スキル略奪
「えーっと、一、二、三、四……。テメーで五人目か。何の数字かって? 俺がこの転生杯で葬った人間の数だよ!」
やけに闘い慣れた雰囲気は感じていたが、既に四人もの人間が、こいつの餌食になっていたのか。
「クッ、ハハハハハ!! いいねえ、その絶望した顔!! 今まで殺した奴等も同じような顔をしてたなあ!! どうする、命乞いでもするか!?」
鮫島は俺の目の前に立ち、狂笑に歪んだ顔で俺を見下ろす。
「ハッ、もう喋ることもできねーか。せっかくだから二度目の死を目前にした感想でも聞きたかったんだけどなあ。どうだ今の気分は? 痛いよなあ! 苦しいよなあ!! だが安心しな、俺がすぐに楽にしてやるからよお!!」
トドメを刺すべく、鮫島が瀕死の俺に拳を振り下ろす。こんな至近距離でこいつの拳を喰らったら、俺の身体は原型も保てなくなるだろう。しかし今の俺に回避する術などあるはずもなく、奴の拳が俺の身体に炸裂した。
「いっ……!?」
その一撃で俺は絶命し、早々に転生杯の脱落者となった――かに思われたが、不可解なことに俺はまだ生きていた。今の鮫島の一撃が、先程までと比べて威力が格段に落ちていたからだ。まるでスキルを使わずに、ただ殴っただけのような……。
「……ああん?」
そのことに奴も気付いたのか、疑念の眼差しを自らの拳に向けていた。
「おいおい、どういうことだ……!?」
今一度自分のスキルを確認するかのように、何度も地面を殴り始める鮫島。先程は大穴を開けられていた地面だが、今はビクともしない。いよいよ鮫島の表情に焦燥が見え始める。
「ちくしょう、スキルが発動しねえ!! どうなってやがる!?」
明らかに動転した様子の鮫島。俺にも何が起きたのか分からない。鮫島がスキルを発動できなくなった? それともスキルそのものが消えたのか?
「!!」
直後、俺の脳裏に〝怪力〟の二文字が浮かび上がった。まさかこれって、俺の【略奪】が発動して鮫島の【怪力】が俺のものになったのか!? それなら奴がスキルを発動できなくなったのも説明がつく。
何故このタイミングで【略奪】が発動したのか。俺が瀕死の状態になったから? 奴が俺の身体に触れたから? いや発動条件について考えるのは後にしよう。まずはこの闘いを終わらせるのが先だ。
「う……おおおっ……!!」
俺は消えかかっていた闘志を再び燃え上がらせ、歯を食いしばりながら立ち上がった。身体がガクガク震える。視界がグラグラ揺れる。またすぐに倒れてしまいそうだ。だが耐えろ。気力を振り絞れ。俺はこんなところで、くたばるわけにはいかない……!!
鮫島は絶賛動揺中であり、俺が立ち上がったことにも気付いていない模様。倒すなら今しかない。一撃で決めるのが理想ではあるが、俺のパワーなんて高が知れている。ならば早速、奪い取ったスキルを使わせてもらおう。
スキル【怪力】を発動!!
俺は自分の右手に意識を集中させながら、心の中で叫ぶ。すると瞬く間に右手の力が漲っていくのがハッキリと分かった。どうやら発動に成功したようだ。このスキルは発動条件が単純で助かった。あとはこの拳を奴にお見舞いするだけだ。
「ハッ、まさかテメーのスキルの仕業――」
ここでようやく、鮫島の目線が俺の方に向けられる。だがその時にはもう、俺は鮫島の至近距離で拳を握りしめていた。もはや防御も回避もできまい。
「おおおおおっ!!」
雄叫びを上げながら、俺は右の拳を炸裂させた。その威力は俺の想像よりも遙かに凄まじく、俺の拳は鮫島の胸部を貫通した。
「がはっ……!!」
その一撃で、勝負はついた。俺が鮫島の身体から右手を引き抜くのと同時に、鮫島は地面に倒れた。起き上がってくる気配もない。間違いなく絶命している。
「や……やった……」
たった今、俺は一人の人間を殺した。だが思いの外罪悪感はなく、自分の命が助かったことに対する安堵感しかなかった。そもそも俺ら転生杯の参加者は一度死んでいるわけだし、ただ本来還るべき場所に還っただけ。そう考えると罪悪感が湧かないのも不思議ではないと、俺は自分を納得させた。
きっとこいつも俺と同じように、かつて激しい憎しみや怒りを抱きながら死んでいったのだろう。一体どのようにして死んだのか少し気になったが、今となってはそれを知る術はない。
程なくして鮫島の身体は塵となり、風に流されていった。どうやら仮転生者の肉体は絶命したら消滅するらしい。死体が残らないのは色々と都合が良いな……。
「っ……」
直後に俺は力尽き、再び地面に倒れた。まずい、全身の血が止まらない。もう自力で起き上がる力も残っていない。なんとか闘いを制することはできたが、このままでは俺も鮫島と同じ道を辿ってしまう。
「だ……誰……か……」
もう大声を発する気力もない。誰か、誰か近くにいないのか。もうこの周辺の一般人は全員遠くに避難してしまったのか。仮に誰かが発見して病院まで運んでもらったとしても、それまで俺の命が保つかどうか……。
「っ!?」
その時、再び右腕の焼けるような痛みと共に、痣が光り出した。ということは、ここにきて新たな敵か……!? おいおい冗談だろ、こんな状態で闘えるわけがない。
足音が静かに近づいてくる。間もなく朧げな視界の中に、一人の人物が現れた。その右腕には〝39〟の痣が光っている。やはり転生杯の参加者か。十中八九、俺の息の根を止めに来たのだろう。
だが、俺はまだ死ぬわけには……。駄目だ、意識が遠のいていく……。ちくしょう、ここで終わりかよ……。
忸怩たる思いを胸に抱きながら、俺は気を失った。