第1話「不幸体質の俺、『よくわからないモノ』に殺されかける」
俺の名前は明智結季。
岐阜県岐阜市在住の高校一年生。
帰宅部。
バイト三昧の苦学生。
唐突ではあるが、まずは俺の置かれている状況を説明したいと思う。
右腕、たぶん折れてる。痛い。
左腕、血だらけだ。痛い。
右足、うーん……折れてるな。痛い。
左足、無事だ。うん。無事だ!
「なんだよ、これ」
声も出る。
よし。
全体的には『痛いけど、一応無事!』ってカンジの状況だ。
ただし、ちょっと死にかけてはいる。
なぜなら……
俺の目の前には、『よくわからないモノ』がいるから。
夜の裏路地。人気はない。
街頭の明かりに照らされて、大きな身体がモゾモゾと動いている。
その姿は、黒々としていて、でも赤々ともしている。
胴体──卵型の何かから脚っぽいものが生えているから、たぶん胴体だ──の背中から黒いモヤみたいなものが立ち上っている。
脚──タコよりも多いように見えるから本当に脚なのかは分からない──が、モゾモゾと蠢いている。
目玉──蜘蛛よりも多いように見えるから本当に目玉なのかは分からない──が、ギョロギョロと俺を睨んでいる。
歯──鮫と同じくらいの数のように見えるからこれは歯だ──が、大きな口みたいな空洞の中でカチカチと音を鳴らしている。
俺の手足は、あの脚(仮)に吹っ飛ばされた衝撃で、使い物にならなくなったのだ。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい!」
──ズズズズズズズ。
脚(仮)が俺に迫る。
逃げなきゃ!
逃げなきゃ死ぬ!
俺は必死で足を動かした。
「いってぇ!」
痛みで身体が動かない。
でも、逃げなきゃ死ぬ!
唯一無事な左足と尻で後ずさるが、実際に動けたのはほんのちょっとだった。
死ぬ!
──グルン!
左足に脚(仮)が巻き付いて、俺を持ち上げる。
俺の体が、ブランと宙吊りになった。
真下には、白い歯が並ぶ黒い空洞が開いている。
死んだ。
終わったわ。
俺の人生、ここまでかよ。
いいことなんか、一つも無かったじゃん。
小2、母親が蒸発。
小5、父親がリストラ。
中2、父親が首吊り。
高校に入ってからは必死にバイトして進学資金を貯めてきた。
彼女はいない。もちろん童貞。ファーストキスだってまだだ。
……好きな子に、告白もできてない。
それどころじゃない。
不幸体質の俺は道を歩けば犬の糞を踏み、カラスには糞をかけられ。
電車に乗れば遅延、遅延、遅延。
カードゲームは常にノーマルカードしか引けない。
『運がないだけだ。明日はきっといいことがある』って言い聞かせてきたけど。
なんも、いいこと無かったな。
……あ、これはまずい。走馬灯だ。
俺、マジで死ぬんだ。
不幸なまんまで、死ぬんだ。
──ヴォン!
「なんだ!?」
宙吊りになった俺の足元、つまり真上に、なんか魔法陣的なものが現れた。
円形のそこから白い光が降り注ぐ。
「ギャッギャッギャッ!」
『よくわからないモノ』がモゾモゾと白い光の下から逃げていく。
そのついでと言わんばかりに、俺の体を放り投げた。
「うぐぅ!」
いってぇ! 死ぬ!
