桃源郷へと導いて下さいまし
日々の生活が、非常に充実している。常に、何かと忙しい。
少し前に、幼女を埋葬した際、
「当世はまだ、シャベルもツルハシも存在しないのか」
と気付いたオレは、鍛冶屋を呼び寄せそれらのアイデアを伝え、試作品を作らせた。
いや、シャベルに近い“鋤”は存在するのだが、ほぼ農作業専用であり土木作業に向いてるとは言えない。「こっちの方が便利だ」とシャベルのデザインを伝え、さらに「固い地面や岩を砕く道具だ」とツルハシを提案した。
出来は上々で、試しに下男達に預けてみると、すこぶる評判が良い。畑仕事にしろ本格的な土木作業にしろ、かなり作業が捗ると皆喜んでいる。
(わははは。儲けたるで~♪)
オレは洛外に住む鍛冶職人達を集め、契約を交わしてそれらを多数生産させた。
暫く後に納品されてきた品々を“八郎ショップ”に並べてみると、これまた世間の評判となり飛ぶように売れた。
驚いた事に、そのうち武家の下男達が、数本ずつまとめて購入するようになった。地方に持ち帰り、使用するという。そのためたちまち在庫が払底した。
そこでオレは、人を揃えてマニュファクチャー体制を構築し、旺盛な需要に対応した。
販売価格は、敢えて原価の五倍程に設定している。当世の経済力を考慮すると、決して安い品ではない。
だが、試しに“製品保証”を付けてみた。販売証書を発行し、
「半年のうちに破損した場合、店に持参すれば無償修理する」
と購入客に伝えたのである。すると前代未聞のシステムということで、これがまた大きな評判を呼んだ。高額にもかかわらず、皆喜んで買って行った。
売れた品々の大半は、多少壊れても皆自分で簡単に治してしまうし、地方へと流れた数も多い。お陰で実際の持ち込み修理依頼は、驚く程少なかった。随分と儲かった。もっともっと売りまくりたいところだが、鍛冶職人が確保できず生産が追いつかない。これが当世の限界だろう。
「それにしても、八郎様も味な事を為さる」
郎党達が、冗談めかしてオレをからかうのである。
「どういう意味だ?」
「ツルハシとは、八郎様のおなごの名を冠したのでござろう!?」
どうやら、お鶴の名がどこからともなく漏れ伝わり、その名を冠して“ツルハシ”と名付けた……と誤解されているらしい。
「ちゃうわい!」
と否定するが、街中に、
――源氏ヶ御館の八郎様の、愛人の名らしい。
と広まってしまった。以後、お鶴や円空と顔を合わせ辛くなった。
館の女性達は、この噂を聞いて憤慨。闘志を燃やしているらしい。
「他所のおなごに八郎様を取られてなるものか!」
とばかり、ますます彼女達のアプローチが激しくなってきた。朝目覚めると、オレの布団に下女が潜り込んでいたりするのである。
既に何人目だろうか。慣れたといえば、早くも慣れた。しかし件のお竹などは、一気に実力攻勢をかけて来るのだ。
「八郎様、おはようございます」
と言いながら布団の中で、今日も元気に「おはようございます」状態のオレの相棒に手を伸ばし、モニョモニョするのである。
お鶴とプラトニックを貫きたいオレは、一瞬にして絶体絶命のピンチに陥った。童貞の悲しさで、実にあっさりピンチに陥る。武芸の面では、
――早くも大器の片鱗を顕しつつある。
――八幡太郎義家公の再来か!?
と評判上々のオレも、片や相棒の方は全く未熟で、赤子の手を捻るかのようにあしらわれる。精神的にも肉体的にも実は一八歳なのに、まったくもって不甲斐ない。
(こいつめ……)
――攻撃こそ最大の防御なり。
オレは即座に反撃に出る。前世において夜学で自主的に培った知識をフルに動員し、お竹にあ~んなコトやこ~んなコトや、はたまたあは~んなコトをしつつ攻めたてた。
はたしてお竹は、着物の袖を噛んで必死に声を抑えつつ、盛大に体を反らして……桃源郷へと達したらしい。
(わはははは。童貞を舐めんなよ)
勝利を確信した瞬間の模様を克明に記したいところだが、諸般の事情により割愛する。諒とされたい。
袂で顔を覆い、よろよろと布団を出て座敷を去るお竹のお尻をぼんやり見送りながら、オレはしばし勝利の余韻に浸った。余韻に浸りつつ、彼女の秘めたる匂いを放ちびしょ濡れの両の手を、どう始末すべきか途方に暮れた。言うまでもないが、当世にティッシュペーパーなる高度文明の結晶は存在しない。
ともあれ、こうしてピンチを切り抜けたオレだが、この“快勝”は逆効果となったようである。
――八郎様は意外にも、アチラの方もなかなかの手練であらせられる。
と知れ渡り、翌朝より必ず誰かが、ローテーションを組んでオレの布団に忍び込むようになった。そして、
「妾も桃源郷へと導いて下さいまし」
とせがまれた。
(ったく、オレとお鶴の純愛を邪魔するんじゃねえ!)
実に困ったものである。あくまでタテマエとしては。……
というか、誰かさっさとティッシュを発明してくれぇ~。
まあ、それはともかくとして、この状況を兄達は、
――八郎は館中の女達を独占してやがる。
と、苦々しく思っているらしい。オレの部屋に出入りする下女達を直に目にし、ますます反感を強めているようである。
(知ったことかよ……)
オレは相手にせず、彼らを無視した。女性陣のみならず、郎党達の大半が、
――文武に秀で、おなごにもモテる御仁。
と、あたかもオレが次期棟梁であるかのように認識し始めたようで、館内の空気がオレ一色に染まりつつある。
そんな中、師走を迎えた。――
オレは、天気さえ良ければ寒空の下馬を飛ばし、円空師匠の庵に通い続けた。
韓非子の講義が終わり、次に円空が取り上げたのが、何と“孫子”であった。言わずと知れた、古代中国の兵法書である。
「何故、僧の貴方がこのような書物を!?」
驚いて尋ねると、
「お鶴がお前様のために、他所様で書き写して参ったのですよ」
と、円空は言う。
全部で一〇巻以上という、大作である。決して楽な作業ではない。オレは恐縮し、お鶴に頭を下げた。お鶴は黙って、オレに微笑む。
愛おしい。
オレはお鶴をその場で抱きしめたくなった。




