十五話
朝食を済ませた後、昨日話していた通り、宮廷魔術師に魔術の教えを乞いに行くことになった。
ちなみにイリスと合ったサラの反応は、
「へぇーイリスちゃんって精霊なんだ。凄いねー」
というものだった。
相変わらずサラはいい子だ。
精霊を道具としている世界で生きているのに、偏見とか相手を利用しようとする思惑とか、そんなのとは無縁の次元に生きている。
思わず頭を撫でてしまった俺は悪くない。
少し簡単に受け入れすぎじゃないかと思ったが考えないことしよう。
怪しげな壺とか買わされてないよな?
本当、心配になってくるんだけど。
で、何事もなく用意してもらった部屋に到着。
「お初にお目にかかる、宮廷魔術師長のトーヤ=アイゼンだ」
そう挨拶した彼の第一印象は、
「……武士ですね」
「ああ、武士だ」
「古き善き侍の魂ですよ(?)」
そう、武士だった。
背は高めで、長い髪はサイドを残して後ろを高いところでくくっている。
年の頃は二十代半ばであるが厳格な雰囲気と真面目そうな顔つき。そして言葉使い。
それが俺たちに彼を武士だと印象付かせた。
けれどそれはけして粗野なものでは無く、凛とした涼やかな目元と意志の強い瞳が上品さを醸し出していた。
しかし魔術師長が武士ってミスマッチすぎだろ。
服が洋服なので明治維新後みたいな感じだ。
「すまないが、武士とは何の事だろうか」
困ったように眉尻を下げられ、慌てて言葉を紡ぐ。
どうやらこちらには武士と言うものが存在しないようだ。
「いえ、こちらの話なので気にしないで下さい」
「?そうなのか」
まだ不思議そうにしている彼には悪いが俺には気になっていることがある。
「ところで得物はやはり刀なんですか!?」
「だから彼は魔術師だと紹介されただろ!!」
意気込んで思い切って訊けばヒビキに頭を叩かれた。
「えー、でも気になりません?」
不満そうに言うとヒビキは眉間にシワを寄せて考えるようにしてうなずいた。
「確かに気になるけどな……。本人の隠された過去とかに触れてしまったらどうすんだよ」
「……隠された過去ですか」
彼の言葉を頭に通し、どんなものがあるかと具体例を考えてみる。
「例えば……幼いころから剣士を目指していたが無理な鍛練が祟って右足を負傷。日常生活に負担はないが剣士としてはやっていけない。魔剣士になるつもりだったから魔法の才能はあった為、せめて魔術師になろうと魔法を極め、現在、魔術師長として努力が実った、とか?」
「あと、前魔術師長から実力を認められて推薦されたが、年齢が若い為に重臣たちからは侮られたり、魔術師以外からは嫉妬されたりとかな」
「でもって顔もいいから前魔術師長に取り入ったのではという噂さえ流れたりしてまったとかどうでしょう」
「あー、ありそうだな。捏造だけど」
はははと軽く笑うヒビキ。
俺はでも、と首を捻る。
「隠されてますか?この過去?」
「隠された、と言うより触れて欲しくないところか?」
本人の前で自重することなくヒビキと二人で悪のりして適当に作ったけれど、まぁあたっているわけはないだろう。
と、話題の彼に目を移してみると
「…………」
部屋の隅に体育座りをして重い空気を纏っていた。
あれ?
サラを見てみるといつも通りに笑って言った。
「トーヤさんこの状態に一度入るとなかなか元に戻らないから、先に兵士の訓練場に行く?」
つまり彼は放置しよう、と?
俺の問いかけに彼女はうん!と元気よくうなずいた。
……子供の無邪気さって時には残酷だということを理解。
でもってよくこの状態に陥るんですね、彼。
サラが対処方法(?)を知っているぐらいだから。
「ん?今のハヤト達が言っていたことは当たっていたのか?」
トーヤさんから三歩離れたところで観察する目を離さないままイリスが訊ねた。
イリス、じめじめしたのが移るから彼からは離れなさい。
そしてサラ、人にキノコは生えないと思いますよ。
「反応をみる限り当たってたんじゃねぇの?」
「あの人の過去は知らないけど噂は聞いたことはあった気がするよ」
トーヤさん、なんか、ごめんなさい。
結局トーヤさんは放置して先に訓練場に行くことになり、その途中で読者が忘れていないか心配なキースさんに会った。
「なあ、あれってケンカ売ってんの?」
「すいません。あいつのあれはデフォルトなんです」
忘れてた人は五話を参照!
何気に三回目ぐらいの登場の第一王女近衛兵の団長さんです。
「やっぱあいつ切っていいか?いいよな?ヒビキ放せぇー!」
「すいません、あんなんでも一応必要なんです!!」
一応とは失礼な。
ところで最近俺の性格変わってきてません?
テンションが高くなったっていうか。
もっとクールなキャラでしたよね?
「環境に慣れて本性がでてきたとかそんなところじゃないか?」
イリス、そうかもしれませんね。
けれど日本にいた時はあんまり表情筋が動かない日々を過ごしていたんですよ?