「これ、まずくない?」
魔法陣的なものの中から声が聞こえた。
女の声だ。
次いで、そこから『足』が出てきた。
……うん。『足』だ。
あれは、『人間』の『足』だ。
「ただの土塊ですよ」
しかも、その『足』は二人分。
二人目も女のようだ。
「やれる?」
一人目の女が問いかける。
「まあ」
二人目の女の返事は適当だ。
「秒で?」
「え、そんな急ぎます?」
「だって、これキモいわ」
「確かにキモいけども。一生懸命生きてるじゃないですか」
「生き物ちゃうやん」
「なんですか、その喋り方」
「関西弁」
「は?」
「アップデートしてこ!」
「相変わらず、順応早いですなぁ」
「嫌味?」
「どこが!?」
二人組はテンポの良い会話を交わしながら少しずつ姿を現す。
ついに全身が出てきた二人は、シュタッとかっこいい感じで地面に着地した。
俺からは背中しか見えない。
見慣れない服を着た金髪の女と、黒髪の女だ。
その二人がクルッと俺の方に振り向いた。
「これはまずいよね」
金髪の女が言う。
「マジ、まずいです」
黒髪の女が言う。
「「あんた、誰?」」
いやいやいやいや。
「こっちのセリフだ!」
「は?」
金髪の女が眉をしかめる。
薄暗い街灯の下でもわかる、この人はめちゃめちゃ美人だ。
腰まであろうかという長い金髪、サファイアのような青い瞳、白い肌に桃色の頬。いわゆる、ロシア美人顔。
その美しい顔をブッサイクに歪ませて、こっちを見ている。
「ラフィーさん。まずは、あっちを片付けましょう」
一人目の女の名前は『ラフィー』というらしい。
「……しょうがない。リアン、秒で片付けて」
二人目の女の名前は『リアン』というらしい。
黒い髪が所謂ハンサムショートに整えられている。
印象的なのは、その赤い瞳だ。まるでルビーみたいな、真っ赤な瞳。
「早いとこ、ラフィーさんのセイント・パワーで、あれの足止めてください」
「大聖女様のスペシャル・スキルよ。俗っぽい言い方しないでちょうだい!」
「スペシャル・スキルも相当ですよ」
「いらないの?」
「お願いします!」
「しょうがないわね!」
ラフィーが両手を前に突き出した。
「【聖なる鎖】!」
すると、その両手から白い光が溢れた。
文字通り、溢れたのだ。
薄暗い路地が、白い光で包まれる。
「ギャー!!!!」
『よくわからないモノ』が叫ぶ。
耳が痛い。
「リアン! さっさと殺れ!」
「聖女が『殺れ』とか言わないでください」
「うるさい! 早く! 疲れる!」
「はいはい」
リアンの手元で何かが光った。
剣、みたいなものだ。
赤い、なんかすごいカッコいいやつ。
ゲームとかで主人公が持ってるみたいなやつ。
なにそれ、おもちゃ?
「でも、どこが弱点かわかりません」
「じゃあ、切り刻むか、消し炭にでもすれば?」
「んー。……どっちがいいですか?」
「えー。……どっちがいいかな」
「「うーん」」
えー。
さっきまで急かしてたくせに、そこは迷うの?
どっちでもよくない?
ねえ、どっちでもよくない????
「あの、できれば、早くしてください……」
思わず、口を挟んでしまった。
なぜなら意識が朦朧としてきたからだ。
血を流しすぎたんだな。うん。
早くアレを倒して、救急車を呼んでほしい……。
青色の瞳と赤色の瞳が、俺の身体をマジマジと見る。
「怪我してるわね」
「ですね」
「死にかけじゃん」
「そのようです」
やっと、気づいてもらえたみたいだ。
俺が死にかけてるって。
よかった……のか?
「……リアン」
「はいはい。それじゃあ、どっちも、で!」
リアンが、消えた。
違う。消えたんじゃない。
一瞬でアレの足元まで距離を詰めたんだ。
──シュパパパパパパパパパッ!
ものすごく軽快な音と共に、黒い巨体が細切れにされていく。まな板の上で乱切りされる人参みたいに。
「【燃えろ】」
──ゴォォォォォォ!
燃えた。
それはもう、派手に燃え上がった。
あとには燃えカスだけが残った。文字通り、消し炭だ。
「どう?」
「間違いありませんね。『魔王』の気配を感じます」
「それじゃあ、ここで間違いないってこと?」
「はい。『魔王』は、ここにいますね」
「封印されてたけど、それが剥がれかけてるってことでオーケー?」
「ですね。だからこうして『魔物』を吐き出してる。非常にまずい」
二人が燃えカスを検分しながら話し込んでいる。
あの……俺は?
「正確な位置は?」
「わかりません。でも、近いです」
「ん。まあ、じっくり探そう」
「ですね。ここまでの道のりを考えれば、あとちょっとです」
「長かったもんねぇ」
「ねえ」
あの、なんだかしみじみしてますけど。
俺は?
「それにしても、コイツはなんで襲われてたのかしら?」
「偶然ですかね?」
「それにしちゃ、明らかな殺気があったけど……」
視界が霞む。
声が、出ない。
ああ、これ、ダメなやつだ。
これで死ぬんだ俺。
俺の人生、なんもいいことなかったな。
いや。
最後の最後で、なんか映画みたいなファンタジーを生で見れたか。
ちょっと、面白かった、な……。
──ジリリリリリリリリリリリリリ!
聞き慣れた目覚まし時計の音。
「……夢?」
──ガバッ!
飛び起きた。
「夢だったのか!?」
右腕、折れてない。
左腕、血も傷もない。
右足、うーん……折れてない。
左足、無事だ。うん。無事だ!
「夢かぁ!」
やけにリアルだったけど。
傷の痛みも、血の匂いも、『よくわからないモノ』が燃え上がった時の熱も、鮮明に覚えているけども。
「なんだ、夢か」
ちょっと残念だなんて……ちょっとしか思ってないんだからな!