雪風と石神
気付けば石神は校舎の屋上まで来ていた。その中央には、一人の男が悠然と椅子に腰を下ろしている。暗闇の中なので顔はよく見えないが、その男が手に持っている物だけはハッキリと分かった。
「ピザ……!!」
石神の口からどっと涎が溢れ出る。ただの市販のピザだったが、この五日間まともに腹を満たせていない石神にとって、それは極上の食べ物に見えた。
「おや、来客か」
男は石神に見せつけるようにピザを口に運ぶ。こんな時間、こんな所に人がいるなど明らかに不自然だったが、石神にとってそんなことはどうでもよかった。
「それを寄越せ!!」
力ずくでもピザを奪い取ってやろうと、石神はその男に接近する。
「落ち着きたまえ。暴力はいけないよ」
男が右手を前にかざす。次の瞬間、複数の鋭利な氷が石神の足下に突き刺さり、石神は動きを止められた。
「な、何だこりゃ……!?」
石神は自分の目を疑った。男が何もない空間から氷を生成し、それらを放ったように見えたからだ。それと同時に直感で理解した。こいつは秋人と同じタイプの人間だ。俺の力では太刀打ちできない、と。
「てめえ……一体何者だ!?」
「ああ、自己紹介がまだだったね。僕の名前は雪風貴之。こうして出会ったのも何かの縁だ、仲良くしよう」
そう。その男の正体は、この氷の監獄を創り出した張本人にして〝60〟の痣を持つ転生杯の参加者――雪風だった。秋人達が血眼になって探している男が今、石神の目の前にいた。
一方で石神は考える。理屈は不明だが、雪風は自在に氷を生み出す術がある。そして現在、学校全体を取り囲んでいる巨大な氷の壁――
「まさか俺達を閉じ込めたのは、てめえの仕業か!?」
「さて、どうだろうね。それより君、とてもお腹を空かせてるように見えるけど、大丈夫かい?」
「大丈夫なわけねーだろ!! もう五日間もろくに食ってねーんだぞ!!」
答えなど分かりきった意地の悪い質問に、石神は怒りを露わにした。
「まだたったの五日間じゃないか。無人島に漂着したり山で遭難したりすることに比べたら遙かにマシだろう? まったく現代っ子は忍耐力が足りないな」
「どの口が言いやがる!! これ見よがしに旨そうなモンまで食いやがって……!!」
「このピザのこと? 所詮は冷凍食品のピザだし、別にそこまで美味しいとは思わないけどね。そうだ、君にも何か食べ物を恵んであげようか?」
「何……!?」
「ああでも困ったな、今は他に持ち合わせがなかった。このピザでよければあげるよ、ほら」
雪風は食べかけのピザを放り投げ、コンクリートの床に落とした。
「……っ!!」
「どうした? 食べないの?」
人の尊厳を踏みにじるような、卑劣極まりない行為。だが石神は気付けば膝をつき、無我夢中でそのピザを頬張っていた。
「どう? 美味しかった?」
ピザを食べ終えた石神を愉悦の表情で見下ろしながら、雪風が尋ねる。
「ぐっ……うるせえ!! 俺達を閉じ込めたのはてめえなんだろ!? 今すぐここから出しやがれ!!」
「残念ながらそれはできない。僕にはある目的があってね。その目的を成し遂げるまで、この氷世界に幕を下ろすつもりはない」
「目的……!?」
わざとらしく思案する様子を見せた後、雪風は口を開いた。
「よし。お友達になった記念に、君だけには特別に教えてあげよう。僕にはどうしても排除したい人間がいてね。朝野比奈、青葉春香、そして月坂秋人。この三人だ」
秋人の名前を聞いて、石神は目を見開く。もっとも雪風の真の目的は別にあったが、そこまで話す義理は雪風にはない。
「……どうして、そいつらを?」
「話すと長くなるから、理由は割愛させてくれ。早くここから出たいんだろう? だったら僕に協力してくれないか?」
「……協力って、具体的には何をすりゃいいんだ」
「簡単なことさ。その三人を殺してほしい」
「殺っ……!?」
まるでおつかいに行かせるような感覚で口にする雪風に、石神は衝撃を受けた。
「ふざけんな!! いくらなんでもそんな――」
「おっと失礼、一般人に人殺しはハードルが高いか。なら少し難易度を下げよう。その三人に致命傷を負わせることができたら、皆を解放することを約束する」
「致命傷……」
さすがの石神も殺人は憚られるが、その程度ならやれる。秋人に強い憎しみを抱く石神にとっては悪くない提案だが、問題は他の二人だ。
「どうした? 何か不満かな?」
「……月坂以外の二人は女だろ? 俺は女に手を上げる趣味はねえ」
「おや、意外と紳士だね。いいだろう、標的は月坂秋人だけで構わない。僕にとっても一番排除したいのは彼だからね。それでいいかな?」
「……ああ」
秋人とまともにやり合っても勝ち目はないだろうが、致命傷を与えるくらいなら可能だろうと石神は考えた。
「それと、君には三つほどお願いしたいことがある。①生徒達に噂を広めること。月坂秋人に致命傷を負わせたらここから出られるそうだ、とね」
「……生徒全員に月坂を狙わせるつもりか?」
「ああ。その方が盛り上がるだろうしね」
不敵な笑みを浮かべながら、雪風が言った。
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