ペンダント
「また新たなスキルか。本当にいろんなスキルを持ってるんだな。正直羨ましいよ」
俺は立ち上がり、細道と向かい合う。今は地面に立っているが、攻撃を仕掛けたところでまた空中に逃げられるのがオチだろう。まずは細道から機動力を奪う必要がある。何か良い方法は……。
くそっ、頭が回らない。真冬には心配するなと言ったが、自分が思ってる以上に復讐の空振りが尾を引いてるのかもしれない。せめて一瞬でいい、細道の動きを止めることができれば――
「「!?」」
その時、背後でけたたましい音が鳴り響き、俺と細道はビクリと肩を揺らした。何が起きたのかと思ったが、すぐに状況を理解した。俺の考えを察知した真冬が防犯ブザーを鳴らしたのだ。何かあった時は鳴らすとは言っていたが、こんな形で使うとは。
防犯ブザーの音に驚いた細道が一瞬硬直を見せる。欲しかったのはその一瞬だ。すかさず俺は【氷結】を発動し、俺と細道を囲むように氷のドームを生成した。
「何……!?」
ドームに閉じ込められ、狼狽する細道。普通ならドームが形成される前に逃げられただろうが、真冬の防犯ブザーのおかげで動き出しを遅らせることができた。
「これでもう、どこにも逃げられないな」
「くっ……そんな……!!」
見たところ細道の【重力】は、自身以外の重力を操作する場合は対象に触れる必要がある。よって俺にかかる重力を増加させて動きを止める、といった真似はできない。つまり細道にはもう打つ手がないということだ。
「言っただろ。俺は一人で闘ってるつもりはないってな!!」
俺は【怪力】を発動し、細道に渾身の拳を叩き込んだ。
「がはっ!!」
細道の身体はドームの壁ごと吹き飛び、派手に地面を転がった。直後にドームは崩れ、俺は背後に立っていた真冬と小さく頷き合う。あの場面でよく俺の考えを汲み取ってくれたものだ。
「ああ……僕の負けか……。強いな君は……。いや君達、か……」
俺は地面に横たわる細道のもとまで歩み寄る。致死量の出血をしており、起き上がってくる様子もない。間もなく絶命するだろう。
「悪いな。お前に恨みがあったわけじゃないんだが……」
「……分かってる」
全てを諦観したような顔で、細道は呟いた。転生杯に参加した以上、このような末路を迎えることも覚悟の上だったのだろう。それから細道は最後の力を振り絞るように、首から下げていたペンダントを外し、俺に差し出してきた。
「彼女に……佐由に渡してくれないか……? 佐由との……思い出の……ペンダントなんだ……」
俺は細道からペンダントを受け取り、静かに頷いた。
「……必ず渡す」
そう言うと、細道は満足そうに微笑んだ。そして【略奪】を発動し、細道の【重力】を俺の中に付与する。やがて細道の身体は塵となり、消滅した。
「……秋人」
真冬が俺の傍まで来て声をかける。また一人転生杯の参加者を脱落させ、所持スキルも一つ増えた。しかし俺は素直に喜べなかった。
「やっぱり、後味が悪いもんだな。望まない殺人ってのは」
この感じ、佐竹の時と同じだ。だが俺達が転生杯で生き残る為には必要な犠牲、俺はそう自分に言い聞かせた。
地面が割れる音やら防犯ブザーの音やらを聞きつけて人が集まり始めたので、俺と真冬は速やかにこの場を去った。幸い戦闘での汚れはほとんどなかった為、俺達は身体を休めた後、そのまま細道の彼女の自宅を訪れた。
玄関のチャイムを押すと、ドアが開いて一人の女子が顔を出した。若杉佐由、細道の彼女だ。アジトで顔は確認していたので間違いない。
「えっと……どちら様でしょうか……?」
俺と真冬を交互に見て、怪訝な表情を浮かべる若杉。そりゃそうだ、こんな夜遅くに見知らぬ男女が訪ねてきたら誰だって警戒する。ドアを開けてくれただけでも僥倖だろう。
しかしどう説明したらいいものか。細道の知り合いというのも違うし、細道を殺した張本人ですなんて言うわけにもいかない。ちゃんと考えてから来ればよかった。
「……秋人」
急かすように真冬が肘で小突いてくる。俺は台詞が纏まらないまま、ポケットからペンダントを出した。
「これ……細道から預かったものです」
とりあえずそう言ってペンダントを見せると、若杉は不思議そうに首を傾げた。
「細道って、どなたですか?」
「「……!!」」
俺と真冬は顔を見合わせる。既に支配人による改竄が行われ、若杉の中から細道の記憶が失われていたのだ。今回に限ってやけに仕事が早い。
つまり今の若杉にとって、このペンダントは何の思い入れもない、赤の他人の持ち物ということになる。そんな物を貰ったところで困るだけだろう。しかしこのペンダントを若杉に渡すことが、細道の最期の願いだった。細道を手にかけた者として、それだけは叶えてやらなければならない。
「……よかったら、受け取ってくれませんか?」
駄目元でペンダントを若杉に差し出す。彼女は困惑した様子を見せながらも、そのペンダントを受け取ってくれた。
しばらく無言でそれを見つめる若杉。すると予期せぬことが起きた。彼女の目から涙が溢れ始めたのだ。
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