妙な相をなさっておられますな……
京の街は、なかなかの活況を呈している。
転生者たるオレは、街の様子が何かと物珍しい。暇さえあれば重季さんら郎党を伴い、街を歩き見物して回った。
オレ達が狩りをして仕留めた獲物は、館近くの路上で下男下女達がその肉を販売している。
――六条判官様が八男、八郎様の仕留めし獲物也。
と旗指物に大書きし、脇に立てるよう指示したところ、これが評判となり飛ぶように売れた。ただし最近は獲物が減ってしまい、品薄気味である。
そこでオレは、先日の掃除用具をはじめとする様々な便利用品を考案しては、猪肉の傍らに並べて販売させた。
――八郎様ご考案の便利品也。
と大書きしたところ、これまた良く売れた。
特にスノコや暖簾、ベルトやポシェット、赤ん坊の抱っこ紐などはヒット商品となった。
たちまち下男下女の片手間作業では製造が間に合わなくなったため、オレは近所の子供達を小銭で雇うと、流れ作業で商品を製造させた。こうして低コストでの製造スキームを確立し、販売価格を切り下げたところ、売上も向上した。
逆にオレ自身は、何かとコストのかかる男である。
弓や武具もそうだが、衣服ひとつとっても“規格外”であり無用のコストがかかっている。しかしこうして日銭を稼ぎ、館の会計に多少なりとも貢献しているため、館主たる父もオレには比較的甘い。大抵の要望はすんなり聞き入れてくれるようになった。
その日もオレは、“八郎ショップ”の様子を眺め、それから東へとぶらぶら歩いた。――
京は公家の街である。
藤原氏をはじめとする公家は、地方の国司や荘官に任命されても現地に赴くことはない。面倒なので、配下の武家を代理人として地方に派遣し、行政を任せている。自分達は京から動かない。
武家は公家に仕え、地方に赴き実権を握っている。
河内源氏の、父・六条判官がまさにそうである。ただし父の場合は身内を現地に赴任させ、自らは京にとどまり院(上皇の政庁)に勤めている。六条堀川に大きな館を構え、一族郎党と共に住む。そういったケースも珍しくない。
つまり京の街は、公家と武家の利権たる“地方の富”が集まるのである。後の江戸の街と同様、ヒトとカネとモノが集中し、大量消費地として経済的に繁栄している。
街なかを歩いていると、そういう構図が見て取れる。その一方で、先進都市のいわゆる“陰の部分”も目に付くのである。
最初にそれを目にした時には、
「うわっ!!」
と飛び上がり、腰を抜かしそうになった。市街地の路肩に、老若男女の死体が極々フツーに転がっているのだ。
街外れには、白骨が大量に積み上がっている場所もある。
「さすがに身内は埋葬し供養を行いますが、浮浪者や、流行り病で死んだ者は放ってあるのですよ。穢の元ゆえ、誰も触ろうとしませぬ」
重季さんが、そう教えてくれた。
なるほど。
だからますます、衛生状態が悪化して病気が流行るのだろう。
(昔の朝廷が度々遷都したのは、これが原因か……)
前世において受験日本史の授業で、藤原京、平城京、恭仁京、長岡京、平安京などと短期間で何度も遷都した歴史を教わったが、いや名前だけ機械的に暗記させられたが、そういう事かと腑に落ちた。
そういえば近代ヨーロッパの大都市も、随分と汚く臭かったと聞いている。
(あっちは何で、頻繁に遷都せんかったんやろか?)
ふと、そう思ったが、通りがかりに大きな屋敷を眺めて気付いた。
(せや。あっちの宮殿やら屋敷は、石造建築か……)
大量の奴隷を使役し、何百年もかけて築いた城や宮殿。手間暇かけて造った石畳の道路……。それらを全て放棄し遷都するなんて、考えもつかなかったのだろう。
(オモロい)
日々、そういった“気付き”がある。飽きない。
例えばウィルスや病原菌の存在など、当世の人々が知る筈もなく、
――骸に取り付く悪霊共が、病を流行らせる。
と認識しているらしい。
(せやけど適切な対処をせえんから、そのうちどうにもなれへんくなって、全てを放置して遷都する……っちゅうわけやな)
その日オレは館の東側の路肩で、幼女の真新しい死体を見つけた。
黒髪の綺麗な、まだあどけない顔つき。可愛らしいだけに尚更痛ましい。
「下男を呼び、穴を掘れ。大きな布も持って来い」
オレは郎党の一人に命じた。彼はすぐに館に戻ると、穴掘り道具を手にした数人の下男を引き連れて来た。
幼女の傍らに、大きな穴を掘らせた。
オレは布を幼女に被せ穴に落とし、上から土を被せる。
「骸には、目に見えぬ程小さな“病のもと”が付着し、増える。だから放置しておくと病が流行る原因となる。今後は骸を見かけたら、このように穴を掘って埋めなさい。絶対に骸には直接触らず、作業後は必ずしっかり手を洗うように」
オレは彼らにそう命じ、それから目を瞑り幼女にそっと手を合わせた。
……と、その時、遠目にオレ達の様子を眺めていた、短髪ボサボサ頭の四十男がつつと寄って来て、
「経を唱えて進ぜましょう」
と、オレの横に立ちお経を詠み始めたのである。
懐ろから経文を取り出すが中を見ず、胸に抱えるのみ。文言をそらで唱じる。
頭こそ剃っていないものの、本職の坊さんなのか。オレ達は黙って幼女に手を合わせ、お経に耳を傾けた。
唱え終わると、
「これで幼女も浮かばれましょうぞ」
四十男が顔を上げた。そしてオレの顔をしげしげと眺め、
「お武家様は、妙な相をなさっておられますな……」
と、しきりに首を捻るのである。




