第2話「転校生はロシア風美女とイケメン・パリジェンヌ」
「夢、だったんだよなぁ……?」
念の為。夢に出てきた事件現場の裏路地も、通学途中に確認してみた。
何も残っていなかった。
『よくわからないモノ』の燃えカスも、俺の血痕も。
「普通に考えてそうだよな」
アレのことを、あの二人は『魔物』と呼んでいた。
『魔王』とか『聖女』とか『封印』とか、ファンタジーの定番ワード盛りだくさんだった。
あれが現実だなんて。
普通に考えたら、あり得ない。
あり得ないんだよなぁ。
「ロシアから来たラフィーさんと、フランスから来たリアンさんだ」
……あり得たわ。
朝のホームルームで紹介された二人の転校生。
叫び出さなかった俺を褒めてほしい。
「すっごい美人!」
「ロシア美女って実在するんだね」
「か、かわいい……!」
「フランスだって。リアル・パリジェンヌじゃん!」
「ってか、リアンさんまじイケメン。ほんとに女子?」
「背高っ! スタイル良すぎ!」
コソコソヒソヒソ。
クラス中が興奮に包まれている。
なんてったって、マジのロシア風美女にイケメン・パリジェンヌだ。
それがたぶん嘘だって知ってるのは、俺だけだ。
「明智の隣が空いてるな」
なんで、俺の両隣に空いてる席があるんだよ。
不自然だろうが。
「よろしくね」
ニコリと笑うロシア風美女。
「よろしくな」
ニヤリと笑うイケメン・パリジェンヌ。
どちらの顔にも『余計なこと言ったら殺す』と書いてあるのは、たぶん俺の勘違いじゃないと思う。
ああ、これはあれだ。俺にはわかる。
俺の第六感が言っている。
関わっちゃダメだ!
──昼休み。
「ねえ、どこか静かに食べられるところない?」
ラフィーが言った。なんでおれに話しかけるんだ。
「体育館の裏とか?」
答えるけど。
「案内して」
「俺?」
さっきまで仲良く話してた女子に頼めよ。
俺は、君らには関わらないと決めたんだ。
「私の頼みを、断るの?」
イスに座ったままの俺。
それを見下ろすラフィー。
……顔を斜めに倒して、俺を見下ろして……。
うん。俺、見下されている。
すんごい悪そうな顔で、ロシア風美女が俺を睨みつけている。
こわっ。
「すみませんでした」
「わかればいいのよ」
仕方がないので、体育館裏に案内した。
もちろん、イケメン・パリジェンヌもついてきた。
「昨夜のこと、どこまで覚えてるの?」
えー。
静かに昼飯を食いたいんじゃなかったのかよ。
「さっさと答えなさいよ」
これじゃあ完全に『体育館裏に呼び出された陰キャと不良』じゃないか。
あ。陰キャが俺で、ラフィーとリアンが不良ね。念の為、ね。
「ラフィーさん、そいつビビってます」
「は?」
「もうちょっと、優しく聞いてやった方がいいです」
リアンの方は焼きそばパンをかじりながら、ラフィーと一緒になって俺を壁際に追い詰めている。
って、その焼きそばパンは……!
俺が持ってたコンビニ袋から、中身が消えてる! いつの間に!
カツアゲじゃねえか!
「ビビってんの? 男のくせに?」
「……普通にビビるだろ、あんな化け物に襲われたら」
俺がボソッと言い返すと、ラフィーがニヤリと笑った。
「その化け物のこと、知りたいと思わない?」
「結構です」
「なんでよ、気になるでしょ!」
「『あれは夢』ってことで納得することにしたんだよ、俺は」
「それは無理あるんじゃない?」
「ぜんぜん。怪我もないし」
「どうして怪我がないのか、気にならない?」
「……」
「気にならない? 私たちの正体」
「……気にならない」
「明らかに日本人じゃない私たちが普通に転校してきた理由、知りたいよね?」
「……知りたくない」
「……ふむ。なかなかに頑固ね」
おう。
そうだ、俺は頑固なんだ。
あれは夢、あれは夢だったんだ!
「ラフィーさん。別に勝手に喋って聞かせればいいじゃないですか」
「ああ、そっか!」
「やめろ!」
「私たちは『異世界』から来た『大聖女』とその従者である『悪魔の子』で〜」
「やめろってばー!」
逃げた。
俺は逃げた。
全力で逃げた。
その後は保健室で寝た。サボりだ。
これは夢だから、目が覚めたらぜんぶ忘れてるといいな。
あ、でも。
『聖女』の従者が『悪魔の子』ってどういうことだろ。
ちょっと気になるな……。
──放課後。
「……部活、行かなきゃ」
あれ?
俺って、帰宅部じゃなかったっけ?
違うよ。
俺は『郷土歴史研究部』の部員だ。
あれ?
この学校、そんな部活あったっけ?
