【操縦】の能力者
「どう秋人? 凄いでしょアタシ達!」
またしてもドヤ顔の春香。凄いのはアタシ達じゃなくて真冬だろ。
「でもここからだと電車を使っても二時間は掛かる。夜は転生杯の参加者との遭遇率が上がる傾向にあるし、明日以降の方が――」
「いや、今日だ。むしろ人目が減る分、夜の方がやりやすい」
ようやく憎き黒田の住所が分かったというのに、明日までジッとしていろと? そんなの無理に決まってる。
「……分かった」
俺の心情を察したのか、真冬達はそれ以上何も言わなかった。しかしいくら黒田が憎かろうと奴の家族まで巻き込むつもりはないので、狙うのは帰宅途中だ。それから真冬は黒田が最も通る可能性の高い帰宅ルートを割り出してくれた。
「色々ありがとな、真冬」
「……ん」
これで全ての準備は整った。後は実行に移すだけだ。
「待って、秋人」
俺が部屋を出る間際、春香が俺を呼び止めた。
「秋人はこれから、黒田という男に復讐しに行くのよね?」
「ああ」
「今まで敢えて触れなかったけど……。秋人は自分の復讐を、どのような形で果たすつもりなの?」
「……と、言うと?」
「その男を、殺すの?」
真剣な表情で春香が尋ねる。春香の言いたいことは分かる。鮫島や愛城のような転生杯の参加者に対しては、元々死んだ人間という免罪符があった。だが黒田は違う。歴とした生きた人間だ。その一線を越えるのか、それとも踏み止まるのか。この復讐はそれを決定づけるものでもある。
数秒の沈黙の後、俺は静かに口を開いた。
「……愚問だな」
それだけ言い残し、俺は部屋を出た。
少し肌寒い夜の道を、俺は一人歩く。現在の時刻は午後八時。アジトから最寄りの駅まではそう遠くないので、向こうに着くのは十時過ぎになるだろう。帰りは終電を逃すかもしれないが、その時はその時だ。
「!」
だがアジトを出て数分後にイレギュラーが発生した。右腕の〝88〟の痣が赤く光り始めたのだ。近くに転生杯の参加者が近くにいる。チッ、こんな時に……。どうやら真冬の警告は正しかったようだ。
「ヒョーッホッホッホッホ!!」
間もなくふざけた笑い声と共に、一人の男がT字路の左側から現れた。
「君、転生杯の参加者だね!? 僕かい!? 僕の名前は落合拓真! 君と同じく転生杯の参加者さ!」
落合と名乗った男は右腕の〝94〟の痣を見せつける。94ということは俺より後の参加者か。
「だいぶ後発組となってしまったようだが、僕が参戦した以上、この転生杯はすぐに終わりを迎えるだろう。何故かって? それはこの僕があっという間に残りの参加者を倒してしまうからさ! 喜びたまえ、君は最初に僕の栄光への礎と――」
「失せろ」
「……え?」
「悪いが今はお前の相手をしている暇はない。見逃してもらえることをありがたく思え」
俺が冷たく言い放つと、落合は困惑の表情を見せた。
「ははっ。おいおい、君は転生杯のルールを理解していないのかい? まあ正直僕も参加したばかりで完全に把握してるわけじゃないんだけど、要は他の参加者を倒して脱落させればいいんだろう? だったらこうして参加者同士が出会った以上、闘わないという選択肢など有り得な――」
「もう一度言う。失せろ。今のお前にできるのは、命拾いできたと喜びに打ち拉がれることだけだ」
俺の威圧感に気圧されたのか、三歩ほど後退する落合。しかしそれでも落合は引き下がらなかった。
「は、ははっ! そんな脅し文句が僕に通用すると思っているのかい!? 君はこの場で僕に倒される運命にあるのさ! さあ覚悟を決めたまえ!」
俺は二度目の舌打ちをする。やはり闘うしかないのか。
「一方的な勝負になるとつまらないし、ハンデとして予め僕のスキルを教えてあげよう。その名も【操縦】! あらゆる乗り物は僕の意のままに操ることができるのさ!」
「…………」
「乗り物なんて乗ってないだろって? 安心したまえ、たとえ僕が乗っていなくても操ることは可能なんだよ。こんな風にね!」
落合が指を鳴らした直後、背後から激しい駆動音がした。振り返ると、後方から一台のトラックが猛スピードで走ってくるのが見えた。軽く百キロは出ているだろう。あのトラックで俺を轢き殺そうという算段か。この道幅だと端に避けるのは厳しそうだし、塀の上によじ登るほどの時間はない。となると……。
間もなくトラックがT字路の正面に衝突し、爆音が響き渡った。
「ヒョーッホッホッホッホ!! 勝負あったね! 口ほどにもないとはこのこと……ってあれ? おかしいな、全く血が飛び散っていない……? まさかあれを回避したのか!? 一体どこに……!?」
「ここだ」
落合の背後に立っていた俺は【怪力】を発動し、落合の首を掴んで宙に持ち上げた。
「がっ……!? そんな、なんで……!?」
「さて、なんでだろうな」
種明かしをすると、俺は【潜伏】のスキルを発動して地面の下に潜り、トラックの衝突を回避していた。そしてそのまま落合の背後の地点まで移動したというわけだ。早速このスキルが役に立ったな。
「な……なんて力だ……!!」
溺れた幼児のように藻掻く落合だが、【怪力】によって大幅に上昇した俺の握力から逃れる術などありはしない。
「じゃあな、後輩」
俺は落合の身体を激しく地面に叩きつけた。そのダメージで落合は絶命し、直後に消滅が始まった。
「安心しろ。お前のスキルは俺がありがたく頂戴する」
完全に消滅する寸前、俺は【略奪】によって落合のスキルを奪った。脳裏に〝操縦〟の二文字が浮かぶ。汎用性に欠けそうなスキルだが、まあいいだろう。
「きゃあっ!? トラックが……!!」
「酷いなこりゃ……」
程なくして爆音を聞きつけた一般人が群がってきた。これ以上ここに留まると面倒なことになりそうなので、俺は即座に立ち去った。






