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冬の童話2025参加作品

引きこもり天使の冒険

作者: 地野千塩

「祝福がありますように〜♪ 全ての人に祝福を〜♪」


 ここは天界。今日も神様への讃美歌が溢れていた。聖歌隊の天使達は、そろそろクリスマスという事もあり、余計に気合が入っていた。


 そんな中、聖歌隊の天使・ミチルはギター担当者。歌は全く上手ではなく、神様に言われて試しにギターを弾いたら、こっちの方に才能があった。今では「聞くだけで神様の祝福を受けられる音色」などと言われているぐらい。元々は家に引きこもり、ゲームや漫画三昧の天使だった為、恥ずかしくて仕方ない。


「別に私はギター弾いているだけ。そんな風に言われると恥ずかしいんだけどなー」


 ミチルは讃美歌演奏が終わると、すぐに自分の家に帰ろうとしたが。


「あれ?」


 家に帰ると保管していたギターが消えていた。


「うそ、ちゃんと置いといたけど!?」


 よく調べると、天界にいる虎がギターにイタズラし、地上に落としてしまった事が発覚。ギターは地上の日本という場所に落ちた事までは分かったが……。


「天界の楽器が地上にあったら、大変な事になるわ。地上の人にとっては本当に聞くだけで神様の祝福があって、めちゃくちゃになってしまうわ!」


 困ったミチルは神様に相談した結果、人間の姿を借り、地上に探しに行く事になった。地上では二十歳ぐらいの女性の姿で、一応「中山未知瑠」という日本風の名前で行くことに。


「それにしても、地上は空気が悪いわね」


 地上は天界と比べ、自然が少なく、工場や商業施設ばかり。人口も密集し、クリスマス前なので、余計にけばけばしい。


 この空気に酔いそう。確かに可愛い服や靴を身につけられる事は楽しいが、地上の人間達は顔も暗く、スマートフォンばっかり見ているのも不気味。


 少しコンビニで休憩しようと思ったらが、不審な男がいた。コンビニの前でウロウロとし、挙動不審。


「もしもし?」


 話しかけると、小さなリスのように怯え、一目散に逃げて行った。年齢は二十歳ぐらい。痩せ型で前髪も長く、貧相な雰囲気だが。


 気になったミチルは彼を追いかけた。本当は気持ち悪いし、ギターの事も気になるが、逃げられると追いたくなる。


「待ってー!」


 しかし相手はウサギのように早く追いつけない。迷路のような住宅街で置いてかれてしまった。


「あれ?」


 諦めようとしたが、ちょうど目の前の空き地にギターが置いてあった。すぐに確認し、天界のものだと分かった。


「あぁ、よかったわ」


 目的を達成した。本来ならすぐ帰るべきだが、どうも後ろ髪が引かれてしまう。


 それに地上の人間の表情を見てから気も変わる。少しぐらいここでギターを演奏しても、悪くない?


 祈りを捧げ、神様からゴーサインをもらった後、駅前ローターリーでギターの演奏をしてみた。


 もちろん、歌は歌っていないが、元々は天界で作られた特別な讃美歌だ。何人か聞いて貰い、中には号泣し感動する者もいた。


「あ!」


 しかも、さっきコンビニの前で逃げた男も聞いていた。男も目を真っ赤にしている。


「ねえ、君。どうしたの?」


 てっきり逃げられるかと思ったが、今度はあっさり捕まった。男もギターの音色で心が緩んでいたらしい。


「実は俺……」


 男は三年も引きこもりをしているという。きっかけは受験の失敗。親や親戚に責められ、すっかり病んでしまった。このままではダメだと近所のコンビニまで行く訓練も始めたとか。


「すごいね! 一歩踏み出せたんだね!」


 ミチルは素直にそう思う。ミチル自身、引きこもりだった。みんなの前で初めて歌を披露し、笑われた事は昨日の事のように思い出す。だから気持ちがわかる。


 すると、男はさらに目を赤くし、瞼をこする。


「コンビニ行くのも大冒険じゃん? だったら、一度私と行ってみない?」

「いいのかい?」

「うん。私、人間界のコンビニコーヒーとやらを飲んでみたいし」

「え?」


 男は驚いていたが、駅前ローターリーから二人で歩き始めた。


 ずっと引きこもりだった男だ。人の視線、カラスの鳴き声、選挙カーの音にもビクビクしていた。


「大丈夫だって。君は勇者だよ。それに神様に守られてるから」

「神様?」


 男は目をキョトンとさせている。


「大丈夫、あなたを見てくれている神様がいるから」

「うーん、わからないけど、ファンタジーすぎて返って気が抜ける」


 こうして少しずつ歩き続け、コンビニの目の前まで到着。


「さあ、勇者。最後の敵ですよ。あと少し!」

「う、おお」


 男は唾を飲み込んだ後、大股に歩き、コンビニへ入店。ガチガチに緊張しながらも、店員にコンビニコーヒーをオーダーし、ミチルにも一杯奢ってくれた。


「勇者、素晴らしいです。敵を倒しました。うん、コンビニコーヒーってやつはいい匂い」

「俺、コンビニ行けたんか?」


 また男は目を赤くし、下唇を震わせていた。


「ええ、勇者。大成功です! もう引きこもりでは無いですよ。一回成功したんだから」

「お、おお……」


 コンビニのイートインスペースでコンビニコーヒーを飲む。少しぬるくなってはいたが、深いコクがあり、余韻が残る味。


「じゃあね、勇者。たぶん、私がいなくても大丈夫!」

「え、帰るのか?」

「ええ。さようなら」


 ミチルはギターを担ぎ、人気がいない空き地へ向かうと、天界へ帰っていく。


 もう引きこもりの彼との冒険は終わり。少し寂しいが、一度成功体験がある彼なら大丈夫だろう。その証拠のように帰り際、男は満面の笑みだった。


「それにしてもコンビニコーヒー美味しかったな。うん? あれ? またギターが一本消えてる!?」


 天界に帰ると、またギターが消えている事に気づいた。今度は天界のユニコーン達はイタズラし、地上に落としてしまったらしい。


 どうやらまた地上にギターを探しに行くことになるようだ。


 それでも全く不満は無い。むしろ、今度はどの冒険に同行できるか胸がワクワクうるさいぐらい。もうミチルも引きこもりは完全卒業だ。


「早く行きたいな!」


 まだまだミチルの冒険は始まったばかり。


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― 新着の感想 ―
引きこもりの彼は思わぬ出会いを果たしてしまいましたね。人生っていろんなことが起こるからこそ面白かったりするのでしょうね。
2025/01/18 23:21 退会済み
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