女子トイレの邂逅
まったく、嫌な予感が的中しちゃったよ。まあ所詮中身は六歳の女の子だし最初から大して期待はしてなかったが。しょうがない、沢渡達は一人で探すとしよう。
俺は四階に上がり、三年の教室を順番に見て回る。クラスはAからEの五クラス。この中に沢渡達がいるはずだ。あいつらの顔はハッキリと覚えているので発見したらすぐに分かるだろう。ただし俺が視た真冬の記憶は二年前のものなので、よっぽど顔が変わってない限りは、だが。
全ての教室を見て回ったが、三人とも姿は見当たらなかった。昼休みなので教室から出ている生徒も多い。せめてあいつらがどのクラスか分かればいいんだが。真冬はそれくらい把握してるだろうし、予め聞いておけばよかった。って今はスマホがあるんだし普通に連絡すればいいだけの話――
「はあ!? 今日も払えないってどういうことだよ!!」
通りかかった女子トイレの奥から響いてくる声に、俺は足を止めた。間違いない……この汚らしい声は、沢渡だ。多分とかおそらくとか、そんな度合いではない。真冬の記憶の中で、最も忌まわしい声。
「あのさあ、アタシらが何の為に時間を割いて千夏ちゃんを教育してあげてるか分かってる? 教育費はちゃんと払ってくれないと困るんだけど!」
「ごめんなさい……もうお金がなくて……」
聞こえてくる声は四つ。沢渡の声。クスクス笑う女子二人の声。弱々しい女子の声。俺は躊躇なく女子トイレに足を踏み入れた。
その場にいたのは案の定沢渡達三人と、そいつらに迫られている女子。その光景を目の当たりに瞬間、俺は怒りのあまり全身の血が沸騰しそうになった。こいつら性懲りもなくまだこんなことをやってるのか。真冬がいなくなったから、別の女子をイジメの標的にして。どこまで性根が腐ってやがる……!!
だが見方を変えれば、この現状はある意味好都合とも言える。もしこいつらが真冬の自殺をきっかけに改心して優等生にでもなっていたら、真冬の復讐心が揺らいでいたかもしれないからだ。
今すぐこいつらをブチのめしたい衝動に駆られたが、俺は必死に堪える。そんなことをすれば真冬の復讐ではなくなってしまう。あくまで俺は真冬に協力している立場だということを忘れるな。
「ああ!? 何だテメー、ここ女子トイレだぞ!」
俺の存在に気付いたらしく、沢渡達がこちらを向いた。正直目も合わせたくない連中だが我慢するしかない。
「あー、悪い悪い。転入初日で道に迷っちゃってさ。それよりアンタら何やってんの?」
「テメーには関係ねーだろ。さっさと出て行けよ!」
「こんな状況を目の当たりにして大人しく出て行けるわけないだろ」
俺は静かに沢渡達のもとへ歩み寄っていく。
「なあ、イジメってそんなに楽しいか? もっと有意義なことに時間を使おうとは思わないのか?」
「説教うっざ。正義のヒーローごっこなら幼稚園でやってろっての」
「幼稚園児以下の知能しかなさそうな雌猿に言われたくはないな」
この言葉が利いたのか、沢渡は俺を鋭く睨みつけながらモップブラシを手に持った。
「……喧嘩売ってんのか?」
「そうだよ、やっと気付いたか。雌猿でもそれくらいは理解できるらしいな」
「死ね!!」
沢渡がモップを勢いよく振るう。だが俺は敢えて動かない。モップの先端が俺の顔面に炸裂し、俺は床に叩きつけられた。
「ぷっ。あははははは!! なんだこいつ、威勢がいいのは口だけかよ!!」
下品な笑い声を上げる沢渡達。俺は口の端から流れ出る血を拭いながら、ゆらりと立ち上がった。
「へえ、意外と丈夫だな。いいサンドバックになりそうじゃん」
「……ふっ。くくっ……」
我ながら不気味な笑みがこぼれる。この程度の痛み、真冬が味わった苦しみに比べたら大したことはない。
「〝今は〟我慢してやるよ。お前らに手を下すのは俺の役目じゃないからな……」
「はあ? 何言ってんだこいつ。気持ちわりぃー」
「さぁて。喧嘩を買ってくれたのは嬉しいが、ここはちょいと狭い。場所を変えたいとは思わないか?」
「はっ、そりゃ良い提案だ。なら放課後、校舎裏に来い。お前もアタシらが直々に教育してやんよ」
「……そいつは楽しみだ」
校舎裏か。上手く因縁をつけることに成功したのはいいが、作戦では廃工場に誘き出す予定だったので場所が異なる。だが先に場所を指定された以上、下手に変更しようとすれば不審に思われるかもしれない。
「千夏ちゃんはまた今度相手してあげる。今の内に病院の予約でもしときな、正義のヒーロー様。あははははは!!」
モップを床に放り投げ、沢渡達はトイレから出て行った。まさか登校初日にいきなり沢渡達と衝突することになるとは、良い意味で予想外だ。これは思ったよりも早く片付きそうだな。とりあえず真冬と春香に報告しよう。
「あ、あの!」
俺がトイレから出ようとしたところ、沢渡達からイジメを受けていた女子が駆け寄ってきた。
「えっと……。千夏さん、でいいんだよな?」
「はい。先程は助けていただいてありがとうございました……!!」
深々と頭を下げる千夏。別に俺はこの子を助けたかったわけじゃない。あくまで真冬の復讐の為に動いただけだ。だから正義のヒーローというのは見当違いにも程がある。






