引きこもり天使の冒険
「祝福がありますように〜♪ 全ての人に祝福を〜♪」
ここは天界。今日も神様への讃美歌が溢れていた。聖歌隊の天使達は、そろそろクリスマスという事もあり、余計に気合が入っていた。
そんな中、聖歌隊の天使・ミチルはギター担当者。歌は全く上手ではなく、神様に言われて試しにギターを弾いたら、こっちの方に才能があった。今では「聞くだけで神様の祝福を受けられる音色」などと言われているぐらい。元々は家に引きこもり、ゲームや漫画三昧の天使だった為、恥ずかしくて仕方ない。
「別に私はギター弾いているだけ。そんな風に言われると恥ずかしいんだけどなー」
ミチルは讃美歌演奏が終わると、すぐに自分の家に帰ろうとしたが。
「あれ?」
家に帰ると保管していたギターが消えていた。
「うそ、ちゃんと置いといたけど!?」
よく調べると、天界にいる虎がギターにイタズラし、地上に落としてしまった事が発覚。ギターは地上の日本という場所に落ちた事までは分かったが……。
「天界の楽器が地上にあったら、大変な事になるわ。地上の人にとっては本当に聞くだけで神様の祝福があって、めちゃくちゃになってしまうわ!」
困ったミチルは神様に相談した結果、人間の姿を借り、地上に探しに行く事になった。地上では二十歳ぐらいの女性の姿で、一応「中山未知瑠」という日本風の名前で行くことに。
「それにしても、地上は空気が悪いわね」
地上は天界と比べ、自然が少なく、工場や商業施設ばかり。人口も密集し、クリスマス前なので、余計にけばけばしい。
この空気に酔いそう。確かに可愛い服や靴を身につけられる事は楽しいが、地上の人間達は顔も暗く、スマートフォンばっかり見ているのも不気味。
少しコンビニで休憩しようと思ったらが、不審な男がいた。コンビニの前でウロウロとし、挙動不審。
「もしもし?」
話しかけると、小さなリスのように怯え、一目散に逃げて行った。年齢は二十歳ぐらい。痩せ型で前髪も長く、貧相な雰囲気だが。
気になったミチルは彼を追いかけた。本当は気持ち悪いし、ギターの事も気になるが、逃げられると追いたくなる。
「待ってー!」
しかし相手はウサギのように早く追いつけない。迷路のような住宅街で置いてかれてしまった。
「あれ?」
諦めようとしたが、ちょうど目の前の空き地にギターが置いてあった。すぐに確認し、天界のものだと分かった。
「あぁ、よかったわ」
目的を達成した。本来ならすぐ帰るべきだが、どうも後ろ髪が引かれてしまう。
それに地上の人間の表情を見てから気も変わる。少しぐらいここでギターを演奏しても、悪くない?
祈りを捧げ、神様からゴーサインをもらった後、駅前ローターリーでギターの演奏をしてみた。
もちろん、歌は歌っていないが、元々は天界で作られた特別な讃美歌だ。何人か聞いて貰い、中には号泣し感動する者もいた。
「あ!」
しかも、さっきコンビニの前で逃げた男も聞いていた。男も目を真っ赤にしている。
「ねえ、君。どうしたの?」
てっきり逃げられるかと思ったが、今度はあっさり捕まった。男もギターの音色で心が緩んでいたらしい。
「実は俺……」
男は三年も引きこもりをしているという。きっかけは受験の失敗。親や親戚に責められ、すっかり病んでしまった。このままではダメだと近所のコンビニまで行く訓練も始めたとか。
「すごいね! 一歩踏み出せたんだね!」
ミチルは素直にそう思う。ミチル自身、引きこもりだった。みんなの前で初めて歌を披露し、笑われた事は昨日の事のように思い出す。だから気持ちがわかる。
すると、男はさらに目を赤くし、瞼をこする。
「コンビニ行くのも大冒険じゃん? だったら、一度私と行ってみない?」
「いいのかい?」
「うん。私、人間界のコンビニコーヒーとやらを飲んでみたいし」
「え?」
男は驚いていたが、駅前ローターリーから二人で歩き始めた。
ずっと引きこもりだった男だ。人の視線、カラスの鳴き声、選挙カーの音にもビクビクしていた。
「大丈夫だって。君は勇者だよ。それに神様に守られてるから」
「神様?」
男は目をキョトンとさせている。
「大丈夫、あなたを見てくれている神様がいるから」
「うーん、わからないけど、ファンタジーすぎて返って気が抜ける」
こうして少しずつ歩き続け、コンビニの目の前まで到着。
「さあ、勇者。最後の敵ですよ。あと少し!」
「う、おお」
男は唾を飲み込んだ後、大股に歩き、コンビニへ入店。ガチガチに緊張しながらも、店員にコンビニコーヒーをオーダーし、ミチルにも一杯奢ってくれた。
「勇者、素晴らしいです。敵を倒しました。うん、コンビニコーヒーってやつはいい匂い」
「俺、コンビニ行けたんか?」
また男は目を赤くし、下唇を震わせていた。
「ええ、勇者。大成功です! もう引きこもりでは無いですよ。一回成功したんだから」
「お、おお……」
コンビニのイートインスペースでコンビニコーヒーを飲む。少しぬるくなってはいたが、深いコクがあり、余韻が残る味。
「じゃあね、勇者。たぶん、私がいなくても大丈夫!」
「え、帰るのか?」
「ええ。さようなら」
ミチルはギターを担ぎ、人気がいない空き地へ向かうと、天界へ帰っていく。
もう引きこもりの彼との冒険は終わり。少し寂しいが、一度成功体験がある彼なら大丈夫だろう。その証拠のように帰り際、男は満面の笑みだった。
「それにしてもコンビニコーヒー美味しかったな。うん? あれ? またギターが一本消えてる!?」
天界に帰ると、またギターが消えている事に気づいた。今度は天界のユニコーン達はイタズラし、地上に落としてしまったらしい。
どうやらまた地上にギターを探しに行くことになるようだ。
それでも全く不満は無い。むしろ、今度はどの冒険に同行できるか胸がワクワクうるさいぐらい。もうミチルも引きこもりは完全卒業だ。
「早く行きたいな!」
まだまだミチルの冒険は始まったばかり。