手紙と恋心
オスカー様のお見舞いを改めて。
そう思ったのに、どうしてか、もうずっと「ただいまご不在で」と応対してくれた使用人に告げられている。
お約束したのに。また遊びに来ますねって。
でもオスカー様があたしとの約束を破るなんてことはないと思うし、まさかまだ体調を崩されているのかしら。
死んでしまってからも彼を苦しめる、メリッサ様はなんて罪深いの。全部全部、メリッサ様ご自身のしたことの結果だというのに。
会えない日が続く中、授業を終えて戻った女子寮で管理人のおばさんから届いていたという手紙を手渡される。あれこれうるさい社会学教師の小言に鈍った頭で首を傾げながら確認すると、差出人はオスカー様!
一人で王都に出てきたあたしへの連絡は学園にするしかなくて、だけどだからってこんな、噂になってしまいそうなのにオスカー様ったら。
「あら、キャンベルさん」
「ナターシャさん。ごきげんよう」
嬉しさが隠し切れないままに部屋へと向かっていたところ、顔を合わせた女子生徒。土色の髪をひっつめた眼鏡姿が特徴的な、学年代表のナターシャ・イリオさん。
「随分とご機嫌なようですが、どうかされました?」
エリーでいいと言っているのに頑なに家名で呼ぶ真面目なナターシャさんとは、クラスメイトというわけでもないのにいつもこうして挨拶を交わす。
入学当時から不慣れな様子を見て取ってか気にかけてくれていたけど、色々とあってからはさらに心配してくれているようで、これといった用がない時にもちょこちょこと声を掛けてくれる。
「彼からお手紙をいただいたの。さっき管理人さんからもらって」
「そうですか。先ほど、アーシェル夫人とお話されているのはお見掛けしていましたが、そちらをお受け取りになられたんですね」
そう言ってナターシャさんはちょっぴり口の端を上げた。それは真面目で恥ずかしがり屋さんな彼女の微笑み。
ご令嬢みんなに言えることだけど、どうしてみんな普通に笑わないんだろう。泣くのは状況次第で迷惑だっていうのはわかるけど、笑いたい時には笑えばいいのに。
あたしはお手本を見せるように笑顔で手を振って、自室のドアを開いた。
こじんまりとした寮の部屋は、それでも一人部屋だから誰に気兼ねすることもない。実家の爵位が高いわけでもお金持ちでもないあたしは、本来は同級生との相部屋だったけど、事件をきっかけに部屋を移るよう声がかかった。気遣いもあるかもしれないし、でもそれより憶測の飛び交う事件の当事者を隔離といった側面が大きいんじゃないかなと思う。部屋が少し広くなったし、理由は何だって構わないけどね。
そんなことより、と制服のままベッドに飛び乗り早速手紙を開封する。
上質な紙に書かれた自分の名前に、それだけで胸が高鳴った。
中には簡潔な文章が並ぶ。お見舞いへのお礼、そして必要があって探し物をしていること、忙しくしているからしばらく会えないこと、体調は回復したから心配いらないこと、それから『キャンベル嬢のことを考えない日はない』だなんて……!
オスカー様があたしを想ってくれているのは前々からわかっていたけど、こんなにも直接的な言葉で伝えてくれたことはなかった気がする。
真面目なのは彼の取り柄だけど、ちょっとばかりもどかしく思っていたのは確か。メリッサ様との婚約解消から一年が経ったし、あの人はいなくなったし、そろそろ解禁のつもりなのかもしれない。
可愛いレターセットを取り出し、高揚した気分で机に向かう。
親愛なるオスカー様。いつも優しく笑みかけてくれる姿を思い浮かべる。
お忙しいなら仕方がない。彼だって会いたいのに会えなくて、手紙を持たせた使用人を学園まで走らせてくれているのだもの。会えない時間が愛を育てる、なんて話もどこかで聞いたような。
机に頬杖をつき、本棚に並ぶ思い出の品たちを眺めては幸せに浸った。
出会いの場となったパーティーの招待状、素敵だねと褒めてくれたリボン、ドレスを汚された際に差し出してくれたハンカチ、守ってくれた時に落ちた彼のジャケットのボタン、お揃いの筆記具、彼のために手に入れたお気に入りの香料のボトル、一緒に食べたお菓子の小箱、他にも細々と。
あたしも想いを込めた手紙を差し上げなくては。ますますの恋心を募らせてもらえるように。
エリー視点、しばらく続きます。