フィオナの真実②
「ありがとう。話しづらいこともあったと思うがよく話してくれた。――だが、ここから色々と君にとって意地悪な質問をするがいいかね?」
「……はい。よろしくお願いします」
「まず最初に確認しておきたいのだが、<イザナミ>及びオリジナルのフィオナ・トワイライトの抹殺という君の目的を同行していた彼らは正確に知っているのかな?」
ロイに質問されるとフィオナは一瞬身体をビクッと震わせ小さな声で「いいえ」と否定した。
「皆が知っているのは<イザナミ>の破壊という部分だけです。その核となっているのが誰なのかは知らせていません。知っているのは同席していただいているノーマンさんだけです」
「……何故彼らに真実を話さなかったのかね?」
「それは……怖かったんです。私は人間ではありません。だから拒絶されるかもしれない……そう思うと怖くて言い出せませんでした。皆優しい人たちだから大丈夫だとは思っても……それでも……」
フィオナが言葉に詰まるとアメリアがロイに目配せする。ロイは頷くと次の質問へ移った。
「それでは別の質問をしよう。君の目的が達成された時、つまりオリジナルのフィオナ・トワイライトが死亡した時……彼女の複製体である君はどうなる?」
再び艦長室は静まりかえり空気が重々しいものになる。フィオナは今度は淡々と返答した。
「私は<クイーン>のナノマシンによって創られました。本体の機能が停止すれば、当然私も活動を停止します。体組織を構成しているナノマシンが機能停止することで各組織の結合が分解されて最後は塵になって消滅すると思われます」
「……君はそれでいいのかね? 自分で自分を殺すことになるんだぞ」
ロイの問いにフィオナは頷き肯定した。
「それが私の存在理由なんです。私は……本物のフィオナ・トワイライトではありません。<クイーン>に囚われたフィオナを開放しなければ彼女の人生は止まったまま……。ですが彼女が息絶えれば<クイーン>となった<イザナミ>は破壊され、彼女は『ノア11』の保育装置で再生されます」
「なるほど……それがオリジナルの君が考えたシナリオという訳か」
「……少し違います。オリジナルが考えたのは自らの抹殺だけです。最愛の人を目の前で失った絶望、その原因となった自分への憎悪……自分で自分を殺したいと思っても<クイーン>のナノマシンがそれを許さない。だから自分の分身を創り自らの破壊を願ったんです。そこに自分の再生後に対する未来への希望は微塵もありませんでした。消えてしまいたいという想いだけが彼女の意識をつなぎ止めていたんです」
「……分かった。こちらでもできる限りのことは協力しよう。どのみち<クイーン>と融合した<イザナミ>をそのままにしておく訳にはいかないからね。そこでなんだが我々は慢性的な人材不足で猫の手も借りたい状況だ。大罪戦役時のアマツ部隊パイロットともなれば是が非でも力を貸して欲しいと思うのだが……どうかな?」
思いがけないロイからの強力要請に驚いたフィオナは大きく目を見開いた。質問の受け答えをしていた時の自らの運命を達観していた様子が一変する。
「あの、それってつまり私に今のアマツ部隊の一員になって欲しい……と解釈してよろしいのでしょうか?」
「ああ、その通りだ。我々は君を仲間として迎え入れたいと思っている」
「でも、私は<クイーン>のナノマシンによって創られた存在です。それがどのように作用して皆さんに迷惑をかけるか……」
「君が言いたいことは分かる。それに関してはこれから艦内で精密検査を受けてもらう。その結果、君が我々に害をなす存在ではないと分かったら戦力として当てにしたいと考えている。もちろん君が嫌だというのなら無理強いはしないし、本艦のクルーの仕事は他にも色々とあるのでそちらに回ってもらっても全然かまわない」
――拒絶されると思っていた。
<クロノス>直轄のAF<クイーン>ともなれば人類にとっては忌むべき存在だ。その因子を受け継ぐ自分が受け入れられるとは到底考えられなかった。
百年前、仲間であったアマツ部隊は現場にいたためフィオナの事情をくみ取り<イザナミ>撃破の為に協力してくれた。
しかし、当時の状況を知らない者からすれば複製体である自分は敵のスパイと思われても仕方が無く、自分の正体が判明すれば抹殺されてもおかしくはないと思っていた。
だからこそ『仲間』だと言ってくれたロイ艦長と温かく迎え入れてくれる現アマツ部隊にフィオナは深く感謝し涙を流していた。
そして何よりも恋心を抱くカナタとまだ一緒にいられる。横に並び立ち一緒に戦えることが嬉しくて堪らなかったのである。
「ありがとう……ありがとうございます、ロイ艦長。私……私……仲間だなんて言ってもらえるなんて全然思っていなくて……」
「君は昔も今も我々の大切な仲間だ。その事実だけは絶対に変わることはない。だから我々を信じて欲しい」
フィオナは泣きじゃくりながら頷くことしか出来なかった。しばらくして落ち着きを取り戻した彼女はノーマンとデューイと共に退室し精密検査を受けに行った。
「お疲れ様でした艦長。艦長の真摯な対応が彼女に届いたようで良かったです。コーヒーのお代わりどうぞ」
艦長室にはロイとアメリアだけが残り、ロイは疲弊しうなだれていた。そんな彼に労いの言葉をかけながらアメリアは彼のカップにコーヒーを注ぎ目の前に置いた。
「……ありがとう。しかし、こうも残酷な運命があるとは……やるせないな」
「わたしも同感です。――艦長、<イザナミ>が破壊されても彼女が消えない方法が無いか私の方で調べてみます」
「――頼む。後は検査結果で何の問題も無いことを祈るばかりだな」
精密検査の結果、フィオナを構成するナノマシンには<クイーン>の特性である侵食や融合の類は見られず問題ないことが確認された。
そしてフィオナ本人の強い希望により彼女は正式に新生アマツ部隊の一員となり戦場に立つ事となるのであった。




