ」
一晩放置して墨を乾かすと、翌日からはトレース作業である。
オレは三人に指示し、細い木切れの先を滑らかに削らせた。さらに竈の木炭をかき集め、小皿に盛る。
「こうすれば、元の絵を何枚も同じように描ける」
オレは昨日の布に新たな白布を重ねると、透けて見える絵の線を、木切れの先に木炭を付け上からなぞった。
「ほう。上手いやり方ですな」
「こうして下絵の線を全て描き写したら、下絵を取り除く。で、木炭の線を上から筆でなぞる。そうすれば同じ絵を何枚も描ける」
手順を説明すると、三人は感嘆の声を上げた。
「よし。では説明通り、三〇枚の絵を仕上げてくれ」
三人は早速、トレース作業に取り掛かった。
「さて、と。次は……」
ポンポンと手を叩き、重季さんを呼ぶ。
「字を書ける者は、何人程いる?」
「はあ。三人程は……。しかし皆、下手クソでござるぞ」
「構わん。ちょっと集まるよう、声をかけてくれ」
程なく、重季さん含め三人の郎党がやって来た。
「何事でござるか?」
「ああ。今、こうして絵を描いて貰っている」
オレは懐から、文案を取り出し広げた。
「一枚ずつ絵が仕上がる筈だから、順次、布の右側にこの文章を書き入れてくれ。三〇枚、同じ物を作る」
「承知つかまつった」
三人は文案を覗き込む。
「ははあ……」
文案を見た三人には、オレが何を考えているか、伝わったらしい。
「壷井から持ち込んだ、細い竹竿があるだろ。絵と文字が仕上がったら、あれを布の両端に括り付けろ」
オレは身振り手振りでイメージを伝える。
「旗指し物のように、手間をかけて竿に布を固定する必要はない。せいぜい、数日もてば充分だ。あまり手間のかからぬ方法でやってくれ」
「承知つかまつった」
「あ、竿の下端は全部、斜めに切り落として先を尖らせておいてくれ。上から軽く木槌で叩けば、簡単に地面へ立てられるようにな」
まあ、全ての作業が完了するまでに、一〇日はかかるだろう。
京の梅雨期は蒸し暑い。
(エアコンが欲しいわ)
思わずぼやいてしまう。
前世よりは多少、気温が低めではないか。ただ湿度は高いため、涼しいとは感じない。いやそもそも、長年のエアコン生活のせいで色々と感覚がバグっているだろう。前世との比較は難しい。
ひとつ確実に言える事は、夜間は前世より気温が低い。とはいえ湿度のせいで蒸す。猛烈に寝苦しい。
そんなある日、珍しく雨が上がった。
(おっしゃ。師匠の所へ……)
と思ったら、来客である。噂の、少納言信西様の使者だった。
(あちゃぁ。来たか)
コソっと廊下を歩き、声のする方へと近付く。
「八郎為朝は、戻っておるか?」
「まだでござる」
郎党が対応している。
相手の声は、件の平忠正さんとやらか。オレでも知ってる、あの平清盛の叔父にあたる人らしい。
「戻りは、おそらく梅雨が明けてからでござろう」
「左様か。……されば、また出直す」
そう偉そうに言って、引き上げた様子である。
対応した郎党が、廊下をこちらに歩き、戻って来た。
「おおっ、冠者」
馬調達の旅に同行した、中年男である。名を、兵衛太郎という。
「どうだ、様子は?」
「随分と、焦れておるようでござる。供は四〇騎程でござった」
「せやろなあ」
「まあ、梅雨明けまでは、居留守も通じましょう。先方も、冠者が雨の中移動し館に戻るとは、よもや考えておりますまい。されど梅雨が明くればどうなるか。早速出張り、冠者をしょっぴかんとするでしょう。左様な剣幕でござった。さて、冠者は、如何なさるおつもりや?」
「分かっている」
オレは頷き、ニヤリと笑う。
居留守は梅雨明けまでだ、と。梅雨さえ明ければ、いつでも移動出来る。
その際、コソコソと惨めに“都落ち”する気はさらさら無い。
「源氏たる者、平氏の忠正なんぞ相手に一歩も引かぬぞ。ひと当てして叩き出し、その上で堂々と京を離れる。よいな!?」
「わはははは。さすがは冠者。よう心得てござる」
我らも大いに力を振るいまするぞ、と彼は気炎を上げた。