「じゃあ、からかいがいのある人達をたくさん見つけたからじゃないかな?」
それもありますね。
けどサラの口からそういうことが出ると思いませんでした。
「母様がそんな感じのことを言ってたの」
和やかに話し合う三人の後ろではヒビキとキースさんが必死の攻防を繰り広げていた。
「さて、ヒビキお疲れ様です」
「誰のせいでこんなに疲れる羽目になったと……」
恨みがましいような様子で睨んでくるヒビキににっこりと笑う。
「だから労いの言葉をかけてあげたでしょう」
「いや、それは当然の───」
「それで、キースさんも訓練場に?」
毎度のことながらヒビキの抗議の声を遮り、キースさんに話を振るとキースさんはヒビキを同情の憐れみを持った目で見てからこちらに視線を戻した。
イリスは気の毒そうな表情でヒビキを見ている。サラはいつも通りだ。
「ああ。書類仕事の合間に体を動かそうと思ってな」
「ちょうどいいですね。じゃあヒビキと対戦して下さい」
そう俺が告げるとヒビキは顔をひきつらせた。
「俺はいいけどさ、本人の了承は?」
ヒビキに目を向けて訊ねるキースさんにきっぱりと言う。
「関係ありません。ともかく、この世界でヒビキの剣がどこまで通用するか見ておいたほうがいいでしょう。力量を計り間違ってジエンドとか嫌ですから」
「そうだけどな、せめて前もって言ってくれよ」
心の準備が……と呟くヒビキに
「頑張って下さいね」
と応援しといてあげた。
「提案はお前なのになんでさも関係ないようにしてんだよ!」
訓練場は打ち合う金属の音や激などで溢れていた。
「おー。さすがファンタジー」
「他人事だな、完全に」
ヒビキはまだ恨めしそうにしているが無視。
そんなことで俺の神経はへこたれません。
「ヒビキ、ほら」
キースさんが刃を潰してある練習用の剣をヒビキに渡した。
「やっぱり西洋剣か……」
「それは仕方がないことでしょうね」
ヒビキは剣道をやっていたというから西洋剣では握るのに違和感があるのだろう。
この世界に刀があればいいが、無いならば剣に慣れてもらうしかない。
キースさんが手の空いている兵士に声をかけ、審判をしてもらうことになった。
二人は向かい合って立つ。
二人の雰囲気に当てられたのか、騒がしかった周囲は動きを止め、だんだんと辺りに静寂が広がっていく。
ヒビキは無言で切っ先を正眼に据え、キースさんは真面目な顔になってヒビキに剣先を向けた。
「───はじめっ!!」
審判の鋭い声が響くと同時に二人は動きだした。
ヒビキが右足を大きく踏み出し、勢いをのせたまま相手に打ち込みにいく。
それを横から払われ、剣筋を変えられる。
ヒビキはすかさず半歩下がり間合いをとる。
二人が同時に降り下ろし、互いに競り合ったと思えばキースさんが体を後ろに引き、ヒビキの体勢を崩した。
その隙をついて斬撃を放つが、それが届く前に察知したヒビキが後ろに引いたことでかわされ、また、間合いをとる。
そんなことが幾度となく繰り返された。
立つ位置を変えて続けざまに斬り結ぶ彼らの動きは次第に速さを増していき、辺りには彼らの打ち合う、鈍い金属の音が響くだけで息をすることさえはばかれるようだった。
ヒビキは円弧と直線の動きを組み合わせて敵の急所となるところに無駄無く斬りかかる。
ヒビキを攻とするとキースさんは守の動きで、それは彼の近衛という役職がそうさせるのか、相手の剣撃を見据え、最小限の動きでそれを回避し、避けられて出来た隙にすかさず斬りつける。
いつまでも続くかのように思えたが終わりはやってくる。
ヒビキが下から跳ね上げるように打ち込んだことでキースさんの手から剣が離れた。
それは宙に浮き、下に大きく音を立てて落ちた。
それと同じくしてヒビキの手からも剣から離れる。
よく見てみると小刻みに手が震えていた。
「引き分け、ですかね」
ヒビキはキースさんより長く剣を握っていたが、あの手で止めをさせなかっただろう。
「───っ、はぁっ」
大きく息を吐き出しキースさんは倒れるように寝転んだ。
「あーちくしょー。俺軽い運動のためにここにきたのに何でこんなに疲れなきゃなんねぇんだよー。しかも勝てなかったしー」
全く軽いとは言えない運動をしてしまったから汗だくだし、息も荒い。
それはヒビキも同じだった。
「手合わせ、ありがとうございました」
倒れ込んでいる彼に頭を下げるヒビキに、彼はひらひらと手を降って答えた。
「おー。それよりも敬語はなし。堅苦しいのは苦手だから、俺」
「良かったです。俺と口調が被りますからね」
「…………」
「今の話で言うところはそこなのか?」
気分で新キャラを出してみました。
キャラをどうするか考えて、もう、これでいいやって。ハハッ。
キースさんと名前が少しかぶっていることに後で気付きました。
ネーミングセンスを、誰か、下さい。
そして模擬戦。
……なんだかもう、疲れたよ、パト〇ッシュ。
あれは、ね、力尽きたのがわかる仕上がり。
そして多分な誇張。
初めてかいたから仕方がないじゃないか!
と、開き直ってみる。