春香vs朝野
それに秋人は朝野に対して少なからず仲間意識があるだろうし、きっと闘いたくはないはず。千夏がいなくなったばかりでそんな役目を押しつけるのは、あまりにも酷だ。
だったらアタシが闘うしかないと、春香は腹を括った。朝野は強い。秋人にも引けを取らないほどに。だが不思議と負ける気はしなかった。兵藤を倒したことで、春香にも少しずつ自信が身に付き始めているのかもしれない。
「必殺〝綺羅星弾・雨〟!!」
飛行用の星に乗った朝野が上空を旋回しながら無数の星の弾を放つ。アイドル部でハードな稽古を重ねているだけあって春香の身のこなしは見事なものだが、いつまでも回避するだけでは埒が明かない。ならば――
「〝逆行壁〟!!」
春香はスキル【逆行】を発動し、頭上に透明な壁を展開した。兵藤に操られた子供達との闘いでも使用した、物質・物体の時間を強制的に巻き戻す壁である。これにより逆行壁を通過した星の弾は、春香に届くことなく消失していく。
「えっ、何それすごっ! やっぱり春香ちゃんのスキルは面白いにゃ!」
朝野は再び地面に降り立ち、軽やかに跳ね回りながら星の弾を放ち続ける。あらゆる方向から飛んでくる星の弾を、春香は逆行壁でひたすら凌ぐ。
「やるねえ春香ちゃん。でも守ってばかりじゃ勝てないよ?」
「……そうね」
春香の【逆行】は体力の消耗が激しいので、どのみち長くは保たない。兵藤と闘った時と違ってここは開けた場所なので、空気に対してスキルを発動し間接的に作用させる、という戦法も使えない。【逆行】のスキルだけで朝野に勝つのは厳しいだろう。
そう――【逆行】のスキルだけでは。
「安心して。ここからアタシの反撃ターンよ」
今こそ〝あれ〟を使う時だと、春香は不敵な笑みを浮かべながら、ポケットから一センチほどの〝歪な形をした虹色の物体〟を取り出した。その正体とは――
☆
遡ること三日前。リビングのテーブルには料理が並んでおり、春香と秋人が椅子に座っている。これから夕食の時間なのだが、そこには真冬の姿がなかった。
「真冬ったら、何してるのかしら」
「……呼んでくるか」
先に食べ始めるのもなんだが悪いと思い、秋人は椅子を立って廊下に出る。自室にはいないようなので、おそらく作戦会議室だろう。
「真冬ー。早く来ないと料理冷めるぞー」
秋人はそう呼びかけながらドアをノックする。返事はないが、何か変な音がするので中にいるのは確かだ。一体何をしているのだろうか。
「入るぞ真冬……うおおおっ!?」
ドアを開けた途端、大量の煙が廊下に溢れ出てきた。一瞬火事かと秋人は思ったが、火の手は見えないし熱気もない。むしろ寒い。よく見ると煙というより水蒸気のようだ。
「どうしたの秋人……って何これ!?」
秋人の声を聞いて駆けつけてきた春香が、同じく驚きの声を上げる。やがて水蒸気が収まり、真冬の姿が見えてきた。
「二人とも、何してるの?」
真冬は秋人達の方を振り向き、目を丸くして言った。
「こっちの台詞だ! 夕飯の時間になっても来ないから呼びに来てみれば……」
「……もうそんな時間。ごめん、実験に夢中で気付かなかった」
「実験?」
机には様々な実験器具が置かれていた。どれも高校の授業レベルではお目にかかれないような物ばかり。先程の水蒸気はその実験で発生したようだ。
「あら、何これ? 綺麗だけど変な形ね」
春香がビーカーに入っている小さな虹色の物体に注目した。まさしくそれが真冬の実験の産物である。
「一時的に他者のスキルを発現させる方法、二人とも覚えてる?」
「唐突だな。えーっと確か、そのスキルの所有者の血液と過酸化水素を反応させて、それにより生じた酸素を吸飲すること……だったよな?」
「ん。正確には、その酸素に含まれた〝スキル因子〟を体内に取り込むこと」
その方法を発見したのはニーベルングの一員であった兵藤であり、向井達はそれを利用して多くの子供達にスキルを与え、強引に闘わせていた。もっともニーベルングが壊滅した今となっては過去の話である。
「でも結局のところ、スキル因子を取り込むためには酸素ごと吸飲しないといけないんでしょ?」
「ん。だからスキルを発現させる為には大量の酸素を吸飲する必要がある。酸素も摂取しすぎるのは危険で、下手すれば酸素中毒になる怖れがある。それにこの方法では発現まで時間が掛かるから、いざという時には使えない」
実際、向井達が支配していた子供達の中にも酸素中毒に陥った子は少なくなかった。その子供達の一人である里菜が秋人との戦闘中に異状を見せたのはスキルの負荷が一番の理由だが、酸素の摂取過多も原因の一つであった。
「そこで私は酸素とスキル因子を分離する方法――つまりスキル因子〝のみ〟を取り込む方法を模索することにした。そうすれば酸素を吸飲する必要がなくなるから、遙かに効率が良くなる」
「なるほど……。それなら実戦でも活用できそうね」
「口で言うのは簡単だけど、そんな上手くいくのか?」
「私を誰だと思ってるの。侮ってもらっては困る」
「……すみませんでした」
ご立腹の真冬に、秋人は深々と頭を下げた。
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