普段優しい人ほど怒ると怖い
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『イヨ』に到着すると真っ先にAFパーツの売買を済ませ、食料品などの消耗品を購入する事にした。
この街は『ノア11』領内の真ん中あたりにあるので目的地である『ヨモツヒラサカ』まで大体半分の行程を終えた事になる。
まだまだ距離があるので生活必需品はちゃんと補充しておかないといけない。
「……おい、まだ買うのかよ?」
「バルト、何言ってるし。まだ必要な量の半分も買ってないから」
「まだまだ必要な物はたくさんありますよ。掃除用具とか……食品だってお肉とかお魚とか買わないと。カナタやバルトもお肉料理好きでしょう?」
「好きです。夕飯は肉食べたいです!」
荷物持ちをしている僕とバルトは生き生きした表情で買い物を続けるフィオナとアンナに恐怖を感じていた。ショッピング中の女性の体力は無限なのだろうか。
ポンペとジタンはAFの消耗品を買いに行き、その後は<ランドキャリア>で待機してもらっている。
荷物持ちは大変だけど買い出しの日の夕飯は豪華なメニューなので楽しみだ。
「カナタはお夕飯どんな肉料理がいいですか?」
「えっと、そうだなぁ。カレーやシチューもいいけど、買ったばかりの肉なら……ステーキとか食べたいなぁ」
「ステーキですね、分かりました。それじゃ、それにサラダとヴィシソワーズの組み合わせなんてどうですか?」
「ヴィシソワーズって確かじゃがいもの冷製スープだよね。あれ好きだよ。また作ってくれるの?」
フィオナは腕を振り上げて得意げに笑ってみせる。彼女は一見清楚そうに見えて意外とノリの良い性格だということが段々分かってきた。
「はい、先日作った時にカナタが何度もお代わりしていたのでまた作ろうと思っていたんです。じゃがいもの皮むきを手伝って頂けたらいっぱい作りますよ」
「手伝います! 楽しみだなー」
今日の夕飯が好物ばかりだと分かってテンションが上がる。こうして皆で買い物をしていると平和な日常を実感できる。
ただ、物理的に持てる量には限界があるので女性陣には程々にしてもらいたいという気持ちはある。
「と言うか、お前等本当に出会ってから一ヶ月も経ってないのか? なんつーか長年連れ添った仲に見えるぞ……」
「完全にフィオナがカナタを餌付けしてる感じだし。これが胃袋を掴むってやつかぁ……」
バルトとアンナが半ば呆れた様子で僕とフィオナを見て言ってきたので何だか恥ずかしくなってしまった。
フィオナの様子を窺うと顔を真っ赤にして俯いている。迷惑に感じていなければ良いのだが……。
「二人とも変なこと言わないでくれる? フィオナが迷惑してるだろ」
「べ、別に私は迷惑じゃ……」
バルトとアンナを注意しているとフィオナが小声で何かを言っていたのだが、自分の声と重なってしまったのでよく聞こえなかった。
「フィオナ、今なんて言ったの?」
「い、いえ、何でもないです……それじゃ、次のお店に行きましょう!」
フィオナは顔を隠すようにして小走りで進んでいってしまう。その後を追って僕たちは次の店へ向かった。
店内に入ろうとすると、店から出て来ようとした人とぶつかってしまい相手は尻餅をついてしまう。
「きゃっ!」
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
倒れた相手に手を伸ばすとその人物は僕と同い年くらいの女性だった。
小麦色の肌に亜麻色の短い髪。ややつり目な感じが気が強そうな印象を持たせている美人な人だ。
「ええ、大丈夫。アタシもよそ見していたので……ありがと」
女性は僕が伸ばした手を取り立ち上がると微笑みを見せる。どうやら怒ってはいないようだ。
「怪我とかしていないですか?」
「うーん、特に問題はないみたい」
怪我もしていないみたいなのでホッとしていると彼女は顔を近づけてきて悪戯っぽい笑みを見せてきた。
不意を突かれてしまったため動けないでいると僕の耳元で囁く。
「ふーん、優しいんだ。そういうところ嫌いじゃないですねぇ」
「え、ちょ……」
顔が近いし耳に息を吹きかけられゾクリとした変な感じになる。戸惑っていると女性はクスクス笑っていた。何なんだこの人は?
