高級車価格やないかい
厩へと移動した。
「これじゃ」
親治さんが自慢げに、馬の首筋を撫でる。白馬だが、たてがみは黒々していて、足先も黒い。
(これが“芦毛”って奴か)
他の馬より一回り大きい。が、馬と言えばサラブレッドしか知らないオレの目には、
(デカいと言っても、こんなものか……)
と感じてしまう。
まあ、仕方がないのだろう。当世、国内にサラブレッドなど存在しないんだから。
「気立ては穏やかじゃが、鞭を当てればよう疾走る。なかなかの牝馬よ」
「良いですね」
「お前様の事情はよう解ったが、こいつをそう簡単には譲れぬ。当地ではたまに、こうして名馬の出物もあろうが、そう易々とは手に入らぬし、実際手に入れるのも楽ではなかったからのう」
ゆえに勝負しろ、と親治さんは言う。元服したての若造には負けぬ、と。
(まあ、そうなるわなあ)
当面、このパターンが続きそうだ。仕方ない、とオレは親治さんに頷く。
「分かりました。で、勝負はどうやって?」
「勿論、弓だ」
親治さんに続き、オレ達は庭へと回った。弓の稽古場へと向かう。
「先にいくぞ」
二月の半ば、ということで前世なら三月の終わり頃か。まだ多少肌寒いが、親治さんはいきなり片袖脱いで、弓を構える。上腕筋ムキムキである。日頃よく鍛えているのがよく分かる。
――ヒョウ~~ッ!
矢が風を切り、的の真ん中付近に刺さった。
親治さんは、ゆったりとした構えで三連射し、全て的の真ん中付近に寄せる。
「お見事っ!」
居並ぶ者は皆、拍手した。
(風があるな……)
この館は高台の中腹にある。もっと高いところから、わずかだがおろし風が吹いている。
だが、関係ない。この程度の風であれば、オレの弓勢の方が勝つ。
オレは、
「少々、的から近過ぎでしょう」
親治さんより一〇m以上、後方へと移動し、強弓を構える。
立ち位置を慎重に見定め、愛用の強弓を構えると、速射で三連発、射た。
ヒョウッ、というよりビュウッという強烈な唸り音を上げ、的のど真ん中に矢が刺さる。わずかに右と左からど真ん中に刺さり、三本目は強引に、先発の二本に割り込むようにして刺さっている。
「うむ、見事じゃ!」
唸るように、親治さんは声を上げた。
オレのもとに近づきながら、
「ここは風がある。にもかかわらず、よう当てたのう」
と感心しつつ、オレの強弓に手を差し出す。オレが弓を手渡すと、親治さんは弦を引いて確認しつつ、
「てっきり、大弓はハッタリじゃと思うたが……。これは見事な強弓じゃの。儂には引けん。完敗じゃな」
と破顔した。
「恐縮です」
「弓の腕がそれならば、馬術とて劣らぬじゃろう。試すまでもなかろうぞ。……いや、ひと目見て、八幡太郎義家公の再来かと思うたが、間違いなさそうじゃ」
またこのパターンか。八幡太郎義家公というのは余程の英雄だったのか。名前だけなら歴史の授業で教わったが、どうやらスゴい人だったらしいな。
と、ふと傍らに目を転じると、重季さんが感動の涙を流していた。
(……)
は!? なんで?
「重季さん、どうした?」
オレが声をかけると、重季さんは親治さんの方を向き、
「そうです親治様。八郎様には八幡太郎義家公が降臨なさっておりまする。それがし世話役として八郎様幼き頃より仕え、まさに八幡太郎義家公が降臨なさる様子を目にしました」
「どういう事だ?」
訝しがる親治さんに、重季さんはぽつりぽつりと語る。
「半年ばかし前の話でござる。或る朝、八郎様が目覚めると、一夜にしてその丈が一尺程伸びておられました」
うげっ! あの日の話かよ。……
「頭が痛い、何も憶えておらぬ、と八郎様は申しておられました。その後の事です」
「ふむ」
「いきなり怪力が備わり、抜群の弓の腕、並外れた馬術を見せつけました。まだ元服前の事でござる」
「ほう」
「おまけに、教わってもおらぬ筈なのに文字を書き、算術さえ、当たり前のように使いこなされる」
げげげげっ。
重季さん、ニブいから気付いていない、ではなく、全部バレてんじゃん。ヤバいんちゃう!?
「近頃はとある僧の下に通いて学問し、驚く程賢うなっておられまする」
「なるほど。まさしく八幡太郎義家公が降臨なさったか」
あれ!? そっち?
重季さんも、ええ感じに勘違いしてくれたんか。
「間違いございませぬ。八郎様は大器ゆえ、義家公に選ばれ降臨なさったのでしょうぞ」
あはははは。もう知らんわ。
「それがし世話役として、いずれ大いにご活躍なさるであろう義家公の化身たる八郎様をお支えすべく、日々、懸命に励んでおりまする」
「それは我ら郎党も、皆同じ」
と、他の者も口々に言う。
そうやったんか。知らんかったわ。
ええ感じに皆勘違いしてくれて、それで上手いこと回っとったんか。助かったわ。
結束も強いみたいやし。……
オレの傍らで、うんうん、と話を聞きながら頷いていた親治さんは、
「なるほど。さすがは河内(源氏)の者共よのう。立派じゃ。……よし、馬はお前様に譲ろう。義家公の化身たるお前様に使うて貰うのが一番じゃろ」
と、にこやかに笑いながら言った。オレは親治さんに、丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「良い良い。……そうと決まったら、酒じゃ、酒」
はっ、と館の郎党が駆け出した。酒宴の支度を始めるのだろう。
「河内の者共は、先に風呂じゃ。すぐ支度させる」
オレはオレで、郎党達と話し合って、馬の代金と宿代を決めると親治さんに手渡した。
ちなみに馬の代金は砂金で、宿代は宋銭である。当世の高額決済は何かと面倒だ。
それにしても、これだけの砂金って、平成令和の世であれば幾ら位になるだろうか。どう考えても、馬一頭でン千万円だぞ。高級車価格やないかい。
オレはあの芦毛を、
――マイバッハ
と名付けることに決めた。
というわけで、程なく風呂の支度も整い、オレから先に風呂へと向かったわけだが。――
そこには先客が居た。親治さんである。
(なんやねん。この世界では、館の主が客と風呂を共にする習わしでもあるんか?)
大いに疑問だが、まあ、いい。素知らぬ顔で、腰に邪神封印――注:手拭い――を巻いて隣にどっかと座った。
で、座ったはずみで、うっかり邪神封印を落としてしまった。
「な、なんぞそれはっ!! 世にも稀なる、ずるム◯巨魔羅ではないか!」
あっ!
オレ、このパターン、知ってるわ!
「うーむ。いずれお前様に、儂の娘を嫁がせようかと思うたが、止めじゃ、止め」
デジャヴ!?
明日(2025/09/23秋分の日)の更新はお休みします。




