ツクヨミ乱舞
どうすればいいか分からず迷っていると、いつの間にか<ランドキャリア>に戻っていたフィオナが通信を繋げてきた。
『カナタ……今敵が近づいているんですよね? だったらその話は後回しにして態勢を整えるべきじゃないでしょうか。ルーンさんも<ツクヨミ>は現状で唯一無傷の機体ですしよろしくお願いしますね?』
『え、ええ、そりゃまあ……』
フィオナは終始笑顔だった。……笑顔ではあったのだが絶対に怒っている感じがする。その雰囲気を感じ取ったのかルーンさんは途端に大人しくなった。
その後、僕はフィオナの指示通りにライキリで道路上の障害物を破壊し、そこから<ランドキャリア>を逃がした。
フィオナ達には爺ちゃんと合流してこの廃墟から逃げてもらう。そうすれば遠慮無く暴れることが出来る。
「<タケミカヅチ>はまだやれる。アサルトライフルは置いてきちゃったけどライキリがあれば問題ない。バルトはどう?」
『装甲のダメージはそこまで深刻じゃない。それにレオパルドも損傷してないから後方から援護程度なら問題なくやれるぜ』
<タケミカヅチ>と<カグツチ>は見た目こそダメージが見受けられるが戦闘続行に支障は無い状態だ。
<スサノオ>は両肩のシールドが無くなって防御力は低下したものの、軽くなったぶん機動性は上がっているので問題ないらしい。
そして唯一無傷の<ツクヨミ>は漆黒のボディに日光が反射し悠然と構えている。うーん、やっぱり黒い装甲もいいなぁ。
『そう言えば、説明するの忘れてましたけど、敵部隊の<レッドキャップ>は以前あなたを襲ったのと同一の機体ですよ。パイロットはサルベージャー管理局のゼノア・サンドという男性です。<タケミカヅチ>を搭載していた輸送機の引き上げを斡旋した張本人ですねぇ』
「ゼノア……依頼を受ける時に顔合わせしましたけど凄く真面目そうな人でした。あの人がこんな……」
『人は見かけによらないっていう良い例ですねぇ。彼は『ノア3』側の指示で動いています。このまま放っておけば『ノア11』領内の被害は拡大するばかり。なのでここで決着をつけます。ゼノアからは色々と聞き出したい情報があるので殺っちゃダメですよ』
敵が近づき戦いが目前に迫る中、飄々としていたルーンさんの態度がどんどん真面目なものになっていく。
もしかしてこっちが彼女の素なのかもしれない。
『それじゃアタシは一足先に行きまーす。露払いはちゃんとするんで適当なところで中尉たちは来てくださいねぇ』
そう言うと<ツクヨミ>は風景に溶け込むように姿を消し、レーダーからも反応が消えた。
「凄い……ここまで高性能な電子戦用AFがあったなんて……!」
『これがアマツシリーズのうちの一機<ツクヨミ>の性能だ。偵察による情報収集、電子戦兵装による奇襲や味方のサポートと立ち回りは多岐にわたる。扱いが難しい機体だがルーンはそれを使いこなしている。――少々粗が目立つがな』
「デューイさんはルーンさんを信頼してるんですね」
『一応背中を預けている相手だからな。素行の悪さは目立つが能力は一級品だ。信用していい。この戦闘も基本的にはあいつ一人で問題ないだろう。私たちは邪魔にならないように適確なタイミングで加勢に出ればいい。――行くぞ!』
「了解!」
『あいよ!』
<ツクヨミ>に遅れて僕たちは廃ビルに隠れるようにして進んでいく。レーダー範囲ギリギリの所に複数のAF反応が表示された。
これを早期に察知していた<ツクヨミ>の索敵範囲に驚かされる。
「ルーンさんは敵機を廃墟に誘い込んでから奇襲を仕掛けるつもりでしょうか?」
『セオリー通りならそれでいくはずだ。<ツクヨミ>のステルス機能を最大限に発揮できるのはこういった障害物が多い場所だからな。どのように立ち回るのかこの辺りから見ておくといい。今後敵で電子戦を仕掛けてくる相手と戦う時の参考になるだろう』
敵AF部隊が廃墟に入り込んできた。
僕たちは奇襲を仕掛けるであろう<ツクヨミ>の邪魔にならないように距離を取って状況を窺う。
敵部隊の機体構成は<ゴブリン>、<オーク>、<ソルド>、<チャリオット>といった『ノア3』と『ノア11』の量産型混成部隊だ。
これらの機体は何度も戦った相手なので姿を見ると最早安心するレベルになってしまった。
その編成の真ん中に一機だけ異色の機体がいた。
見た目は<ゴブリン>に酷似しながらもその性能は雲泥の差がある高性能機<レッドキャップ>。
頭部の赤いブレードアンテナが自らの存在を主張するように陽光を反射し、黄色い円形のメインカメラが忙しなく動いている。
奇襲に備えて<レッドキャップ>を中心に据えて円形に広がるようにフォーメーションを組んでいる。
<ツクヨミ>の姿はこちらのモニターには映っていない。ルーンさんはどうやって攻めるつもりだろうか?
自分だったらどう戦うか考えていると、突然彼らの付近の廃ビルが滑るように崩れ落ちてきた。
意表を突かれた彼らは散開しフォーメーションは完全に崩れ、廃ビル落下の影響で周囲に土煙が広がっていく。
「――うまい!」
『最初はやる気無さそうだったが、あの痴女やる時は徹底的にやる性格みたいだな』
『よく見ておけ。あれが戦場を何度も経験したアマツシリーズの戦い方だ』
三人で離れた所から見守っていると、一機の<ゴブリン>が土煙の中から出てきた。その直後、その身体は上半身と下半身に分かれて爆発した。
「何が起きたんだ!?」
まるで<ゴブリン>が勝手に自滅したように見えた為、何が起きたのか分からず息を呑む。
すると爆発現場の近くに突然<ツクヨミ>が姿を現した。その手には長い棒状の得物を持っており先端からビーム刃が出ている。
「槍状の武器――ビームランスか。あれで<ゴブリン>を真っ二つにしたみたいだね。……でも」
『どうしたよ。何か腑に落ちないみてーだな』
「ビームランスなら攻撃する時に横薙ぎにするより刺突するほうがやりやすいはず。なのに今破壊された<ゴブリン>は真横に切断された。それに最初に破壊された廃ビルも横薙ぎにされていた」
槍の扱い方は人それぞれだし考えすぎだろうか。けど――。
『お前が違和感を覚えたのは当然だ。あの武器は二つの顔を持っている。一つはビーム刃が真っ直ぐに伸びるビームランス形態。そしてもう一つが――』
仲間が破壊された事に気が付いた敵機が二機同時に<ツクヨミ>に迫ってくる。
するとビームランスのビーム発生部が横側に動き巨大な鎌を彷彿とさせる形態に変化した。
<ツクヨミ>は俊敏な動きで前進するとすれ違いざまに大鎌で二機を同時に横薙ぎに斬り裂き、間もなくそれらの機体は爆散した。
爆発を背に山吹色のデュアルアイを光らせるその姿はまさに死神そのものだった。
「大鎌状のビーム兵装……あんなの初めて見た」
『スラッシュサイズという<ツクヨミ>専用の武器だ。他には左腕のシールドに内蔵された鞭状の武器チェーンウィップとサブマシンガンが基本兵装となっている』
<ツクヨミ>は左前腕に装備している盾から鞭のような物を射出し接近してきた<ソルド>の腕を絡め取ると、そのまま引き寄せてスラッシュサイズで真っ二つにした。




