第16話「クソみたいな世界の、クソみたいな運命」
「お疲れ様でした!」
「おう! 気をつけて帰れよ!」
バイト帰り。
ちなみに、俺のバイト先はラーメン屋。
地元では知る人ぞ知る名店、『ラーメン・未来紅琉』だ。
ここのラーメンはマジで美味い。
何よりも大将がめっちゃ良い人。
頭に巻いたタオルと、立派なビール腹がトレードマーク。
最近は賄いを食べずに帰るからということで、帰りにはギョーザのタネやカラアゲを持たせてくれる。
高校生の俺を快く受け入れてくれた、最高の大将なんだ。
ちなみに、大将の息子さんも一緒に働いている。
大学生の、気のいい兄ちゃんだ。
「遅かったわね」
ラフィーだ。
少し先のコンビニの前、ガードレールに寄りかかっている。
……その部屋着のまま外出するのはまずくないか?
「悪い」
今日は忙しかったこともあって、ほんの少し22時を過ぎてしまった。
「さっさと行くわよ」
バイトの帰りにそのまま公園で訓練するので、俺を待っていたのだ。
このルーティーンも、すでに2ヶ月目に入ろうとしている。
「リアンは?」
「『なんか、きな臭い』とか言って、出かけていったわ。『魔王』に動きがあるかもしれない」
『魔王』の方は先生を『傀儡』にして以来、大人しいものだ。
相変わらず『魔物』は襲ってくるが、それだけ。
リアン曰く、貴重な『魔力』を消費して粗雑な『傀儡』を差し向けても無駄だとわかったんだろう、とのこと。
つまり次に攻めてくるときは、前よりも厄介な敵が来るってことだ。
俺たちは相変わらず訓練を続けながら、それに備えている。
それと並行して『魔王』が封印されている『何か』を探しているが、その行方は全く掴めていない。
「そういうわけだから、今日の訓練はナシよ」
「え?」
「何か起こるかも知れないから、私の『幸運』を温存しといたほうがいいって。リアンが」
「そっか」
「だから、さっさと帰りましょう。今日はカラアゲあるのよね?」
ラフィーの鼻が、小さく動いた。
美味そうな匂いが漂っているのだ。
「ごはん、スイッチ入れてきたの。帰ったら炊けてるわ」
「ありがとう」
この1ヶ月で、ラフィーは米の炊き方を覚えた。
大進歩だ。
「リアンは?」
夕飯はどうするのだろうか。
「夕飯の時間には一度もどるって言ってたわ」
二人で連れ立って歩く。
バイト先から俺のアパートまでは、徒歩で15分くらい。
薄暗い裏路地を歩くことになる。
「今日は一人だったんだろ? 暗いの怖くなかったか?」
「は? 誰に向かって言ってんのよ」
ラフィーの眉が吊り上がった。
こわ。
「私は大聖女様よ。暗闇が怖くて聖女なんかやってらんないっつうの」
「そうなのか?」
「当たり前でしょ」
そう言われても。
「そもそも、『聖女』って何する人なんだよ」
「は? 知らないわけ?」
「知らないだろ。この世界に『聖女』はいないんだから」
「まあ、そっか」
ふと、ラフィーが足を止めた。
「……聞く? 『聖女』の話」
あ。
俺にはわかった。
ほんの少し、俺たちの距離が縮まろうとしている。
「うん。聞きたい」
俺の知っておくべき話なんだろう。
そりゃそうだ。
俺は、二人のことを知らなさすぎる。
* * *
「奇跡だ!」
「神が授け賜うた奇跡だ!」
「ああ! ついに我らの元に大聖女様が!」
「お生まれになったのだ! 大聖女様が!」
「大聖女様バンザイ!」
「バンザイ!」
「バンザイ!」
拍手喝采、万歳三唱の中で生まれてきた。
それが私。
生まれた時から『聖女』の中の『聖女』、『大聖女』として運命づけられていたわ。
クソみたいな世界で、クソみたいな運命を背負って生まれてきた。
それが、私よ。
私の母も『聖女』だったの。
その母に啓示が下された。
『大聖女を産む聖母となるであろう』と。
同時に、神殿にも啓示が下された。
『近く魔王が復活するであろう』だって。
神殿は、ありとあらゆる手を使って母を妊娠させたわ。
『魔王』が復活するまでに、『大聖女』を授からなければ世界が滅ぶ。
そう考えたから。
母は、私を産んだ翌日に死んだって。
自らの手で、その喉にナイフを突き立てて。
だから、私は母を知らない。
その温もりに抱かれていたのは、たったの1日。
その1日だけが、私にとっての幸せな時間だったんだと思う。
覚えていないけれど。
私が覚えている一番古い記憶は、厳しいおじさんたちの顔。
親のいない私は、神殿の中で育てられたの。
おじさんたちは誠心誠意の世話はしてくれるし、きちんと教育も受けさせてくれた。
でも、それだけだった。
私は、愛情ってものを知らずに育ったわ。
6歳くらいだったかな?
