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新星機動のアサルトフレーム―タケミカヅチ・クロニクル―  作者: 河原 机宏
第1章 白いアサルトフレーム

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カナタとフィオナ

「おい、大丈夫か?」


 バルト達の<ランドキャリア>に乗って爺ちゃんの所へ帰る道中、バルトが心配そうな顔で訊ねてきた。

 実際のところ全然大丈夫じゃない。途中まではあんなに楽しく買い物をしていたのにどうしてこうなってしまったのか……。

 いや、理由は何となく分かっているんだ。


「まさか自分が女性に対してあそこまで免疫が無かったなんて……。情けない……」


「あれは仕方ねーだろ。実際、中々いい女だったしな。あんな風にくっつかれたら悪い気はしないだろうし。――まあ、多分フィオナには嫌われたかもしれないけどな」


「――ぐふっ!」


 フィオナへの恋を自覚した直後に盛大に嫌われるとか……こんなんある?





 カナタが塞ぎ込む一方、フィオナもまた後悔の念に囚われていた。


「はぁぁぁぁうぁぁぁぁぁぁ、やっちゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 両手で顔を覆い絶望の声を漏らすフィオナ。

 <ランドキャリア>に戻ってから皆と距離を取って自責の念に駆られているとアンナがやってきて「大丈夫?」と声を掛ける。

 するとフィオナはさめざめと泣きながらアンナに抱きついてきた。


「うう~、アンナぢゃーん!」


「うわっ! めっちゃ泣いてるし。ティッシュ持ってきたからこれで顔拭くし」


「うう……、ありがどう」


 フィオナは涙と鼻水を拭い去ると俯き床を眺めていた。アンナはそんなフィオナの側で何も言わずに寄り添うのであった。

 しばらくするとフィオナは肩を落としながら語りかけてきた。


「私きっとカナタに嫌われちゃいましたよね……」


「どうしてそう思うし。フィオナが怒ったのはあのバカが痴女に言い寄られて鼻の下伸ばしてたからでしょ?」


「それはまあ、そうなんですけど……でも、あの人が言ってた事は間違ってないですよ。私とカナタは特別な関係とかじゃない。だったら何処の誰と何をしようが自由……なのに私ったらあんなに怒って……」


 再び両手で顔を塞いで俯くフィオナを横目にアンナは言うか言うまいか思っていた事を口にすることにした。


「……ねぇフィオナってさ、いつからそんなにカナタの事を好きになったわけ?」


「……ふぇっ!?」


 驚きのあまりフィオナは顔を上げて目を丸くしながらアンナを見る。


「な……は……な、何で……?」


「何でって……あの時のフィオナの態度を見たら誰だってそう思うし。好きな相手がどこぞの女に言い寄られてだらしない顔してたら苛つくのは当たり前っしょ。逆を言えば何とも思ってない相手だったら誰と何しようが別に気にしないじゃん」


「はぅ……」 


 フィオナは顔を真っ赤にしてうずくまってしまう。その羞恥心に晒される姿にときめきを覚えつつアンナはフォローを入れる。


「カナタやバルトみたいな朴念仁はフィオナの気持ちに気が付いてないみたいだったから安心して良いと思うよ。ぶっちゃけ、それだけこっちの気持ちが伝わり難くて難易度高いってことだけど」


 フィオナは依然として顔を赤らめながらも徐々にアンナと話せる程に平常心を取り戻してきた。

 それでもカナタへの気持ちについて明確に語ろうとはしなかった。

 アンナは本人が言いたくないのならそれで良いと思い黙っていると、フィオナは決心したようにぽつりぽつりと語り始めた。


「……実は私……カナタと会ったのは初めてじゃないんです……」


 その告白にアンナが驚いているとフィオナは慌てて訂正を入れる。


「あ、いや、『今のカナタ』とは初めて会ったんですけど……」


「……確かフィオナって百年前の人だったよね。つまり百年前のカナタと知り合いだったってこと?」


 アンナが質問するとフィオナは頷いた。


「あの時、彼は私よりも一回り以上年上で私が一方的に好意を寄せていただけでした。何度か気持ちは伝えたんですけど、年齢差や時期が戦争中だった事を理由に断られちゃって……」


