逃走劇の幕
もう逃げ道はない。今度こそ万事休すか……!? いや、諦めるのはまだ早い。
俺は【怪力】を発動し、右手のパワーを上げた。しかし当然これは生徒達相手に使う為ではない。道がないなら自分で道を作ればいい。
「……おらあっ!!」
俺は右の拳を思いっきり床に叩きつけた。それにより二階の廊下に大穴が空き、俺の身体は一階の廊下に落下した。
「いたた……」
俺は頭を押さえながら立ち上がる。いくら仮転生体が特殊とはいえ、この高さで派手に落ちたらさすがに痛いな。ひとまず危機は脱出できた。
「おい何が起きた!?」
「あいつが床に穴を開けたんだよ!!」
「はあ!? 嘘でしょ!?」
ただ突っ立って大穴から一階を覗き込むしかない生徒達。誰もこの高さから飛び降りる勇気はないようだ。しかしすぐに階段を使って一階に下りてくるだろうから、今の内に部室棟の外に出よう。
だが、それからどうする? 完全に閉ざされた氷の牢獄の中、俺は一体どこに逃げろというのか……。
☆
少々時は遡り、秋人が生徒達から逃走を始めた直後の体育館内――
「っしゃあああ完成したぜ!! おい見ろよ秋人! ついに爆笑ショートコント第二弾が――ってあれ?」
傍に秋人がいないことに気付き、体育館内を見回す圭介。
「秋人の奴、またどこかに行ったのか? つーかやけに人が少ねーな……」
圭介はコントのネタ作りに夢中で、現在秋人と生徒達による逃走劇が繰り広げられていることなど知る由もなかった。
「ま、いいか。よし、今度はぜってー滑りたくねーし、秋人が戻ってくるまでネタを煮詰めると――」
「よう、島崎」
不意に背後から名前を呼ばれ、振り返る圭介。そこに立っていたのは石神だった。
「……石神か。俺に何か用か? 今忙しいんだが」
「お前、月坂秋人と仲良かったよなあ?」
「……まあ悪くはねーな。それがどうした?」
「ちょいと訳あって、お前には月坂を誘き出すための餌になってもらう。言っておくが異存は認めねえ」
これ見よがしに指の骨を鳴らす石神。先日の恨みでも晴らすつもりなのか、石神が秋人に何かしようとしていることだけは圭介にも理解できた。
「断る、と言ったら?」
「んなもん答えるまでもねーだろ。怪我したくなかったら大人しく従うんだな」
端から見れば、平凡な高校生でしかない圭介が総合格闘技チャンピオンの石神に敵うはずもない。程なく圭介は溜息交じりに立ち上がった。
「抵抗したところで結果は同じだろうし……分かったよ」
「ククッ。物分かりがいいじゃねーか」
☆
「はあっ……はあっ……」
部室棟から飛び出した俺は今、校舎裏に身を潜めていた。息が苦しい。もう体力の限界だ。これ以上は走れそうにない。
「くそっ、どこ行きやがった!?」
「そう遠くへは行ってないはずだ! 探せ!」
すぐ近くを大勢の生徒が彷徨いている。ここも見つかるのは時間の問題だろう。春香はちゃんとトイレに行けただろうか。いやそれよりも今は自分の心配をしなければ。見つかったら最後、きっと無事では済まない。
一つだけ、この不毛な鬼ごっこを終わらせる方法がある。だがこの方法はあまりにも危険だ。下手をすれば俺の命に係わる。だけどもうそれしか――
「聞いてるか月坂秋人ぉ!!」
その時、グラウンドの方角から大声が響いた。この声、石神か……?
「どっかに隠れてんだろぉ!? いい加減出てこい!! さもないとお前の大切なお友達が大変なことになるぜぇ!!」
なっ……まさか石神の奴……!!
見つからないよう注意を払いつつ、校舎の陰から顔を出す。グラウンドの中央には野球バットを持った石神と、両手両足を縄で縛られた圭介の姿があった。あいつ、圭介を人質に……!!
「どうした月坂ぁ!! 早く出てこねーと、こいつの頭を球代わりにバッティング練習を始めちまうぞぉ!!」
バットの先を圭介の頬に押し付ける石神。俺とつるまない方がいいと警告した矢先にこれかよ。まったく神崎といい石神といい、弱者を人質に捕ることしか能がないのか。今回は転生杯の参加者じゃないだけまだマシかもしれないが……。
「秋人ー。怖いよー。助けてくれー」
圭介は棒読みで助けを求めていた。危機感ゼロかよ。だが見捨てるわけにはいかないだろう。ちょうど逃げ続けることにも限界を感じていたところだ。それにどうせ氷の牢獄にいる限り、逃げ場はどこにもない。俺は意を決し、校舎の陰から姿を見せた。
「いたぞ!!」
「捕まえろ!!」
同時に生徒達が一斉に迫ってきた。だが――
「……っ!!」
一定の距離になったところで、誰もが揃って足を止めた。俺の威圧感に気圧されたからだろう。実際今の俺はかなり憤っていた。
「俺を瀕死にしたいんだろ? なら殴るなり蹴るなり好きにすればいい。だが俺に手を出した奴は……それ相応の覚悟はしておけよ」
生徒達を睨みつけながら、俺は冷たく告げた。
「お……お前行けよ……」
「いやなんで俺が……」
もはや誰も俺に近づいてこようとはしなかった。さっきまで必死に俺を追い回していたのが嘘のようだ。
「……安心しろ。もう逃げも隠れもしない」
大勢の生徒に見送られながら、ゆっくりとグラウンドに向かう。やがて俺は石神の前に立った。
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