僕のハムスターが無属性全体攻撃を覚えた
僕がハムスターを飼おうと思ったのは、大学に入学してすぐの頃だった。
それまでは家族と一緒に暮らしていたのだが、一人暮らしをするようになったことで、寂しかったのだと思う。
数ある動物の中からハムスターを選んだのは、その寿命の短さのためだった。なんとハムスターは二年半ぐらいしか生きられない。
寿命が短いと何がいいのかと言えば、「飼い主の責任」を果たしやすいのだ。
飼い主は必ず、ペットが死ぬまで面倒を見なければならない。
だが、十年以上生きるような動物だと、飼い主の状況が変わってしまうことがある。
十年経てば、僕はどうなっているかわからない。就職はしているだろうが、職種によっては、世話をしてやる時間があまり取れなくなるかもしれない。結婚しているかもしれないが、妻が動物好きとは限らない。
でも二年半なら、僕はまだ在学中で、環境はそんなに変わっていないだろう。飼い主の責任などと気負わずに、最期まで世話ができる。
そこで僕は、ある雄のハムスターを飼うことにした。
僕は彼に「ジャン」という名前をつけ、かわいがった。
―――
それから月日は流れ……
ジャンは今日で十歳の誕生日を迎える。
どういうことだ? 寿命は二年半じゃなかったのか?
ジャンは今も元気に、回し車で走り回っている。
なぜかは分からないが、ジャンはまだ生きている。
僕は就職して、アパートにいる時間は減ったが、相変わらずの一人暮らしだ。彼女などいない。
「おまえ、なんでまだ生きてんの?」
もちろん、返事を期待して問いかけたのではなかった。だが、予想もしないことが起こった。
「なんだ、その言い草は。オレが生きてちゃ悪いってのかい?」
「…………」
「まあ、信じられない気持ちは分かるが、これが現実だ」
「な、な……、なんでしゃべってるんだよ!」
「そんなに驚くなよ。ハムスターってのは元々しゃべる動物なんだぜ」
「いやいや、そんなわけないだろう。しゃべるハムスターがいるなんて、聞いたことないぞ」
「条件があるんだ。十年生きたハムスターのみが、知恵を付け、話せるようになるんだ。今までそんなハムスターがいなかったから、誰も知らなかったんだろう」
人類はハムスターについて、まだまだ知らないことがあったのだ!
「だが、オレの場合、そこで話が終わりじゃねえ」
「どういうことだ?」
「御主人はオレに対して、一度も雌のハムスターを用意してくれなかったよな?」
「そりゃそうだろ。繁殖されたら困るし」
「そのせいなんだ!」
「ん?」
「童貞か処女のまま十歳になったハムスターは、話せるだけじゃなく、『無属性全体攻撃』ができるようになるんだよ!」
「…………」
「おい、なんか言えよ」
「意味がわからん。なんだ、無属性って」
「まあ、御主人はゲームとか、全然やらねえからな」
ジャンはやれやれ、という仕草をして言った。
「仕方ねえ、見せてやるよ」
そう言ってジャンは、勝手にケージの鍵を開け、外に出てきた。
「おい」
「こんなもんでオレを閉じ込めておくなんて、無理な話だ」
そしてジャンは、部屋の隅に置いてある、空き缶が入っているビニール袋を指さした。
「その空き缶を三十センチほどの距離を置いて、等間隔に並べてくれ」
僕は五本の空き缶を並べた。
するとジャンは、なにやらおかしな手の動きをしながら、声を出した。
「はーむーはーむー、波ーっ!」
五本の空き缶は、一斉に倒れた。
「これが『無属性全体攻撃』だ」
「思ったより地味だな」
「かなり力を抑えたからな。オレが本気を出したら、地球が壊れちまうんだ」
ハムスターは人類の存続を脅かす危険生物だった。
―――
ジャンは話せるようになったことで、僕にいろいろな要求をしてくるようになった。
「ひまわりの種は毎日くれ」
「もっと頻繁にケージの掃除をしろ」
「回し車が、がたつくようになったぞ。新しいのを買ってくれ」
仕方ないので大抵のことは聞いてやった。
ある日、休日で家にいた僕に、こんなことを言ってきた。
「外に行ってみたい」
「なんのためにだ」
「十年も、この汚い部屋のせまいケージに閉じ込められてたんだぜ? 犬みたいに散歩させてくれよ」
「ハムスター用のリードは持ってないなあ」
「いらねえよ、御主人の肩に乗っていくからよ」
「ハア……しょうがないなあ」
僕はジャンを肩に乗せて外に出た。
途中、小学生の女の子二人に声をかけられた。
「きゃー、かわいー♪」
「なんで逃げないんですか?」
「ちゃんとしつけてあるからね」
「あの……頭なでてもいいですか?」
「いいぜ嬢ちゃん、やさしくしてくれよ」
「…………」
「…………」
こいつ、何でしゃべってやがる!
「あ、ははは、腹話術の練習してたんだ」
僕はそう言って、慌ててその場を離れた。
「ジャンのせいで、怪しいおじさんだと思われただろうが!」
「悪い悪い、初めて女の子に声をかけられたんで、舞い上がっちまったよ」
近所の公園にやって来た。
「ちょっと降ろしてくんねえか? 自分の足で走り回ってみてえんだ」
降ろしてやると、ジャンは「ひゃっほー」と言って走り始めた。
回し車と違い、ちゃんと走った分だけ移動できるので楽しそうだ。
だが、突然ジャンは硬直したように動かなくなった。
そして頬袋に貯めていた食べ物を吐き出し始めた。
ああ、これは逃げる時の動作だな。
ハムスターは、天敵に出会った時など、速く逃げられるように、頬袋の中身を出して体を軽くする。
野良猫が三匹、ジャンに近づいてくるのが見えた。
「助けてくれー!」
ジャンが僕の方に走って来た。
僕はジャンを抱え上げて、言った。
「『無属性全体攻撃』をすればいいじゃないか」
「猫は種族特性として『無属性耐性』を持っているから、オレの攻撃が効かねえんだよ!」
人類は猫についても、まだまだ知らないことがあったようだ。




