外道の最期
「お前は俺を死に追いやったんだ。それも死刑という残酷な形でな。だったらお前も死なないと釣り合わないよなあ!!」
「う……ぐ……」
「なーに、あんな豪邸に住んでんだから貯金はたんまりあるんだろ? ならお前の家族も残りの人生に不自由はしないだろうし、何も心配することはないだろ。安心してあの世に逝け」
僅かな沈黙の後、黒田は弱々しくこう呟いた。
「ごめんなさい……俺が……私が……悪かったです……ごめんなさい……」
「……はあ」
ようやく謝ったか。だが今更謝罪されたところで俺の溜飲は下がらない。
「楽しかったか? 人を一人死に追いやって! 自分は幸せな生活を手に入れて!! 楽しかったかよ、なあ!?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「おい、ちゃんと答えろよ。楽しかったかって聞いてるんだよ!!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「……はあ」
壊れた録音機のように同じ言葉を繰り返す黒田を見て、俺の中から執着心が消えていくのを感じた。駄目だ、こいつの心は完全に折れている。もう俺が何を言っても、まともな言葉は返ってこないだろう。いつまでも壊れた玩具で遊ぶ趣味はない。そろそろ終わりにしよう。
「もういい。死ね」
俺は左手で黒田の頭部を掴んだまま、右手に力を込め――黒田の心臓部を貫いた。僅かに呻き声を上げた後、黒田は息絶えた。
「……ふ」
黒田の死体を放り投げ、真っ赤に染まった自分の右手を見つめる。殺した。ついに殺した。憎き黒田を、この手で。
「ふっ……くくっ……あっはっはっはっはっは!! あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
俺は狂ったように笑い声を上げた。鮫島や愛城のような、元々死んでるとは違う。初めて生きた人間を殺した。生前に殺人犯の汚名を着せられて死んだ俺が今、正真正銘の殺人犯となったわけだ。
しかし俺には罪悪感など微塵もなかった。それどころか史上最高の爽快感を味わっている。ああ、気持ちいい。復讐ってこんなに気持ちいいものなのか。
「なあ、なんかあっちから笑い声しねえ?」
「酔っ払いでも暴れてんじゃね? 見に行ってみようぜ!」
その時、遠くから男二人の声が聞こえてきた。しまった、ちょっとエキサイトしすぎたか。仮転生体と違って普通の人間の死体は消滅してくれないので、この現場を目撃されると面倒なことになりそうだ。もう少し余韻に浸りたかったがしょうがない。
「げっ、なんだこれ!? 血!?」
「うわあああああっ!! ひ、人が死んでるぞ!!」
男達が悲鳴を上げた時には、俺はトンネルから去っていた。間違いなく警察に通報されるだろうが、まあ問題はないだろう。
斯くして俺は、かねてからの悲願だった黒田への復讐を遂げたのであった。
懸念していた通り終電を逃してしまったため、カプセルホテルで一泊した後、早朝にアジトに帰宅した。思いっきり返り血を浴びてしまったので公園の蛇口で頑張って洗い落としたのだが、それが思いの外時間が掛かってしまった。さすがに全身血塗れのまま電車に乗るわけにはいかなかったからな。
「……おかえり」
玄関のドアを開けると、そこには複雑な面持ちで真冬が立っていた。そんな真冬の姿を見て、俺は全てを察した。
「また監視カメラを通じて、俺の様子を見てたのか?」
「……ん」
「ったく、悪趣味だな」
「悪かったとは思ってる。だけど常に見ておかないと、秋人の身に何かあった時すぐに対処できないから」
「ああ、分かってる。一部始終見てたのか?」
「途中まで。トンネルに入ってからはカメラの死角になっちゃったから、そこから先は見てない。だけど黒田という男を殺したことだけは分かった」
「……そうか」
俺は少しだけ安堵した。黒田を殺した時の俺の表情は、とても他人に見せられるものではなかっただろうし。とはいえ俺が殺人を犯したという事実に変わりはない。
「軽蔑したければしろよ。俺は自分のやったことに後悔はしていない」
「軽蔑なんてしない。復讐したい人間がいるのは、私や春香も同じだから」
「……同じ穴の狢、ってやつか」
「ん」
俺はどこか安心感を覚えた。軽蔑したければしろなんて言ったが、やっぱり真冬に軽蔑されるとショックだ。
「春香はまだ寝てるのか?」
「もう起きて朝ご飯の準備をしてる。もうすぐできると思う」
リビングに向かうと、鼻歌交じりに料理を並べる春香の姿があった。
「あ、やっと帰ってきたわね秋人! 今日の朝ご飯はオムレツよ!」
真冬と違って、春香はいつもの調子だった。俺が黒田を殺したことは春香も知ってるだろうし、敢えて触れないでおこうという春香の優しさなのだろう。
「どう、復讐を遂げた気分は? 私もその様子を見てたんだけど、すぐ殺そうとせずに腕を折ったり足を潰したり、秋人って案外エグいところあるのねー」
「……あ、うん」
前言撤回。ただ何も考えてないだけだった。この無神経っぷりは春香らしいけど。
「言っとくけど、アタシに真冬のような思い遣りを期待しても無駄よ? まあでも、お疲れ様とだけ言っておくわ」
「……どうも」
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