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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

洋風ファンタジーの短編集

光の王女と闇の令嬢

作者: 入江 涼子

  とある国に私は住んでいた。


   私が片想いしている王子には可愛らしい婚約者の姫君がいる。彼女は隣国の王女で光の王女などと呼ばれていた。本来の名をエリーゼア王女という。王子の名はシグルド・フォン・アルテールといった。エリーゼア王女もエリーゼア・イルゼ・ウィングランデといったか。我が国は王子の名でわかるがアルテール王国で隣国もウィングランデ王国という。私はアルテールの筆頭公爵家であるオルカイア家の長女で名をユリアネア・ウェン・オルカイアといった。

  王子はシーグと呼ばれていて王女もエリーと呼ばれている。お互いにそう呼び合っていた。絶対に私には許されない呼び名だ。そう思いながらも自身の婚約者であるシェンカルと庭園を散策していた。シェンカルは私の想いを知っている。それでも怒らずに見守ってくれていた。もう王子がエリーゼア姫と婚姻なさったら諦めよう。秘かに決心した。


「……ユーリ。どうかした?」


「……ちょっと考え事をしていたの」


  シェンカルは穏やかに笑いながら私の頬に触れた。じんわりと彼の温もりが伝わる。それに泣きそうになった。


「もしかして。あの方の事を考えていたの?」


「そうよ。シェンカルにはお見通しなのね」


「そりゃあ。わかるよ。君とは10年以上のおつきあいがあるから」


  シェンカルはそう言って肩を竦めた。頬から手を離すと優しく頭を撫でられる。彼とは本当に10年以上のつきあいがあった。シェンカルはアルテール国のもう一つの筆頭公爵家のレーウェン家の長男で名をシェンカル・イェン・レーウェンという。私が今年で18歳ならシェンカルは20歳になっていた。シグルド王子は19歳でエリーゼア姫は17歳だった。


「……ユーリ。もう中に入ろうか?」


「わかったわ。夕方になりそうだし」


  シェンカルが促してきたので私は屋敷へと足を向けた。だがシェンカルはその場を動かない。どうしたのだろう。


「シェンカル。どうかしたの?」


「ユーリ。ちょっとごめん」


  シェンカルはそう言うといきなり私の背中と膝裏に両手を差し入れた。ひょいっと抱き上げられて驚く。無言でシェンカルは屋敷に向かう。私は不安定な姿勢でいるので思わず、彼の首に両腕を回した。そうしたらシェンカルは顔を近づけた。額に温かく柔らかい何かが当てられる。キスをされたとすぐに気づく。


「……シェンカル」


「……もう中に入ろう。君が冷えてしまうからな」


 シェンカルはそう言うと私を抱えたままで自室へ向かう。メイドや家令達が驚く中でお構いなしに彼は廊下を歩いた。部屋にたどり着くとドアの前で降ろしてくれる。


「ユーリ。君はシグルド殿下を忘れるべきだ。世間では君を闇の令嬢とか呼んでいるが。俺は気にしていないよ」


「……シェン。ありがとう」


 私がお礼を言ったらシェンカルは頭を撫でてくれた。くすぐったくて笑う。シェンカルは優しく笑ったのだった。


 一週間後に王宮で夜会が行われた。シグルド王子とエリーゼア王女との婚約披露も兼ねている。私は憂鬱ながらもシェンカルと共に出席していた。シグルド王子の事はすっぱりと諦めよう。そう思ってシェンカルの瞳の色である淡い紫のドレスを着た。銀糸で花の模様が刺繍されたもので彼の髪色や瞳を意識している。ネックレスやイヤリングもアメジストが使われていた。私は地味な真っ直ぐな黒髪に淡い琥珀色の瞳で目立たない。けどシェンカルは綺麗な銀髪に淡い紫の瞳の美青年だ。もちろん、女性からはモテている。


「……ああ。ユリアネア。綺麗だ」


「……ありがとう。シェンカルも素敵よ」


 シェンカルはにっこりと笑って言うが。周りの令嬢方が鋭く睨みつけるのがわかった。夜会が行われている大広間には(きら)びやかなシャンデリアに見事な天井画、思い思いに着飾った紳士淑女達で溢れている。私はその中でもシェンカルが一際目を引いているのをわかっていた。


「シェンカル。私は隅っこにいるわ。あちらのソファーで待っているから挨拶を済ませてきたら?」


「そういう訳にはいかないだろう。ユリアネアも一緒に行くぞ」


「えっ。ちょっと。シェンカル?!」


 シェンカルに引っ張られて私は王子達がおられる所まで連れてこられた。黒髪に青い瞳のシグルド王子は相変わらず美形だ。隣には黄金の髪と緑の瞳の可憐ながらも美しいエリーゼア王女が並んでいた。