……あるよ、ある。
うん、そうだ。
──部活、行かなきゃ。
「来たわね!」
「なんでだよ!」
『郷土歴史研究部』。
その部室には、果たしてあの二人組がいた。
あの二人組とは、もちろん『聖女』と『悪魔の子』だ。
──ガチャンッ!
ドアが閉まる。
え、自動ドア?
「いや、俺は帰る」
──ガチャガチャ!
「開かない。なんでだよ!」
内鍵を何度も回してみるが、ドアは開かない。
「諦めなよ」
ラフィーが俺の肩に腕を回す。
「っ?!?!?!?!?!?!?」
おおおお、お、お、……が触れている!
いや、違う!
それどころじゃない!
逃げないと!
この、おかしな二人組に巻き込まれる!
「ははは離してください」
「イ・ヤ(はぁと)」
あ、こいつ。
分かってやってる。わざとやってる。
わざと、おおおお、お、お、……を俺に押し付けてやがる!
「んふふふふふ」
この『聖女』……性悪だ!
「もう諦めな? 私たちは、あんたにちょっと用事があんの」
「用事?」
「うん。大事な用事」
「なんで俺?」
「あんた、『明智』でしょ?」
「そうだけど」
「だったら、私たちに協力してもらわなきゃいけないのよね」
「協力?」
「うん。一緒に『魔王』退治しようぜ!」
そんな『ひと狩りいこうぜ!』みたいなノリで言うなよ。
たぶん、そういう軽いやつじゃないだろ?
「……だいたい、『魔王』ってなんだよ。っていうか、お前ら、なんなんだよ。『郷土歴史研究部』ってなんだよ……」
がっくり。
……俺は、諦めた。
リアンがパイプ椅子を持ってきてくれたので、ありがたく座らせてもらう。
「ようやく諦めたか」
「だって、出れないし。なんかよく分かんないけど、逃げてもまたここに連れて来られるんだろ?」
「「うん」」
「とりあえず、話は聞く……しかないじゃないか……」
「じゃあ、何から聞く?」
ラフィーもリアンも、同じようにパイプ椅子に腰掛けた。
部室の中には長机とパイプ椅子がいくつか。
壁際の本棚には、『郷土歴史研究部』っぽい書籍が並んでいる。
「『郷土歴史研究部』って何? そんな部活、昨日まではなかったと思うけど」
「理事長に作らせた」
答えたのはリアンだ。
「作らせた?」
「僕のスキル【MOD】を使ってな!」
「モッド?」
スキル? モッド?
なんの話をしているんだ、こいつは。
──コンコン。
ノック音。
誰かが来たらしい。
「ちょうどいい。説明するより、見せた方が早いわね」
ラフィーがニヤリと笑った。
「どうぞ」
入ってきたのは、理事長だった。
「ラフィー様!」
ラフィー『様』!?
「くるしゅうない、くるしゅうない」
は?
殿様かよ。
「この度は我が校に多額の寄付をいただき、誠にありがたく」
うわぁ。
両手をもみもみしながらヘコヘコする大人、リアルで見たのは初めてだ。
「ご不便はございませんか?」
「そうねえ。学食のメニューがダサいわ。もっとオシャレにした方がいいと思うのよね」
「御意!」
「敷地内にスタボを誘致したら、みんな喜ぶと思うわ」
「御意!!」
「ネイルサロンもほしいし、インスパ映えするスポットも足りないわね」
「御意!!!」
「今日のところは、それくらいかしら」
「御意!!!!」
それだけ言い残して、理事長は去って行った。
ドアの向こうからは「御意!」と繰り返す虚しい声が響いていた。
「どういうことだ?」
「リアンのスキル。対象のプログラムに干渉して、改変を加える。それがスキル【MOD】よ!」
「あ、MODってゲームの!」
聞き慣れてはいないけど、どこかで聞いたことがある言葉だと思ったんだ。
俺は現代人らしく、素早くスマホで検索した。
モッド(MOD)とは:
modificationの略。コンピューターゲームの内容や動作を改変する、小規模なプログラムやデータのこと。公式ではなく非公式な有志による改変を指す。
なるほど?
「この場合は、ラフィーさんの『称号:謎の異界人』を『多額の寄付をしてくれた大富豪でロシアからの転校生、郷土歴史研究部の部長』に改変した」
「で、あんたの『称号:帰宅部』を『郷土歴史研究部の部員』に改変したってことよ」
「ははぁ。便利なスキルだな。それが、『悪魔の子』の能力ってことか?」
「いいや。これはラフィーさんの【付与能力】だ」
「グラ? なんて?」
「ラフィーさんは聖女の中の聖女、『大聖女』だからな」
「神に代わって、人にスキルを与えることができるのである! 崇めろ!」
なにそれ、マジかよ。
「私は『大聖女』。『魔王』を封印するためには、私の手足になる人間が必要なのよ」
あ、この流れ……。
まずくない?
「あんたも欲しいよね? 【付与能力】」