ラブホテル
「はああああああああああ!?」
俺は絶叫した。春香の奴何考えてんだよ!!
『作戦その四、一緒に裸になれ! 親しくなった男女ってこういうホテルで裸になるんでしょ? なんでそんなことするのかよく分かんないけど、裸になれば確実に右腕が見られるじゃない!』
アホか!! いや間違ってはないけども!! 六歳の無垢っぷり怖すぎ!!
「そんな……秋人さん……」
千夏はその場で硬直していた。まずい、まだ出会って間もない関係でホテルに連れ込もうとする男とか幻滅されるに決まってる。好感度が急降下すれば右腕を確認するどころじゃなくなるぞ。
「違うんだ千夏!! ちょっと道を間違えたというか――」
「ま、まだ夕方ですよ……? 心の準備もできてませんし……」
……ん?
「でも、秋人さんがどうしてもと言うのなら……。こ、こういうのは初めてなので、自信はないですけど……」
まさかのノリ気!?
「落ち着け千夏!! こういうのは順序というものが――って違う!! そもそも未成年はこんなところに入れないだろ!! いいから行くぞ!!」
「えっ!? あ……はい」
俺達は早急にラブホテルから離れたのであった。
『どうしてホテルに入らなかったのよ! 最高の作戦だと思ったのに!』
最低の作戦だよ。幸い幻滅はされずに済んだようだが。
「……ふふっ」
それからしばらく街道を歩いていると、不意に千夏が笑みをこぼした。
「どうした?」
「あ、いえ! 今日の出来事を思い返してたら、なんだか楽しい気持ちになっちゃいまして。さ、さっきのは予想外でしたけど……」
それは本当にすまん。
「私、こうして男の人と色んな所で遊ぶのって初めてだったんですけど、こんなに楽しいものなんですね。今日のことは一生の思い出になりそうです」
「ははっ、それは大袈裟じゃないか?」
「そんなことありませんよ。本当にそう思います」
「…………」
幸せそうに微笑む千夏を見て、俺は胸が痛くなった。千夏は心から、俺との時間を楽しんでくれている。一方の俺はどうだ? 千夏の右腕を確かめることばかり考えて、心から楽しんでいると言えるか? 転生杯の参加者とかどうとか以前に、一人の男として、俺の行動はどうなのだろうか……。
そんなことを考えている内、俺は無意識に足を止めた。
「……秋人さん?」
「すまん、ちょっとトイレ」
俺はトイレに行くフリをしながらスマホで春香に連絡し、適当な場所で春香と落ち合うことにした。
「どうしてアタシの所に来るのよ。今は千夏ちゃんとのデートの最中でしょ?」
「……すまん春香。色々と作戦を考えてくれたのに申し訳ないけど、もうそういうのはやめにしよう」
俺はインカムを耳から外し、春香に返した。
「……突然どうしたの?」
目を丸くする春香。今日やってきたことを全て無意味にするような発言なので、驚くのは当然だろう。
「なんというか、どんな目的があろうと裏でコソコソやるのは千夏の気持ちを蔑ろにしてるような気がして、男としてそれでいいのかと思ってな……。まあ、男のプライドってやつだ」
「……ふーん。なるほどね。分かったわ」
意味深な笑みを浮かべる春香。反発されるかもと思っていたが、意外にもあっさり納得してくれた。
「でもまだ千夏ちゃんが転生杯の参加者って可能性はゼロじゃないのよ? 秋人は自分の命の危険より、男のプライドとやらを優先するつもり?」
「……そういうことになるな。笑いたきゃ笑えよ」
やれやれといった顔で、春香は嘆息する。
「まったく、そこまで言われたら引き下がるしかないじゃない。どうやらアタシはお役御免みたいね」
「……恩に着る」
「でも分かってると思うけど、千夏ちゃんが転生杯の参加者かそうでないかっていう問題を放置していいわけじゃないわよ。それはどうするつもりなの?」
「それは、まあ……。なんとかするよ」
俺は春香と別れ、千夏の所に戻った。もう夕暮れ時になってしまったが、残りの時間は俺も普通にデートを楽しむとしよう。
それから俺と千夏は映画館で映画を観たりゲームセンターで遊んだりして過ごし、気付けば時刻は九時を過ぎていた。そして俺達は今、噴水広場のベンチに座って心地よい夜風に当たっていた。
「ありがとな、こんな時間まで付き合ってくれて」
「い、いえ! 誘ったのは私の方ですし、こちらこそありがとうございます!」
「もうこんな時間だけど、平気か? 両親が心配してるんじゃ……」
「あ、それなら大丈夫です。お父さんもお母さんも仕事が忙しくて滅多に帰ってこないので、実質一人暮らしのようなものですから」
寂しげに呟く千夏。その表情は思わず見とれてしまうほど、月明かりに映えていた。
「……あ、そういえば」
俺はポケットからイルカのキーホルダーを取り出した。
「それ、先程秋人さんがクレーンゲームで取った……」
「ああ。千円以上持って行かれたけどな……」
プレイしてる最中は絶対に取ってやると必死だったが、何故こんな物に千円以上も費やしてしまったのだろうかと今にして思う。
「これ、千夏にやるよ」
「えっ!? いいんですか!?」
「ああ。元々千夏にプレゼントするつもりで取った物だしな。あまりプレゼントって感じはしないかもだけど」
「と、とんでもないです! 凄く嬉しいです!」
千夏はキーホルダーを受け取ると、それをとても愛おしそうに胸の前で握りしめた。
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