「マジか……こんないい女を振るなんて、あいつは以前からごうの深い奴だったんだな。何でそんなおっさん好きになったのさ? それも何度も告白までして……。フィオナぐらいの美人でナイスバディだったら、男の方からいくらでも寄ってきそうなもんだけど」


 フィオナは美人と言われてちょっと嬉しそうにしつつも遠い目をしながら会話のキャッチボールを続けた。


「……たまにそういうお誘いもありましたけど。でも、それでも彼が好きで好きで堪らなかったんです。ぶっきらぼうで怖いところもあったけど……本当はとても優しくて誰よりも仲間思いの人でした。ずっとその背中を見てきたから……見続けてきたから……」


 フィオナの告白を聞いたアンナは髪の毛をぐしゃぐしゃに掻くと自分なりの答えを告げる。


「フィオナが『以前のカナタ』をどんなに好きかは分かったよ。でも、それは『今のカナタ』じゃない。確かに保育装置で再生された同一人物であることに間違いないけど、今のカナタには当時の記憶は無いよ。それにフィオナも知ってると思うけど、保育装置で再生された人間に以前の話をするのは禁止されてる。――その理由は知ってるっしょ?」


「――はい。保育装置で再生される際に以前の記憶は引き継がれない。でも、以前抱いていた強い衝動などは稀に残ってしまう事がある。それによって以前の人格が出てくるようになると今の人格と衝突して、最悪の場合……精神崩壊を引き起こす可能性がある。再生前の話をする事は精神崩壊を誘発する原因になりうる。だから、ですよね」


「――そう。だからこそフィオナも今の話をカナタにしてないんだろうけど……かつての思い人と再会して相手が自分の事を忘れてるって……そんなのメチャクチャ辛いじゃん。フィオナ……よく頑張ってきたね」


 アンナがフィオナの髪を優しく撫でるとフィオナの目からは涙が溢れ大粒の雫がこぼれて床を濡らしていった。

 声を押し殺して泣き続けるフィオナを優しく抱きしめながらアンナもまた涙を流すのであった。




 ――そして二人とも平静を取り戻すと話を再開する事にした。


「それで結局フィオナはさあ、以前のカナタが好きなだけで今のあいつは特に何とも思ってないってこと?」


「それは……よく分からないんです。最初は確かに以前の彼の面影を重ねて見ていました。でも、今はご飯を美味しいって言ってくれたり、一緒に笑ったり、やっぱり優しかったり……そんなカナタと一緒にいるのが心地よくて……」


 アンナはあんぐりと口を開けると呆れた顔でフィオナを見つめる。その言葉が言い表している気持ちは明らかなものだった。


「はぁ……、それってつまり今のカナタが好きって事じゃん! それなら悩む必要なし。とっととあの朴念仁のとこ行って告白してくるし!」


 アンナがカナタがいる方向を指さして指示するとフィオナは驚き嬉しそうな顔をする。しかし――。


「そうか……私、今のカナタの事も好きになっていたんですね。そっかぁ……やっぱり私って……。でも、告白するのは止めておきます」


「ええ!? 何で……だって好きなんでしょ?」


 訳が分からないアンナは何処か吹っ切れた様子のフィオナの表情を見て、これ以上踏み込んではいけないような気持ちを覚えた。

 今のフィオナには何処か覚悟を決めたような揺らがぬ気持ちがあると感じ取ったからかもしれない。


「本当にいいの? あいつ多分、フィオナのこと……」


「これでいいんです。これ以上好きになっちゃったら……辛くなるから」


「辛くなるって、それってどういう意味――」


 フィオナが思い詰めたような顔を見せると同時に<ランドキャリア>が大きく揺れた。

 それによってアンナの中に一瞬だけよぎった不安は忘れ去られてしまうのであった。


「この揺れはまさか……攻撃!?」

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