「……ああ。君は。レーウェン公爵子息だね。隣のレディは?」


「……殿下。お久しぶりです。私の隣にいるのは婚約者のオルカイア公爵令嬢です。ユリアネア。挨拶を」


「あの。初めまして。ユリアネア・オルカイアですわ。殿下方にはご機嫌麗しく……」


「まあ。丁寧な挨拶をありがとう。あなたがオルカイア公爵令嬢ですのね。わたくしはエリーゼア・ウィングランデ。隣国の王女ですわ。よろしくね」


「はい。王女殿下にそう言っていただけて嬉しいですわ」


 引きつりながらも笑みを浮かべた。よく考えたら王子やエリーゼア王女と間近で会うのはこれが初めてだ。お二方がご存知ないのも仕方がないが。私はカーテシーをしてからシェンカルの一歩後ろに退()がる。


「二人共。今日は存分に楽しんで行ってくれ」


「ええ。そうさせていただきます」


 王子とシェンカルがそう言えば、エリーゼア王女も私に笑いかけた。


「えっと。オルカイア公爵令嬢も楽しんでいってくださいね」


「はい。ありがとうございます」


 挨拶が終わるとシェンカルは私の腰を抱いてその場を離れた。いきなりどうしたのだろう。そう思いながらも黙ってされるがままになった。


「……ユーリ。踊ろうか」


「わかったわ」


 頷くとすぐに楽団がゆったりとしたワルツを演奏し始めた。私は大広間の真ん中に近い場所にシェンカルと共に行く。離れて一礼する。近づき、手に手を取ってダンスを始めた。シェンカルは上手くリードしてくれるので踊りやすい。彼の肩と腕に両手をそれぞれ添えて足でステップを踏む。シェンカルが私をくるりとターンさせる。やはりシェンカルとは相性が合う。そう思っていたら彼が優しく笑った。私も笑顔で返す。しばらくはダンスに集中したのだった。


 ワルツが終わると私はシェンカルと一旦別行動を取る事にした。隅っこにあったソファーに座って休憩をしていたら。シグルド王子が何故かこちらにやってきた。


「……やあ。オルカイア公爵令嬢」


「……殿下」


「先程のダンスは見事だったよ。もしよければだが。今からバルコニーに行かないかい?」


 唐突な誘いに驚く。私はどう答えたものかと考える。けど王子は痺れを切らしたのかいきなり私の手首を掴んだ。ぐいと引っ張られて無理矢理に立たされた。無言で王子は階段に行く。気がついたらバルコニーに出ていたが。


「ここなら誰も来ないし人目にもつかない。オルカイア公爵令嬢。君に訊きたい事がある」


「何でしょうか?」


「君は私の事を好いているだろう。わかってはいたんだよ。よく私がお茶会や夜会などに出ると熱心に見つめる令嬢がいた。最初は誰だろうと思っていたが。調べたらレーウェン公爵子息の婚約者だと言うではないか。それからは君が気になるようになっていた」


「……それは。殿下は気づいていらしたんですね」


「ああ。それでなんだが。私はエリーゼアと婚約解消はできない。もしよかったら私の側妃にならないかな?」


 私はあまりの言い様に固まった。側妃って。それは正妃にはできないけど愛人くらいにはしてやっても良いという事?


「……ふざけないでください。私には婚約者がいます。側妃になさるんなら他を当たっていただけませんか」


「……へえ。私にそんな口をきくとは。これは余計に屈服させたくなる」


「殿下?」


 王子は呟くと私の背中や膝裏に手を差し入れると横抱きにした。いきなりの事に大声を出していた。


「……ちょっ。降ろしてください!」


「静かにした方が身の為だよ。なに、君が言う事を聞いてくれれば。無体な事はしないよ」


「そういう話ではないでしょう!」


 言い返すも王子は聞き入れない。そのまま、歩いてバルコニーに続く階段を降りた。庭園を突っ切って行く内に王族の住まいらしき所に入ったようだ。すたすたと歩き続けて王子は自室と思われる部屋にドアを開けて入る。私は王子が本気だと思い至った。


「……君が私のお手つきだと知ったら。あの男はどんな顔をするかな。楽しみだ」


「……」


 王子はそう言うとうっそりと笑った。ぞわぞわと背筋が寒くなる。シェンカル、助けて!

 内心で叫びながらも抵抗はできずにいたのだった。


 王子は私を抱えたままで寝室に入る。乱暴にベッドに降ろされた。上に伸し掛かられる。抵抗してじたばたと暴れてみたが。腕を一纏めに上に捻りあげられてしまう。その状態で無理にキスをされた。せめてとばかりに口は閉じたままだ。王子が空いた片手でドレスを脱がそうとする。不意に王子は私の上からどいた。


「……やれやれ。時間切れのようだ」


 バンッと扉が大きな音を立てて開かれた。飛び込んできたのは銀の髪に淡い紫の瞳の青年――シェンカルだ。私は彼が来た事によって緊張の糸が切れたらしい。ぼろぼろと気がついたら涙が出ていた。


