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田舎娘と社交界

 田舎娘と謗られ、わざとぶつかられ、鋭く睨まれる――。


 社交界に顔を出すようになったあたしを待っていたのは、きらびやかではありながらお伽噺のような夢のある場所ではなく、張り付けたような微笑みに上辺の会話、自由に食事をすることもままならない息苦しい世界だった。


 何がきっかけとなったのか、王都の歴史ある学園で学んではいるものの、それまでが田舎暮らしだったためにマナーなど至らなさが高貴なご令嬢たちの気分を害してしまったのかもしれない。

 キャンベル家の治めるミーツ領は小さな領地ながらも実り多く、領民もおおらか、のびのび育ったものだから令嬢らしくないことは自覚していた。


 それでもしきたりだと言うなら従うしかない。あたしがこの世界での新入りであることは確かなのだから。馴染めるかはわからないし、馴染むことが正解かもわからないけど、こうした形式が昔から続くものだというなら、そこにはきっと何か理由でもあるに違いない。


 そう思って、自分に言い聞かせて、お友達もなかなか出来ないけど、立派な淑女だと言われるようになれば家族だって喜んでくれるはずなのだからと、それを励みに必死に頑張った。

 理解が難しいことは先生に尋ねに行って、クラスメイトには積極的に声をかけたし、困っている人がいれば手を貸して。もちろんみんながみんなすぐに受け入れてくれたわけではないけど、頑張っていれば見ていてくれる人はいるもので、だんだんと気遣ってくれる優しい人と出会うようになった。


 特に親しくしてくれたのが、とっても紳士なオスカー様。

 出会い頭にぶつかりそうになってしまったところを抱き留めてくれた彼は、それ以来顔を合わせるたびに落ち着きのないあたしに穏やかに微笑みかけて、導くように接してくれた。


 オスカー様の存在が、次第に心の支えになっていく。


 彼のそばでなら、誰よりも素敵な淑女になれるよう努力することは苦でもないと思える。学園での勉強も、マナーも、ひとつ覚えるごとに理想に近づいていけるようで楽しくなった。


 だけど彼と過ごす時間を、――あの人は許さなかった。


 それは貴族社会では当然のこと。オスカー様には婚約者がいらっしゃるのだから、お友達になったからといって親しくするのは間違っていること。

 それでもあたしよりもそれを理解しているはずの侯爵家のご子息なのに、そばにいてくれた。それがとても、とても嬉しかった。幸せだった。……だからもう十分だと、彼から離れようと考えた。


「僕で力になれるなら」


 守るからと、そう言ってあたしを引き留めるように力強く頷いたオスカー様を、信じておそばにいることを決意した。

 強くなろう。こんなに素敵な婚約者がいるのに、相応しくない行為をする人になんて負けたくないもの。


 ――そうして気持ちを新たにした、矢先のこと。


「きゃあ!」


 オスカー様とは別々に招待されたパーティーで、当たり前に隣に立つあの人が羨ましいと思ったのは本当のこと。だからって、顔を合わせた途端に飲み物をかけられるなんて考えてもみなかった。


 騒然とした会場に、あたしは慌てて両手で口を押さえる。叫んでしまったために警備が走ってくるのがわかる。

 注目を浴びて泣きそうになっていると、オスカー様が人混みを掻き分けて駆けつけてきた。


「メリッサ!?」


 ドレスを汚して立ち尽くすあたしと、対峙するように立つメリッサ様と。

 彼はあたしたちを見定めるように視線を走らせ、割り入るように間に立った。


「……オスカー様、私……」


 ぐっと睨みつけるメリッサ様に、あたしは足が震えて座り込む。


「メリッサ、どうしたんだ……!?」


 メリッサ様に詰め寄るオスカー様を、メイドに支えられながら見つめた。

 濡れたドレスがなんだか重い。この日のためにあつらえたのに、台無しだわ。せっかくオスカー様の瞳と同じ新緑にしたのに、傷んだような色に変わってしまった。だけど彼の服はあたしの瞳の青、それが心を慰めた。


 そこからは、開き直りでもしたのか事件の連続。

 わだかまりがあっても少しでも仲良くなれたらと考え招待したお茶会では危うく毒を盛られかけ、階段から突き落とされ、その都度助けに来てくれたオスカー様は本当に王子様のように見えた。

 婚約者が加害しているだなんてオスカー様もお辛かったでしょうに、気丈に振る舞う彼を放っておくことなんてあたしには出来るはずもなく、いつだって救ってくれる彼をあたしこそが守っていこうと強く強く思った。


「……オスカー様」


 彼が心をすり減らしていく姿は、見ていて苦しいものだった。

 一人になりたいと言って散歩に出た彼をたまらず追いかけると、遊歩道から少し外れた木陰のベンチに、ぼんやりと景色を眺めているのを見つけた。


「メリッサ様がまた殿方とお出掛けになられたとか……?」


 そっと歩み寄り声をかけると、小さく肩が揺れ、なんとも言えない表情の微笑みが返った。


「子爵令嬢か。あなたにはおかしなところばかり見られてしまうね」

「おかしなところだなんて……そのようにおっしゃらないで」


 隣に腰掛け、横からお顔を覗き込む。

 悄然として俯く姿からは、親の決めた婚約関係でも良好な関係を築けるよう努力をしてきたのが窺える。


 お優しいオスカー様。


 お可哀想なオスカー様。


 婚約者の所業に傷つく彼を慰めて差し上げるのは、あたしの役目になっていた。


 二人の関係は修復することはなかったようで、婚約解消が成立したと聞く。

 事件を重ねた人だったから、オスカー様の気遣いで箝口令が敷かれたらしいとはいえ、噂が広がったのは当然のこと。

 決しておめでたい話ではないけれど、これで彼が苦しみから解放されて、そして堂々と隣に並んで歩けるのだと思うと、どうしても喜んでしまう自分がいた。


 メリッサ様も哀れな方だった。

 由緒あるお家柄に美しい容姿をされていたのに、他人を虐げ、殺人未遂に不貞行為、そうしなければ生きていけないような歪んだ性格になってしまったのは、やっぱり社交界は闇深いのかもしれない。


 オスカー様とはあの人によって傷つけられた者同士、これまでのお友達の域を超えて近づいていくのは時間の問題だった。

 お互いの欠けた穴を埋めるように、逢瀬を重ね、言葉を交わし、そうして他人には立ち入ることの出来ない深いところで結びついた関係を作り上げていく。


 あたしはオスカー様を心から愛した。

 オスカー様も、誰よりあたしを尊重し、大事にしてくれた。

 あたしたちは誰の目にも睦まじい恋人になっていった。


 ……まさか彼を失ったあの人が自殺をするとは、さすがに考えてはいなかったけど。

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