「あはは、顔真っ赤にしてか~わいい。こういうの免疫ないみたいですねぇ?」
訳が分からず戸惑っていると何やら視線を感じる。恐る恐るその方向に目を向けると無表情でこっちを見ているフィオナがいた。
いや……無表情ではあるのだが僕にはハッキリと分かる。あの方はメチャクチャ怒ってらっしゃる。
目で「助けて」と伝えるとフィオナは力強い歩みでこっちに来て先程から僕をからかっている女性に食ってかかった。
「あのー、申し訳ありませんがうちの仲間に何か?」
フィオナの言葉遣いはいつも通りの丁寧なものだったが、その声はまるで地獄の底から響いてくるような怒気を孕んでいる。
こんなに怒っている彼女は見たことがない。恐怖に駆られて震えていると、この状況を少し離れた所から見ていたバルトとアンナも同様に震えていた。
普段優しい人ほど怒らせると怖いと聞いたことがあるが、どうやら本当だったらしい。
「あれー、もしかしてこの人あなたの彼氏でしたかぁ? だったらごめんなさいねぇ、ついからかいたくなっちゃってぇ……」
「べ、別に彼氏とかじゃありません!!」
フィオナがムキになって答える。確かに本当のことだけど何もそこまで本気になって否定しなくてもよくないですか?
意気消沈していると女性が身体を密着させてきた。胸の柔らかい感触と体温が伝わってくる。
「ふぁっ! な、何で身体を……!?」
「えぇ~、だって二人とも別に特別な関係じゃないんでしょ? フリーだったら誰と何しようが他人にとやかく言われる理由……ないですよねぇ?」
女性はフィオナを見つめながら言い切った。これは明らかな挑発行為だ。フィオナは言葉が出ずに口をパクパクさせているし、ここは僕が何とかしないと……。
「あの、離れてもらっていいですか? 僕たちは先を急いでるんで……」
「う~ん、ダメェ」
「ひいっ!」
引き剥がそうとするとますます身体を密着させてくる。心は一刻も早く離れなければと思っているのに何故か手に力が入らない。
まさか僕はこの状況を惜しいと思っているのか? ――悔しいけど僕は男なんだな……。
「――もう、一体いつまでくっついている気なんですか!」
自分のふがいなさを悔やんでいると間に入ってきたフィオナが手で僕と女性を引き離した。
少しだけ……本当に少しだけ後ろ髪を引かれる思いを残しながらフィオナの背後に回ると彼女の頼もしい背中が視界を覆う。
「あーあ、良いところだったのにぃ。彼も名残惜しそうな顔してますよぉ」
「どうなんですか、カナタ?」
肩越しにフィオナがこっちに目を向ける。それは普段の彼女とは違う戦士のような勇ましい目だった。
下手なことを言えば殺されるかもしれない。――そんな気持ちを抱かせる強い目だった。
「いいえ、全く名残惜しくなんかありません! 助けて頂いて感謝しております!」
思わず敬礼して救出を感謝した。もしかしなくてもやり過ぎたかもしれない。フィオナは一瞬ジト目を僕に向けると女性の方に振り返って臨戦態勢を整える。
「――と、本人は言っていますが?」
「あれあれぇ? それじゃまるで恐怖政治じゃないですかぁ? そんなに怖いと愛想尽かされちゃいますよぉ。――さて、色々と楽しめたしアタシはこれで失礼します。また会いましょうねぇ」
女性は投げキッスをすると去って行った。その背中が見えなくなるまでフィオナはずっと仁王立ちで佇んでいた。
普段あんなに優しいフィオナにこんな激しい一面があったなんて知らなかった。
「――ふぅ、それじゃ買い物を終わらせて帰りましょうか」
女性が完全に視界からいなくなったのを確認するとフィオナは再び店内に入り買い物を済ませていく。
その間、彼女は僕の方を見ようとはせず僕もまた何て声を掛ければいいか分からなかったので沈黙の中買い物は終了した。