神殿を抜け出したのは。
私も欲しかったの。
絵本に書いてあった、『友達』が。
神殿を抜け出した先は、知らないものばっかりの新しい世界だった。
本の中で見た世界が、本当にそこに広がっていたの。
ワクワクしたわ。
そこで一人の男の子に出会ったの。
彼は、ありとあらゆることを私に教えてくれた。
街の歩き方、遊び方、おいしい食べ物……。
楽しかったわ。
こんなに楽しいことが世の中にはあるんだって、私は初めて知ったのよ。
でも夕方になって、私は怖くなった。
帰らなきゃ。叱られるって。
「私、神殿に帰らなきゃ」
「神殿?」
「うん」
「お前、聖女なのか?」
「え?」
「お前、聖女だったのか!」
突然のことで、何が起こったのか分からなかった。
男の子が、私の体を突き飛ばしたの。
「汚らしい女め! さっさと帰れ!」
あの時の彼の顔を、今でもよく覚えてる。
怒ってるのに、泣いてた。
泣きながら帰ったわ。
帰ってきた私は、もちろんおじさんたちに叱られた。
折檻されて、3日間もごはんを食べさせてもらえなかった。
「外の穢れを持ち込んだ。全て吐き出すまで、食べてはならない」
だってさ。
狂ってたのよ。あの世界は。
神殿は『聖女』を囲い込んで正義の味方気取り。
貴族は神殿にお布施を出して、聖女の『幸運』にあやかる。
平民は貴族の生活と神殿の維持のために税金をむしり取られる。
神殿の中と外は、全く違う世界だったの。
その翌年から、私は『聖女』として働かされた。
祈りを介して『神』とつながり、『幸運』を受け取ることができるのが『聖女』。
私たちは、来る日も来る日も、誰かの幸せのために祈り続けたわ。
私は『大聖女』だから、私の『幸運』にあやかろうという貴族が毎日のように列を作った。
まるで蟻の行列だったわね。
「ああ、大聖女様! どうか、我が子に神の祝福を」
「妻の病気を治してください!」
「新しい事業の成功に祈りを!」
「息子の学業成就を!」
「投資の成功を!」
「大聖女様!」
「大聖女様!」
「大聖女様!」
汚い。
ぜんぶ汚い。
私、世界のことが大嫌いになったの。
当然よね?
……『魔王』が復活しちゃえばいいのにって、思ったわ。
『魔王』は全てのヒトから『幸運』を吸い取って、果てには全てを混沌の闇に飲み込んでいく。
そうなればいいのにって、思った。
だって、私は『大聖女』で、『神』から膨大な『幸運』を授かったのに。
一つも幸せなんかじゃなかったから。
だったら、みんなみんな不幸になればいいのにって。
そう思ったの。
でもね。
そんなクソみたいな私の世界にも、ちゃんと『幸運』はあった。
『神』は、私のところに『リアン』を連れて来てくれたのよ──。




