黒田との再会
目的の駅に着いたのは午後十時半だった。邪魔は入ったが、予定に支障はない。俺は地図を見ながら、真冬が教えてくれた帰宅ルートに沿って実際に駅から黒田の自宅まで歩いてみた。
黒田の家は超がつくほどの豪邸だった。どうやら次長検事というのはかなり儲かる仕事らしいな。さぞ贅沢な生活を送っていることだろう。当然入口は厳重に施錠してあるのだろうが、俺には関係ない。
俺は【潜伏】を発動し、地中を経由してあっさりと庭への侵入に成功した。だが先程も言ったように黒田の家族まで巻き込むつもりはないので、あくまで自宅に黒田がいないかどうか確認するだけだ。
俺は地面から少しだけ顔を出し、光が漏れている窓を覗き込む。そこはリビングらしき空間で、中年の女と若い女の二人が仲睦まじげにテレビを観ていた。おそらく黒田の妻と娘だろう。それから軽く庭を一周してみたが、黒田の姿は見当たらなかった。
その後再び地中を経由して外に出た俺は、帰宅ルート上で最も人通りが少なそうな場所で黒田を待つことにした。周囲には民家もコンビニもなく、時間的に人はほとんど見かけないので、目撃される可能性は低いだろう。
問題は黒田が既に帰宅済みだった場合だ。あくまで外から確認しただけで、自宅にはいないという確証はないからな。その気になれば自宅に乗り込むという選択肢もあるが、奴の家族の前で実行するのは俺の本意ではない。やはり狙うのは奴が一人の時が望ましい。とりあえず一時間ほど待ってみて現れなかったら――
「!!」
遠くに見える、一つの人影。それを目撃した瞬間、俺は大きく目を見開いた。
間違いない……黒田だ。十年もの時が流れようと、俺には分かる。あれは黒田だ。死刑という死を経て、ついに再会を果たすことができた。
「ふ……ふふふ……!!」
無意識に笑いが込み上げてくる。黒田と相対した時、俺はどういう感情を抱くのだろうかとずっと考えていた。憎悪? 憤怒? あるいは空虚? 答えはそのどれでもなく、歓喜だった。
何も知らない黒田は、若干フラついた足取りで、鼻歌を歌っている。明らかに酔っ払ってるな。きっと飲み会か何かの帰りだろう。お気楽なものだ、これから何が起きるのかも知らず……。
黒田がこちらに近づくにつれ、その顔が鮮明に見えてくる。何度あの顔が悪夢の中に出てきたことか。自ずと検察庁で過ごした地獄の十八日間の記憶が蘇ってくる。しかし今、嫌悪感は一切ない。むしろそれが俺の復讐心をより駆り立ててくれる。
「……よお、黒田。久し振りだな」
黒田の前に立った俺は、静かに声をかけた。黒田は足を止め、目を細くして俺の顔を見つめる。
「ああん? 誰だお前は?」
当時と変わらない、汚らしい声で黒田が言った。分からない、か……。あの時の俺は21歳で、今は16歳の身体になっているのだから無理もない。しかし黒田と呼ばれて否定しなかったことから、人違いという線は完全に消えた。
「……月坂秋人という名前、覚えてるよな?」
「はあ?」
「十年前に逮捕されて、お前の取り調べを受けた男の名だ」
「はっ。そんな前のこと覚えてるわけねーだろ」
その瞬間、俺の感情は全て憎悪に塗り潰された。こいつは自分が死刑台送りにした人間のことも覚えていないのか……!!
「で、俺に何の用だ?」
「…………」
「けっ、用がねーなら行くぞ。俺は早く帰って寝てーんだ。つーかガキがこんな時間に出歩いてんじゃ――」
俺の横を通り過ぎようとした黒田の右腕を掴み、【怪力】を発動。その右腕を小枝のようにへし折った。
「……あ?」
ぷらんと垂れた自分の腕を、しばらく呆然と見つめる黒田。間もなくその顔はみるみるうちに青ざめていった。
「うわあああああああああああああああ!! 腕が!! 俺の腕が!! ああっ、いてえ!! いてえよ!! 何しやがんだてめえ!!」
黒田は腰を抜かし、涙目で絶叫する。そんな黒田の無様な姿を見て、俺の全身にとてつもない快感が迸った。ああ、いい。こういう反応が欲しかった。あの忌々しい記憶が浄化されていくようだ。
「あー悪い悪い、今のは俺の聞き方にも問題あったかな。もう一度言うぞ? 名前は月坂秋人。お前の取り調べを受けた後、死刑判決を受けた男だ。これでも思い出せないか?」
俺はその場にしゃがみ込み、黒田と目線を合わせながら尋ねる。
「月坂、秋人……!? お、思い出した!! 三人の人間を殺した、あの殺人鬼か!!」
「……殺人鬼、ねえ」
もはや冤罪がどうとか、そこを追及するつもりはない。奇しくも俺はこの世に蘇ってから鮫島、愛城、落合という三人の人間を殺してるわけだしな。
「その男がどうしたってんだ!? お前はそいつの親族か!?」
「いや違う。俺は月坂秋人、本人だ」
「……んな、何言ってやがる!? あいつはお前のようなガキじゃなかった!! そもそもあいつはもう死刑を執行されて死んだはずだ!!」
「そうだな。だが間違いなく俺は月坂秋人だ。お前に髪を掴まれたことも突き飛ばされたことも全部覚えてる。俺のおかげで出世できたんだろ? 万々歳だなおい」
黒田は全く状況を呑み込めていない様子である。そりゃそうだろうな。こんな立場に置かれたら誰だって混乱するだろう。
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