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事実の存在しない噂



「ひどい! どうしてそんなこと言うんですか、オスカー様!?」


 ルナリアに拘束されながらも涙ながらに声を上げるエリー・キャンベルに、暗い気持ちが噴き出しそうになる。ただでさえ彼女のしてきたことを考え、気持ちが昂って暴力でも振るいそうになっているというのに。


 落ち着け。落ち着け。

 浅くなる呼吸を、意識してゆっくりと、深くする。


 アンナマリア殿下の視線を受けたルナリアが腕に力を込めたようで、エリー・キャンベルは呻いて口を閉ざす。

 周囲からはヒソヒソと、低く話し声がさざなみのように広がっていく。


「私はドレスが飲み物で汚れた姿を見ました。階段から落ちるところを抱き留めました。だけどメリッサがグラスを手にするところも突き飛ばすところも見ていない。メリッサの仕業であることは確かだと言い切る人もいました、改めて問いかければその人でさえも決定的な瞬間は見ていないようでした」


 あまりにもはっきりと目撃したと断言するものだから、まさかそんな曖昧な状況のみを指していたとは考えもしなかった。


「毒を盛られた件についてもはっきりしたと考えても?」

「はい、殿下。メリッサの部屋から、エリー・キャンベル嬢のティーカップに混入していたものと思われる毒が発見され、購入する姿、署名ともにメリッサに違いないとされていましたが、」


 甘かった。すべては考えの甘かった僕の責任であり罪だ。


「再度念入りに調査したところ、それらも偽装されていたことが判明しました。目撃証言に関してはおそらく、当時すでに彼女に関する悪評が流れていたため、その印象から証言者の記憶が補正されたのではと考えられます。署名についても本物に限りなく似せてはおりましたが、魔導鑑識にかけたところ生命力の残滓が彼女のものではないということでした」


 なるほど、と頷いてみせるアンナマリア殿下に、周囲も戸惑いながら頷き、または首を傾げる。


「嘘よ! 嘘ばっかり! どうして!? あたしのこと守ってくれるって言ったじゃない!」


 エリー・キャンベルはポロポロと涙をこぼして叫ぶ。


「言ってない」


 涙ながらに訴えられても、僕は苛立ちこそすれ心動かされることなどない。


「言ってないよ。僕に出来るなら手助けするというようなことは言ったけど、あなたを守るなんて言葉は一度だって言ったことはない」


 目の前の顔が、ひく、と引き攣る。ようやく現実が見えてきたのだろうか。

 でもそれもすぐに記憶を都合よく改変するはずだ。これまでのように。


「それに関しても、あなたのためではなくメリッサへの疑いが晴れるならとの思いからだった」

「おかしいわオスカー様、どうしちゃったの!? これから二人で幸せになるんでしょう? メリッサ様は死んだんだから!」


 無遠慮に言い募る醜い女に、カッと頭に血が上った。


「そうだ、メリッサは死んだ! お前が!!」


 込み上げる激情に押し流されまいと奥歯を噛み締める。乱れる呼吸をも噛み殺し、こぶしを握って溢れ出ようとするものを堪える。


「……っ、お前と僕が殺した……」


 思い返せば分岐点はいくらでもあった。この女がメリッサを陥れようとしたところで、僕がそれらの選択を誤らなければ、


「メリッサ様が自殺したのはあたしとオスカー様の婚約への当てつけだわ、あたしのせいじゃない!」


 少なくとも婚約解消後にこの女との交流を断っていれば、こんなにも馬鹿げた噂が立つこともなく、きみがすべてを投げ出すまでの事態にはならなかったのかもしれない。

 また誰かに虐げられるかもしれないと不安を訴える少女を突き放すことが出来ず、頼れるのは僕だけなのだと泣かれて、被害者なのならばと、加害者が婚約者なのならば責任を取らねばと、その後の交流を許してしまった。


「みんなそう言ってるわ、勝手に心を病んで苦し紛れに死んでみせたのよ! あの頃だってオスカー様とお友達になったあたしに嫉妬して嫌がらせしてたくらいの人なんだしっ」

「それだよ」

「えっ?」


 意識的に息を吐き、呼吸を整える。

 事実を知らしめるために冷静に話さねばと考えているのに、それでも睨みつけることは堪えられない。


「僕たちはいつ友達になったんだ? 誰と誰が婚約しただって?」


 視線で殺せるのなら、きっと射殺していた。


「有り得ない。何もかも有り得ない。今でこそ友達と思われるような交流をしてはいたが、当時はただの顔見知りでしかなかったし、恋人だ婚約だと、そんな事実は過去も現在も一切ないだろう」


 言い切った言葉に、反応したのは女だけではない。周囲がざわりと揺れた。

 ああそんなにも噂は本当のことのように認知されていたのか。

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