頬の感触
「またいつか来ような。今度は四人で」
「……ん」
春香、真冬、千夏と、この遊園地で目いっぱい遊び尽くす。その光景を想像するだけで楽しい気持ちになった。
「それで、二つ目の理由は?」
「二つ目は……」
潤んだ瞳で俺を見つめながら、真冬は言った。
「秋人と、デートしたかったから」
その瞬間、胸の鼓動が最高潮に達した。観覧車の頂上。窓から差し込む夕日。見つめる二人の男女。まるでドラマのような雰囲気の中、俺は湧き上がってくる衝動を抑えることができず、気付けば真冬の両肩に手を置いていた。
「……っ」
一体俺が、何をしようとしているのか。それを察したからか、真冬の顔が赤く染まる。やがて真冬が、俺を受け入れるように、そっと目を閉じた。俺は少しずつ、顔を近づけていく。あと数ミリで唇が触れ合おうとした時――
「……ごめん」
俺は自分から顔を遠ざけてしまった。目を開けて、不思議そうに俺を見つめる真冬。
「秋人……?」
「今はまだ、真冬とこういうことはできない。いや、する資格がない……」
俯きながら、真冬の肩から手を離す。しばらく沈黙が流れた後、真冬が口を開いた。
「やっぱりそれは、千夏が関係してるの……?」
「……ああ」
俺は千夏の想いに気付いていた。気付いていたのに、千夏は一般人だからと自分に言い聞かせて、正面から向き合おうとしなかった。今はそれが間違っていたと分かる。俺はただ、自分の気持ちを有耶無耶にしていただけだ。
「自分勝手というのは分かってる。だけど自分の気持ちにちゃんと答えを出さないまま、真冬との関係を進めるのは、なんだか違う気がする。だから千夏を取り戻すまで、待っていてくれないか……?」
たとえ今の千夏が生前の人格や記憶を失っていたとしても、心に俺達との思い出が残っているのなら、必ず元の千夏に戻ってくれるはず。そして今度こそ、千夏の想いに正面から向き合ってみせる。
「……ん。でも……」
真冬は頷きながらも、不安げな眼差しを俺に向ける。
「千夏を取り戻して、秋人が千夏の想いを受け入れたとしたら……。その時、私はどうすればいいの……?」
「……それは――」
次の瞬間、真冬が素早く両手で俺の口を塞いできた。
「待って。ごめん、今のナシ。何も言わないで」
「…………」
真冬の手の震えが伝わってくる。俺が頷くと、真冬はそっと俺の口から手を離した。
「……秋人。一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「私も千夏を取り戻したいって気持ちは同じ。だけどもし、千夏と闘わざるを得ない状況になったら、秋人は千夏と闘える……?」
「そんなの……!!」
そんなの、答えは決まっている。
「闘えるわけ、ないだろ」
たとえ俺達と過ごした記憶を失っていたとしても、千夏が俺達の仲間だ。仲間と闘えるわけがない。
「秋人なら、そう答えると思った。秋人は本当に、仲間のことを大切に想ってるから」
それから真冬は、決意を秘めた目で、こう言った。
「だからその時は、私が千夏と闘う」
「えっ……!?」
俺は自分の耳を疑った。これまでサポートに徹していた真冬が、自ら闘うと言い出したのだから。
それに兵藤との闘いを見た限り、千夏には他人のスキルをコピーする強力なスキルがある。たとえ俺が全力を出したとしても、勝てるかどうか分からない相手だ。とても真冬が太刀打ちできるとは思えない。
「本気で言ってるのか……?」
「本気。私が千夏と闘う。これは……女と女の闘いだから」
静かに闘志を燃やす真冬を見て、男の俺は何も言えなくなってしまった。
真冬と千夏が闘う。本当にそんなことになったら、その時俺はどうすればいいのか。その闘いを止めるべきか、それとも黙って見守るべきか。いくら考えたところで、答えなど出るはずもなかった。
ふと、窓の外に目をやる。いつの間にかゴンドラは地上付近まで降りてきていた。これで終わりかと思うと、寂しい気持ちになってしまう。
「ありがとな真冬、俺を遊園地に連れてきてくれて。今日は本当に楽しかった」
「……秋人」
「ん?」
名前を呼ばれたので真冬の方を振り向こうとした、その時。俺の頬に、柔らかいものが触れた。真冬が俺の頬にキスをしたのだ。
「ま、真冬!?」
突然の出来事に気が動転しそうになる。真冬は顔を真っ赤にして、自分の唇を指でなぞっていた。
「これくらいなら、いいでしょ」
間もなくゴンドラが地上に着いた。そしてドアが開くのと同時に、真冬は逃げるように飛び出していった。
「ちょっ、真冬!? 待ってくれ!!」
頬に残った感触を確かめながら、すぐに真冬の後を追いかけたのであった。
☆
「秋人、体調はどう?」
翌朝。テレビを観ながら朝食のサンドイッチを食べていると、春香が聞いてきた。
「もうすっかり元気だ。心配かけたな」
「そっ。なら良かった」
遊園地で遊んでいる内にモヤモヤも吹き飛んでしまった。これで学校にも問題なく行けそうだ、と言っても今日は土曜日なので休みだけど。
無論、復讐を諦めたわけではない。いずれ必ず真犯人を見つけ出し、この手で復讐を遂げる。たとえ何があろうと、その意志が揺らぐことはない。
ブックマーク・評価をいただけると優秀なスパイになれそうです。よろしくお願いします。






