第三話
料理が出揃うまでも、出揃ってからも、私と彼の間に会話はなかった。
運ばれてきた料理は、おすすめを謳っているだけはある美味しさであった。彼はずっと、これらを食べる真似事をしていた。石鶏をナイフで切り分け、フォークを突き刺し、口元に運ぶ。それは唇に触れる直前に静止し、哀れな石鶏はそのまま取り皿に戻される。彼はこの動作を何度も繰り返した。どうやら彼は私の動きを模倣しているようだった。
「そろそろ本題に入ろうか。私に出来ることならなんでもするよ。セライ、君の頼みを聞かせて欲しい」
テーブル上の料理が完全に無くなる前に――もっとも、彼の前の料理は何一つとして減ってはいなかったが――声をかけると、彼はぴたりと食事じみた動作を止めた。
「一緒に来て欲しいところがある」
「いいよ。もちろん行こう、今直ぐに。セライが望むならどこへだって」
私はパイ包みの最後の一切れを口に放り込み、それが完全に胃の腑に落ち込む前に席を立った。彼との時間を、一秒だって無駄にしたくはなかった。
私の意図を察してか、彼もまた緩慢な動作で立ち上がった。残された食事には何の未練もなさそうだ。
部屋を去る前、ふと思い立ち、私は尋ねた。
「食事は楽しんでくれた?」
「とても」
私は胸を撫で下ろした。これが彼との最期の食事となることを知っていた。
■ □ ■
彼は北へと向かいたいようだった。
着の身着のまま、彼の指が指し示す方向に向かってひたすらに歩みを進めていく。どれだけ遠くに行こうとも構わなかった。まるで過去に戻れたような感覚が心地よくて仕方がなかった。
歩く間、私はとりとめのない話を一方的にし続けた。この街に大きな壁を築く計画ができていること。暇を持て余しすぎて執筆活動を行なっているが、書いたものを誰にも見せていないこと。セライの小さな娘の話と、二人でしてきた旅の思い出。それから明日の天気について。
私は口を動かし続けた。まるでそうでないと死んでしまうみたいに。
幸い、私たちの歩みを止めるものは何もなかった。普段であれば五回や十回は魔物に遭遇していてもおかしくないのに、私たち以外の生物が死に絶えたかのようだった。
きっと私たちの再会を祝福しているのだ。あるいは、そうでなければ、彼の存在を恐れているのだろう。
私たちは緩やかな丘を登っていた。セライの指は、上へ上へを差し続けている。
「こうしてまた君と旅ができるなんて、ああ、懐かしいな。あの頃は良かった。無知で、無鉄砲で、怖いものなんて無かった。全てが手の内にあると思い込んで、そしてそれがずっと続くと思っていた」
セライがいない日々は本当に酷いものだったよ。何だって褪せて見えた。わたしがもっとずっと聡い人間だったなら、ずっと弱い人間だったなら、きっと今夜を迎えていない。
「無知は罪だったね。おかげで、身に余るほどの罰を受けている」
彼は黙って私の話を聞いていた。覚束ない足取りが、半端な月に照らされた草を踏みしめていく。目の前を歩く広い背は、思い返せばそう馴染みのない景色だった。セライはいつだって私の隣にいたからだ。
目を閉じればかつての日々が容易に思い出された。色を失った私の世界に比して、セライとの思い出は目を背けたいほどに眩く鮮やかで、眩んでしまいそうだった。




