凄惨な過去
真冬は強いな。俺なんて黒田のことを話そうとしただけで吐き気や震えが止まらなかったというのに。真冬は深呼吸をした後、静かに口を開けた。
「イジメのきっかけとなった出来事は、高校に入学してから三ヶ月ほど経った頃。私はある男子から告白された」
「告白!?」
「ん。その男子は入学早々にして運動部のエースで顔も良くて女子人気ダントツトップ。まさか地味で無口で内気な私が告白されるなんて思いもしなかった」
「そういう子が好きな男子ってわりと多いもんねー」
「そ、それで真冬はなんて返事したんだ!?」
思わず俺は声を荒げてしまう。
「落ち着きなさいよ秋人、動揺しすぎでしょ。あくまで生前の話なのに」
「あ、いや、別に動揺してるわけじゃ……」
「断った。生前の私は男子に興味なかったし。その男子が何の部活のエースだったか、名前すらも覚えてないくらい」
「な、なんだ……」
俺は大きく安堵した。っていやいや今そこは重要じゃないだろ。
「それで、その男子とイジメに何の関係が?」
「後から聞いた話によると、私が告白される前に、沢渡がその男子に告白してフラれたらしい。だから私がその男子に告白されたことが、沢渡には気に食わなかったみたい。その出来事をきっかけに、私は沢渡達からイジメられるようになった」
そういうことか、と俺は心の中で納得した。
「そこから地獄のような日々が続いた……。親には心配をかけたくなくて、何も言えなかった。先生に相談したりはしたけど、まともに対応してもらえなかった。沢渡が権力者の娘だったから、先生達も手を出せなかったみたい」
「……酷い話だな」
「だけど口で説明するだけでは大して伝わらないだろうから、秋人には直接〝視て〟もらおうと思う」
どういう意味だろうと俺が首を傾げていると、真冬が椅子から立ち上がり、俺に歩み寄ってきた。
「以前私がスキルを使って秋人の記憶を読み取ったこと、覚えてる?」
「ああ、勿論」
そのおかげで黒田の住所を特定することができたんだよな。未だにスキル名は教えてもらってないけど。
「その逆をやる。私の記憶の一部を秋人に読み取らせる」
「へえ、そんなこともできるのか」
「ん。もし抵抗があるならやらないけど」
「いや大丈夫だ。遠慮なくやってくれ」
これを行うとまるで自分が体験したような感覚に陥るので、つらい記憶を読み取るとかなり精神がやられる……そう真冬は言っていた。だから正直気負ってはいるが、真冬はそれを承知の上で俺の記憶を読み取ってくれた。なのに俺が拒んだらただの根性なしではないか。
「それじゃ、目を閉じて」
真冬が俺の額に人差し指を当て、俺は目を閉じる。次の瞬間、俺の意識は渦のように吸い込まれていった。
ふと気が付くと、俺は冷たい床に座り込んでいた。目の前には気色悪い笑みを浮かべた三人の女がいる。さっき真冬が見せた写真の女達だ。
間もなく俺は理解した。ここは真冬の記憶の世界。俺の意識と真冬の記憶が繋がったらしい。どうやら真冬は女子トイレで沢渡達からイジメを受けている最中のようだ。
「おーらよ!」
沢渡がバケツに入った冷水をぶっかけてきた。下品な笑い声を上げる女達。反撃したいところだが、俺はただ真冬の記憶を視ているに過ぎないので、悔しいが何もできない。
「あのさあ、アタシらだって本当はこんなことしたくねーのよ? だけど真冬ちゃんってほら、なんか調子に乗ってるじゃん? だからアタシらがこうやって教育してあげないと駄目じゃん? そこ分かってる?」
「私は……調子に乗ってなんか……」
「あぁ!? 誰が喋っていいっつった!?」
沢渡がモップブラシを顔面に押し付けてきた。更にそのブラシで何度も全身を殴ってくる。他の女二人はその様子を携帯で撮影していた。
「やべ、もうバイトの時間じゃん。そんじゃ真冬ちゃん、今日の分の教育費ちょーだい。ほんと出来損ないを教育すんのも楽じゃねーわ。今日は特別価格の一万円で許してあげるよん!」
沢渡が笑顔で右手を差し出してくる。
「もう……お金ない……」
「はあ!? ざけんなブス!! JKなら金を稼ぐ方法なんていくらでもあんだろが!! そういうとこが調子に乗ってんだよ!!」
沢渡から髪の毛を鷲掴みにされ、後頭部を壁に激しく打ち付けられる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
真冬は痛みに耐えながら、ただひたすら謝ることしかできなかった。
場面が切り替わり、朝の登校風景。真冬が靴箱を開けると、中には画鋲がビッシリと貼り付けられた上履きがあった。真冬は泣きそうになるのを堪えながら、上履きの中の画鋲を黙々と剥がす。全ての画鋲を取り除いた頃には、チャイムが鳴って朝のホームルームが始まる時間になっていた。
教室に入り、自分の席に向かう。机は彫刻刀でも使ったのか「死ね」「失せろ」などの文字が刻まれ、椅子には墨汁がぶっかけられている。失意の底に沈む真冬を、ニヤニヤしながら見つめる沢渡達。他の生徒達は気まずそうに目を逸らしている。
「遅刻ですよ、東雲さん。早く席に着きなさい」
教師も見て見ぬフリ。もはや真冬に手を差し伸べてくれるものなど誰もいなかった。






