儂と勝負せい
一応関西の某所出身だが、奈良県の地理には詳しくない。
寺の者に問うと、宇野荘というのは概ね大和国南部の方で、紀伊へ抜けるルートの途中だという。
「此処から三日ばかし、南へ向かえば宇野荘ですじゃ」
「南、か」
「左様。この道を行けばどうなるものか。迷わず行けよ。 行けばわかるさダァ~~~~っ!!」
一、二、サンペ……と突如騒ぎ出した坊主を、
「言わせねーぞ!!」
間一髪、口を押さえて止めた。
(いや、間に合って良かったわ)
そのネタは、当世よりはるか後のモノやぞ。みだりに歴史を改変しちゃあ、いけねえ。
(それにしても、ここから三日もかかるのか。結構遠いな)
丁度、京からここまでの距離と似たようなものか。
平成令和の世であれば、貸切バスに分乗して遠足とか修学旅行とか。まさにそういうルートだよなあ。
(なんぞオモロいもんでもないかな)
奈良と言えば、古代史ミステリーの宝庫である。移動中にそれらが見えて、前世であれば既にわからなくなってしまった謎なんかが解けてしまったりすると、面白いんだが。石舞台古墳だとか、酒船石だとか。亀石だとか。
ただ、どうやらそれらとはルートが随分離れており、今回はお目にかかれそうにない。
(う~む。残念)
翌朝早く、オレ達一行は寺を離れ、南へと向かった。
行く先々で沿道に人だかりが出来て、
――あの若武者は、誰ぞ?
と、こちらを見て噂し合う。
(オレ、お忍びでの行動は絶対無理やな……)
当世の人々は皆、身長が概ね一五〇センチそこらなので、一八〇超えのオレはどうしても目立ってしまう。
出発初日は天気に恵まれた。
「そろそろ足を止め、宿を探しましょうぞ。ほれ、あれなるは源氏の者の屋敷でしょう」
重季さんが指を指す。
「何故、源氏だと分かる?」
「ご覧あれ。あれに旗指し物が見えまする。白地に、八幡様の三つ巴紋。源氏でござる」
なるほど。そういえば六条堀川の館でも見かけた旗指し物である。
重季さん達が、宿の交渉へと走る。
幸いすぐに交渉がまとまったらしい。付近の、別の屋敷と分宿することになった。どうやらどちらとも、大和源氏の一族なのだとか。
「七郎親治様でござるか。二〇代半ばの、武芸に秀でたひとかどの将でござる。まあ、冠者程大きうはありませんが」
夕飯時、屋敷の主から、件の馬を購入した男について多少の情報を得ることが出来た。なお、ここでも飯は、雑穀混じりの粥と汁、漬物だった。風呂設備は無く、行水で汗を拭った。
翌日の昼頃、藤原京址を通過した。
広大なエリアである。荒廃し切っている。なんだこれはと思い、通りがかった者に尋ねて、それが藤原京址だと判明。
(当世の京より広いんちゃう?)
授業では、一〇〇年強の間に何度か遷都した歴史を教わった。藤原京もそのうちの一つであり、人口が増えるにつれてどんどん周囲へと拡張され、最盛期はン十万もの住人が居たという。おそらく当時、世界でも指折りの規模である。
……というのは授業で教わった知識ではない。ネット動画で仕入れた知識だ。
「こんだけデカい街を、あっさり捨てたんかいな」
「はあ。そうですな」
色々と考え込んでしまうのはオレだけで、郎党達は何の興味もないようだが。
以前、六条堀川の館のそばで、幼女の亡骸を埋葬した事を思い出す。オレはまだ経験していないが、ひとたび疫病など蔓延すれば、あっという間に“死者の街”と化すのだろう。
埋葬が追いつかなくなれば、衛生状態は悪化の一途を辿り、街そのものが死ぬ。
いや、それだけが理由ではないだろう。例えば人口が増え過ぎて水が足りなくなる、といったケースもある筈だ。平安京への遷都などは、政治的事情だと言われている。いずれにせよ勿体ない。
一行は広い廃墟の傍らを進む。
通り過ぎるのに半刻以上を要した。デカい廃墟である。
さらに進むと、今度は古墳らしきものが幾つも見えた。
(スゲえな)
と感じたのは、これまたオレだけだろう。誰も、気にも止めない。それら古墳地帯を抜けた辺りで宿探しが始まった。
三日目も似たような旅が続き、日没より随分余裕がある時間帯に、目指す大和源氏の館に到着した。
「あれでござろう」
旅の初日に泊まった、光基さんの伏見殿同様、高台の上にある。重季さん、重澄さん兄弟が馬に鞭を当てて駆け出す。
果たして正解だったらしい。オレ達一行は館へと続く坂道を上り、門を潜った。
「お初にお目にかかります。それがしは六条判官為義が八男、八郎為朝と申します」
「ほう。遠路はるばる、よう来られた。それがしは当館の主、七郎親治でござる」
確かに二〇代半ばの、がっしりした体格の男である。身長はオレより低いが、それでも一七〇センチ程はある。当世としてはかなりの長身。わざわざ大きな馬を買った理由がよく解る。
「して、如何なる用向きで来られた?」
「実は馬を探しておりまして」
オレは、父から預かった書状を親治さんに渡す。
「なるほどのう。儂よりもずっと大きいな。そりゃデカい馬が必要じゃろのう。ちなみに今、歳はいくつじゃ?」
「一二となり、正月に元服致しました」
「なんと……!! まだ一二か! これは驚いた」
「あははは」
ワケありの公称一二歳、実際は一八なんだが、まあ笑って誤魔化すしかない。
「なるほど事情は解った。儂の馬の噂を聞いて、譲れ……と」
「お察しの通りです。早急にデカい馬が必要なのですが、京の市では手に入らぬのです。古都の市であれば、数ヶ月待てば手に入るそうですが、色々事情もありそれまで待てません。誠に恐縮ですが、親治殿の愛馬をお譲り頂けないものか、と。勿論、ゼニはお支払い致します」
「そうか……」
しばらく腕組みして考え込んだ親治さんは、すぐにニヤリと笑った。
「儂も苦労して手に入れたからのう。ゼニはともかく、そう容易くは譲れぬわ。そうじゃの、儂と勝負せい」
「は?」
「儂に勝ったら、馬を譲ってやる」
あちゃあ……。
そうきましたか。