「……大丈夫か。ユーリ?!」


「……ふ。うえ。シェンカル!」


 私はシェンカルの名をしゃくり上げながら呼んでいた。シェンカルは王子を押しのけて私の近くにやってくる。


「……良かった。間に合ったみたいだな」


 シェンカルはほうと息をつくと私を強く抱きしめる。そうしてから王子を睨みつけた。


「殿下。我が婚約者に何という事をなさるんですか!」


「……私は悪くない。その女が悪いと言えるだろう」


「どういう事ですか?」


「言葉通りだ。レーウェン公爵子息。婚約者が浮気せぬようにしっかりと見張っておけ」


「……あなたに言われたくはありません。おととい来やがれと言いたいな」


 シェンカルはそう言うと王子に大股で近づく。無言で胸ぐらを掴んだ。


「……何をする気だ」


「決まっているでしょう。不敬罪で捕まってもいい。あんたを殴らないと気が済まんな」


 掴んでいた手を離すとシェンカルは事もあろうにシグルド王子の右側の頬を殴りつけた。左側も同じようにする。最後に顎を殴ると王子の身体は吹き飛んで壁に激突した。シグルド王子は気を失ったのかぴくりとも動かなくなる。


「……帰ろうか。ユーリ」


「……シェンカル」


 彼の名を再び呼んだ。シェンカルは私を軽々と横抱きにすると寝室を出た。


「……良かった。無事のようね」


 廊下に出るとそこには金の髪に緑の瞳の少女――エリーゼア王女が待ち構えていた。どういう事かとシェンカルを見る。


「……ユーリがいない事に王女殿下が真っ先にお気づきになってね。俺の所にまで知らせに来てくださったんだ。おかげで間に合ったんだよ」


「ええ。今回は本当にあなたには凄く迷惑をかけたわ。ごめんなさい。もっと早めに気づけたらよかったのだけど」


「……いえ。殿下に謝罪していただく程の事では」


「いいのよ。今回の件でよくわかったわ。あの王子の本性がね。陛下や王妃様には詳しく報告しておくから。わたくしからも後で殴っておくわね」


「殿下がですか?」


「ええ。こう見えてわたくしは剣術を習っているの。腕力はあるから安心して」


 にっこりと良い笑顔でエリーゼア王女はのたまう。私は再度お礼を言った。王女は「気をつけてね」と告げてから寝室に入っていく。それを見送るとシェンカルに抱えられたままなのに気づいた。お互いに苦笑いをしながら王宮を出たのだった。


 あれから一ヶ月が経った。私はシェンカルと予定を前倒しにして結婚式を挙げた。盛大に祝われたが。ちょっと複雑ではあった。何でかというとエリーゼア王女が新しい婚約者と二人で出席していたからだ。ちなみにあのシグルド王子の弟で第二王子のセルジュ殿下だが。

 エリーゼア王女とセルジュ殿下は仲睦まじくて見ていて羨ましくなる程だった。


 さて。結婚式が無事に終わって初夜も済ませた。今は結婚してから半月が経っている。あのシグルド王子がどうなったのかをエリーゼア王女が手紙で知らせてくれた。それによると陛下や王妃様の怒りを大いに買ったらしく、現在は謹慎中らしい。何でも王太子の位と継承権も剥奪されたとか。王都から遠く離れた離宮に見張り付きで監禁されているとあったが。

 その後、新しい王太子にはセルジュ殿下がなりエリーゼア王女は改めて婚約し直したと聞いた。シェンカルに話したら「当然の結果だ」と毒づいていたなあ。そんなこんなで私はエリーゼア王女にお返事を書いた。


 王女はあれから翌年に隣国から我がアルテール王国に嫁いでくる。セルジュ殿下と結婚式を盛大に挙げた。私も遠目に拝見したが。お二人とも本当に幸せそうだった。


「……ユーリ。エリーゼア王女には幸せになっていただきたいな」


「うん。助けていただいたものね」


「エリーゼア王女には俺もあまり良い感情を持っていなかったが。あの一件でだいぶ印象が変わったよ」


「……そうね。あんなにさばさばしてしっかりした方だとは思わなかったわ」


「本当にな。人は見かけによらないよ」


 シェンカルの言葉に頷く。私はエリーゼア王女に一方的に悪感情を抱いていたけど。実際に接してみたらなかなかに肝の座った方だった。本当に見かけによらないと言うのは当たっている。


「……行こう。ユーリ」


「うん。父様や母様も待っているしね」


 シェンカルと手を繋ぎ合って歩き出す。リンゴンと大聖堂の鐘が鳴る。不思議な事に空から薄桃色の花びらが舞い散った。それに目を奪われた。シェンカルは私の頬に軽くキスをする。笑いながら自邸へと歩いて行ったのだった。


 ――完――


 挿絵(By みてみん)


 ↑みてみんにてやり取りをして頂いているさば・ノーブ様からいただきました。主人公のユリアネア嬢です。

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[良い点] ご紹介ありがとうございます。 挿絵に起用、感謝の極みです! [一言] 悲哀にはならず。 非愛にもならず。 時代の流れの中。 二つの国に跨る恋の華。 それは柔らかな光。 それは光と陰の物…
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