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だから僕は、きみのそばに

 同じ邸宅で暮らし何度となく話をして過ごすうちに、ぎこちなさは残るものの、少しずつ日常的な会話を自然と交わせるまでに距離感は縮まっていった。

 時にはアンナマリア殿下やルナリア、学園での友人たちなどが介入して、わだかまりが生じる前に手を打つ。傷ついたメリッサの精神はそう簡単に回復するものではなく、疑心暗鬼に駆られ混乱状態に陥ることもあった。周囲には助けられてばかりで情けないとは思いながら、手を借り意見を求めた。


 メリッサの手足には、麻痺とまではいかないが震えのような症状が残った。


 日常生活に大きな支障があるほどではなくとも、刺繍するにも読書や書き物をするにも障りがある。スープは少しずつゆっくりなら飲めるものの、お茶を優雅に飲むのは難しい。

 それでも、悲観から死んだつもりだったのが生きて僕のそばにいられるのだからと、呟いたのを耳にした時にはいろんな感情が込み上げて、部屋に駆け込みみっともないほどに泣き崩れてしまった。泣かないと決めていたのに、隠れはしたもののあからさまに走り去ったのだから意味はない。

 どうにか表情を繕って戻れば、使用人たちに微笑まれ、目を丸くしていたメリッサには目元の赤みを指摘され、気恥しさにしばらく顔を上げられなかった。


 不便はないか、何を求めているか、メリッサの様子を婚約していた頃より観察するようになって、視線の動きや小さな動作からあれこれと読み取れるようになった。先回りしすぎて、やりすぎだ、リハビリだって進まないと怒られながら、それでもやらずにはいられない。


 もちろん罪悪感や義務感からだけではない。意地でもない。

 伯爵からは、誠意は伝わったから自分の人生を考えろと言われもしたけど、今の僕は実家の籍から離れ、身の振り方を自分の意思ひとつで決められる。あの頃は世間からの家への影響が意識下にあったけど、もう気にしなくていいと言われてもいる。



 だから僕は、僕がしたいから、僕が一緒にいたいから、メリッサのそばにいる。



 拒まれたら終わりだと考えていた関係も、一ヶ月、三ヶ月、半年……季節が巡りながらも終わりを迎えることはなかった。

 僕がどう償えばいいか悩んでいるのと同じように、メリッサも僕にどう接すればいいのかと悩んでくれていたようだ。


 王都から離れた土地柄、落ち着いて療養に専念出来たのは大きいだろう。

 噂の真偽を明らかにするため衆人環視の中で冤罪であったことを主張したけど、それでも、だからこそ、その後にも話題は残ったはずだ。

 王都に近ければ何かしら耳に入る確率は上がり、心騒がせることになったかもしれない。距離があろうと噂の広がりは侮れないという前例があるだけに、伯爵家総出で同様のことが起きないよう神経を尖らせたが、僕の耳にもさほどの話は聞こえてこず安堵したものだ。

 メリッサがいずれ社交界に復帰したいと願えば、その時には触れざるを得ないとは思うが、それまでは出来る限り穏やかに過ごして欲しいと願う。


 そうして、少しずつ、少しずつ、メリッサは笑みを浮かべるようになっていった。

 僕にもそっと、微笑みを向けてくれるようになっていった。


 都合のいい夢を見ているのかもしれないと、思った。


 関係が以前のようにとは言わないまでも、それなりに近しい立ち位置で接することが出来るようになった、その状況だけで胸がいっぱいになっていたのに、伯爵に、そろそろ婚姻を結んではどうかと提案され、あっという間にその方向で話が進んでいったのだ。


 書類が用意され、式についての相談と、次々起きる展開。

 その過程でメリッサと二人きりで話し合う機会を持った。僕にとっては喜びこそすれ拒否など考えもしない話ではあったけど、大事なのはメリッサの気持ちだ。


 そこで判明したのは、伯爵の発言は娘の二十代も半ばを過ぎた年頃を慮ってのものかと思っていたが、メリッサ本人の意向を鑑みてのことだったというから……感極まってしまった。

 肩を震わせる僕の手をそっと包み込むやわらかな手のひら。そのぬくもりに涙腺は完全に決壊し、気がつけば二人して手を取り合い泣きながら笑うのだった。

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