嘘ひとつないような顔をして
「私と仲良くなった、そのせいで婚約者に目をつけられた、付き合い始めた、婚約間近。――そう言って回っていたのはあなただということもわかっている」
この女はありもしない話を流した。信じる者は驚きとともに、信じない者は馬鹿な話だと、どちらもが話題を口にした。その結果まことしやかに語られるようになっていった。
当事者である僕の耳には触れないよう、しかし同じく当事者であるメリッサには、可哀想な被害者のためにという善意から耳に入れて。
「その話を踏み台に、世間では私と親しくするあなたに嫉妬して凶行に及んだのではと見られていますが、そもそも私があなたと初めて会った時にはメリッサに嫌がらせを受けていると言っていた。あなたの話は時間の流れがおかしい」
ぽかり、女の口が開き、ゆっくりと、ゆっくりと、瞬く。
「何を言ってるの……? オスカー様があたしに声をかけてくれたから、でもそのせいでいじめられるようになったのよ?」
「話なんて何ひとつ聞かなければよかった。頼る人がいないと泣かれたって放っておけばよかったよ。家に出入りさせたせいで馬鹿な噂の信憑性を増させてしまった」
「オスカー様がお家においでって言ってくれたんじゃない。あたしのことが特別だからって。忘れてしまったの? おかしな人ね」
ふふ、と笑みをこぼす姿はいかにも純真そうで、嘘ひとつないように見える。
その一方で様子を窺っていた人々は、言い分こそ変わっていないはずながらその態度の変わりように目を剥いていた。
おそらくこの場面から見た者がいればその言い分を信じた。しかし叫ぶように声を荒らげていたところからの変化を目の当たりにしたなら、もう誰も純粋無垢な娘と見る者はいないだろう。
「あたしとオスカー様は出会ってから偶然の出会いを繰り返して、そのたびに仲良くなったの。オスカー様はあたしといると楽しいって、優しい子だって言ってくれたわ。男遊びするメリッサ様とは違うって」
「妄想ばかりだな。私はそんなことを言ってはいないし、メリッサは男遊びなどしていない。すべて作られた噂話でしかない」
「オスカー様があたしを可愛がってくださるものだから、あたしはメリッサ様に目をつけられて、いろんな嫌がらせを重ねられた。それを見たオスカー様は、あたしのことを守るって言ってくれて、」
妄言を重ねる女は、眉間に皺を寄せたルナリアに押さえつけられているというのに、妙にうっとりとした顔で微笑む。
「とーっても嬉しかった」
幸せそうに僕を見上げるものだから、背筋が冷え、思わず後退りしそうになる。実際どこからか小さな悲鳴が聞こえ、周囲との距離が幾分開いた。
誰が聞いても噛み合わない会話。何ひとつ正しい事実などありはしないのに、本人はそうと信じて疑っていないのが、様子から見て取れる。不可解なことに。
「何がどうしてそうも歪んだ認識をしているのか知らないが、現実はあなたの言うようなものではない。メリッサは誰に恥じる行為もしていないし、あなたがしているのは彼女に濡れ衣を着せる行為だ」
「濡れ衣だなんて。だって、もしそうならメリッサ様が何もおっしゃらなかったのはおかしいもの」
……そう、メリッサは何も言わなかった。
当時の僕は無実を訴えてくれたら信じようと考えていたし、噂を知った今なら、それを信じていたなら詰ってくれたらよかったのにと思った。
諸々の事件の捜査官の中には、嘘を見分ける能力に長けた人員もいた。
メリッサも理解していたはずで、身の潔白を話しさえしていれば、それは間違いのないことだと保証されただろう。いくら被害者が真に自身が被害を受けていると信じ込んでいても、悪くともどちらもが正しい証言をしていると取られたはずだ。
だというのにメリッサは口を開かず、被害を主張する意見に嘘はないと判断された。何も話してくれなかったメリッサを、恨むような気持ちになったりもした。
だけど、違う。違うのだ。
握り込んだこぶしが震える。こんな場所でなければ、衝動に任せていたかもしれない。
死人に口なし、もう想像するしかないけど、メリッサはきっと話すに話せなかった。
「なあ、いったいいつから、あの子を苦しめていたんだ……!」
信じていた、誰より信じられたかった僕に、裏切られたと思って打ちのめされていたのだろうから――。




