ちなみに、今は何時代ですか?
状況が何も分からず、生きた心地がしない。
(どう考えても、転生やろなあ。もしくは、転移?)
そんな事、あり得ない筈だが、そう理解するしかないような気がする。
つまりオレはダンプに轢かれて一旦死亡し、どこぞの八郎様とかいう男に転生 or 転移したのだ、と。――
「お館様には、八郎様は頭痛で臥せておりますと言伝しておきましたぞ」
先程の若侍――重季さん――が、粥と汁の膳を抱えてオレの部屋に入って来た。
オレは半身を起こす。
(ほう、お館様ときたか)
やっぱ現代ではなく、過去やんか。“言伝”なんて単語も、聞いた事も使こた事もあれへんわ。……
「実はですね、頭痛が酷くて何も思い出せないのです。自分の名前さえも」
「何と……。大事ではござらぬか」
「いや。皆さんに明かすと大騒ぎになるでしょうから、暫くは絶対内緒にしておいて下さい。まあ、どうせ頭痛が治まればすぐに全て思い出すでしょう……」
「なるほど。急に大きゅうなられたから、何やら調子が狂ったのでありましょうな。そう言えば手前も背が伸びた時分には、よう手足が痛うなり申したわ」
頭に滋養が回っておらぬやも知れませぬ、さあ飯を食いなされ……と重季さんに促された。オレは礼を言って粥を食い、汁を啜った。
粥は玄米と雑穀で、味噌汁は異様に塩辛かった。食事ひとつを見ても、やはり平成令和の世ではない気がする。
幸いにして、オレが飯を食っている間、重季さんが気を利かし色々と“情報”を語ってくれた。
彼は一六歳で、幼少時より八郎様――即ちオレ――の世話役を務めているらしい。
お館様、つまり当館の主は六条判官為義という人で、八郎君――即ちオレ――の父親なのだとか。崇徳院様にお仕えしているらしいが、その崇徳院様が何者なのか、オレにはさっぱり分からない。
おそらく歴史上の人物だと思うが、大学受験日本史を学んだ程度のオレには、何者なのか全く推測がつかない。
ちなみに八郎君は、その名の通り、兄弟の八番目。現在まだ一一歳なのだとか。
(おいおい。八郎君って、実は一一のガキかよ! オレの身長は一八〇やぞ。むっちゃ無理あるやんか)
アタマを抱え込んだが、今更どうしようもない。重季さんの誤解に乗じて、「数日で急成長した」という設定で突き通すしかなさそうだ。
幸いにして重季さんはオツムの弱……実直で疑うことを知らない性質なのか、八郎君の兄弟についても情報を提供してくれる。
例えば一番上の兄は、上総御曹司と呼ばれ、関東で大いに活躍しているらしい。
「その上総御曹司が、近々数年ぶりに、京へ帰ってみえられまする」
重季さんは嬉しそうに語るが、困ったことに、それもまた誰なのか、オレには見当がつかない。
それから二番目の兄・義賢は、左大臣頼長様に仕えているというが、これまた誰と誰なのか見当がつかない。おまけにその、兄義賢と左大臣頼長は男色(同性愛)の関係だと聞き、思わず粥を噴き出してしまった。
気持ち悪くなり一気に食欲が失せ、頭を抱え込むオレを見て、重季さんは心配そうにオレを見ている。
「ちなみに、今は何時代ですか?」
「は!? 何時代……とは?」
首を傾げる重季さんを見て、オレはアホな質問をしてしまったと気付いた。
そうか、江戸時代やとか室町時代なんちゅう呼称は、戦後の歴史学者が勝手に名付けただけなんや……と。
「すんまへん。愚問でした。今は何年ですか?」
「久安六年ですぞ」
うわっ。西暦ちゃうわ年号やわ。さっぱり分からん。それって何時やねん。……
しかしまあ、これ以上質問を投げかけ続けるのは、重季さんをますます心配させることになりそうで、危険かもしれない。要らぬ疑いをかける可能性もある。
オレはおそるおそる、これを最後の質問とばかり彼に問うた。
「ここはどこですか?」
「六条堀川の“源氏ヶ館”ですぞ」
ほう。――
やっと手がかりが見つかった。六条堀川ということは、多分ここは京都だ。その位はオレでも解る。で、……源氏!?
(困ったな。源氏って似たような名前の人物が沢山居てるよなあ。オレは頼朝と義経ぐらいしか知らんぞ)
再び、頭を抱え込む。
しかしまあ、もう一つ気付いた事がある。源氏と言うからには、時代はおそらく、平安か鎌倉ではないか?
じっと押し黙って思案するオレを見て、重季さんは、
「まことに大丈夫でござるか? 医者か祈祷師を呼ぶべきではござらぬか?」
と言う。
えっ!? 医者はまあ、ともかくとして、祈祷師?
カンベンしてくれぇ。――
「まあ、暫く様子を見ましょう。いやどうせ一時的な症状ですよ。くれぐれも大事にならぬよう、当分内密に願います」
と、オレは努めて明るく答えた。
「左様なものですかのう。まあ、お大事になさりますよう」
そう言い残し、彼は空いた膳を抱えて去って行った。
ふう。……
こう言っちゃぁアレだけど、重季さんがあんまし賢くなくて、助かったかもしれない。オレはほっと胸を撫で下ろした。