あまり状況がよろしゅうないのう
「信西様がお前を逆恨みし、何やらお企みの様子じゃ」
知恵第一ということで重用されてはいるが、そもそもあまり、周囲に好感を持たれていないお方だという。なので今回の件は、周囲の人々にとっては内心拍手喝采だった。
だからこそそういう空気を察した信西は、オレを何とか罰する方法はないかと画策しているらしい。
今朝、同じ事を円空師匠からも言われたばかりである。父上六条判官様の立場も危うなりますぞ、と。
「信西様を重用するよう崇徳院様に具申したのは、左大臣の頼長様である。されど当の頼長様も温厚なお方ゆえ、早々に信西様を引き下ろす事が出来ぬ。皆、信西様の横暴ぶりには困っておるところじゃ」
父は座敷の真ん中にどっかと座り、お前も座れとオレに促す。
「信西様に目をつけられたお前は、まことに危険じゃ。仮に信西様が、お前に言いがかりをつけ罰しようとすれば、誰もそれを止められぬ」
「左様ですか……」
円空師匠も父のことを懸念されていた、と伝える。六条判官様がその巻き添えを食うのではないか、と。
「まあ、儂のことはどうでもよい。既に五〇を過ぎた身ゆえ、いまだ政治の世界に執着することもあるまい」
それよりもお前の事が心配じゃ、と言われた。お前は我が祖父・八幡太郎義家様の再来ぞ、兄・義朝と共にわれら源氏の要となるべき逸材じゃ、と。
「斯様に下らぬ事で、口実をつけられ潰されるわけにはいかぬ」
父の愛に、ちょっとだけホロリとさせられた。いやオレ、ホントは八郎君ちゃうねんけど。あと八幡太郎義家公の再来でもないねんけど。ただの高校生が転生しただけやねんけど(テヘペロ)
「なるほど。……実はひとつ、懸念があります」
今回の件にかかわらず、近い将来、京にて大規模な戦乱が生じるだろう、とオレは父に明かした。
“保元の乱”の事である。
オレはこの時代の事情に暗い。ただ平将門や、八幡太郎義家すなわち源義家が過去の人であることは知っている。
(つまり現在は、承平天慶の乱、前九年の役や後三年の役よりは後の時代)
と認識している。
(……で、保元の乱や平治の乱の前、と)
知恵者たる円空に、何度も確認している。それらの戦乱は、まだ発生していないらしい。間違いない。
であれば、遠からず京で戦乱が起きる。すなわち“保元の乱”が起きるのだ。
とはいえそれらが西暦何年だったかも覚えていないし、どういう原因で生じた戦乱なのかも、知らない。学校の日本史授業では、そこまで教わっていない。
(いや、そこを教わらんと、日本史の勉強と言えんやろ)
と思うのだが、転生後の今更、何を言っても始まらない。
(まさか、先日の騒動が原因で保元の乱が始まった、とは考えられへんけど……)
父には「いわゆる予知夢を見た」ということにして、保元の乱について明かす。
「いや時折、夢に見た事が、後々実際に起こるのです。あれもまた、今後実際に起きる事なのでしょう」
「そうか。……いや、解るぞ。左様な話は珍しゅうない。そもそも今の京は、いつ戦乱が起きようとも不思議ではないからなあ」
長年、藤原氏をはじめとする公家による、いい加減な政治が続いているのだ。だからこそ武士が台頭し、公家中心の社会基盤が揺らいでいる。
おまけに数十年前から天候が悪化傾向にあり、農作物の収穫が低下。ちょくちょく疫病も蔓延しているという。
そのせいで治安も悪化し、世に不穏な空気が漲っているのだとか。
そもそも政界そのものが、長く続いた白河院政の後遺症とも言うべき混乱に、揺れ続けている。
「懸念というのは、実は馬のことです」
「ん?」
「それがしは見ての通り、デカい体をしています。その分、馬が小さ過ぎるのです。乗りにくいし、馬がすぐヘタレる」
「そうじゃのう。そろそろ限界か」
「今後戦乱なり不慮の事態が生じれば、早速困ることでしょう」
「左様さのう。馬がダメならば、肝心な場面で充分な働きが出来ぬ。お前にはデカい馬が必要か……」
「そこです」
オレは膝を打ち、父にこころもち躙り寄った。
「それがし、馬を探しに行きます」
「お前が、直々にか?」
「左様。馬を探しに行く、という口実で、今回の件のほとぼりが冷めるまで京を離れます」
「なるほど。……元服早々ゆえ、ちと荷が重かろうが、まあお前ならば大丈夫か……。むしろ良い修行かもしれん」
老いたりといえど、さすがは武家の棟梁だけある。理解も決断も早い。父は即座に手を叩き、重季さんを呼んだ。
「はっ。ご用でござるか?」
「おう。此奴の供を一五人、選抜せよ。明日いっぱいで旅支度をし、明後日の朝に出立せい」
「はっ。承知っ」
頭を下げ、重季さんは直ぐに座敷を飛び出して行った。
「つくづく、お前はゼニがかかるのう」
ぼやきつつ、父は傍らの行李を引き寄せると、中から砂金と宋銭をゴソっと取り出した。
「これを持って行け。馬は、替えと併せて二頭、出来れば三頭買うんじゃ」
うわ、これが砂金か。初めて見たわ。何かスゲぇ。マジでキンキラの砂みたいじゃん。
確かに、“黄金の国ジパング”って言うてたもんなあ。昔の日本はほんまに、金が仰山採れたんやなあ。……
平成令和の世に持ち帰ったら、一体何千万円になるだろうか。結構ずしりと重いから、一億円を超えるかもしれない。
(そんだけ、名馬っちゅうのは高いんやろなあ)
前世で言えば、フェラーリだとかロールスロイスを手に入れるような感覚、だろうか。であれば、父にだけ出費を強いるのも考えものである。
「それがしも、シャベルやツルハシが売れておりますから多少の蓄えがあります」
「良い良い。元服したばかりの小倅が、ゼニの心配なぞするな。蓄えておいて、更なる有事に備えよ」
「承知しました。ありがとうございます」
オレは、父に頭を下げる。
「ところで、館で飼っている馬より大きなものとなると、どこへ行けば手に入るのでしょうか」
「わからん……。奥州が、名馬の産地と言われておるが、さすがに遠過ぎるわいのう」
しばらく思案し、
「よし、奈良へ行け。平城京には奥州の名馬が集まる、と耳にしたことがある」
「なるほど」
「それでダメなら、和泉(大阪)へ抜け安芸(広島)を目指せ。安芸には舶来の名馬がある、との噂がある」
平家の清盛の膝元ゆえ、ちと癪じゃがの、と父は笑った。
翌朝。――
館の下男、下女は大騒ぎしつつ、旅支度を始めた。
「八郎様の着替えが足りませぬ」
数人が布地を求めて館の外へと走り、数人が突貫工事で着替えを縫い始めた。ちなみに布地の一反とは、大人一人分の着物を作るサイズらしい。ただしオレの場合一反では足りず、つまりコストが二倍かかる。
慌ただしい旅支度の中、オレは馬に乗り、円空師匠のもとを訪れた。
「師匠のご想像通り、厄介な事態を招きそうです。ですので明日朝から、ほとぼりが冷めるまで京を離れます」
「それがよろしいでしょう。人の噂も七五日と申します。三月ほどは、外でお過ごしなされ」
お鶴は今日も不在だった。少しだけ、寂しさを感じた。




