不穏な取引
『そうビビるな、物の喩えだよ。悪魔は所持者に強大な力を与える代わりに生命力を奪っていく。仮転生体には使用期限があることは支配人から聞いてるだろ? その使用期限というのは即ち、生命力が尽きるまでの期間を意味しているのさ』
仮転生体の使用期限というのは転生杯の長期化を防ぐために支配人が設定したものとばかり思っていたが、そういう理屈があったのか。
『つまり6つのスキルを持つお前は、6体もの悪魔と契約していることになる。そんなの身体にエラーが出るのは当然だ。お前は今とてつもないスピードで生命力を奪われ、仮転生体の使用期限を大幅に縮めている。このままだとこの身体は一ヶ月、いや一週間保つかどうかも怪しいな』
「何だと……!?」
冗談じゃない、おそらく転生杯の参加者はまだ数十人残っている。そんな短期間で転生杯を終結させることなど不可能だ。それに俺の復讐はまだ終わっていない。生前の俺に殺人犯の濡れ衣を着せた真犯人をこの手で殺すまでは死んでも死にきれない。
『お前もまだ死にたくはないだろ?』
「当たり前だろ!! 何か手はないのか!?」
『安心しろ。迫り来る死を回避する方法が一つだけある。それは僕のスキルだ』
「お前のスキル……!?」
こいつも元は転生杯の参加者だったのなら、何らかのスキルを所持していたはず。それを今でも使えるというのか。
「何なんだ、お前のスキルというのは」
『それは教えられないな。一度僕が差し伸べた手を振り払った罰だ』
まだ言うか。どうやら根に持つタイプらしい。
『僕のスキルを使えば、あっという間に元の健康な身体に戻る。そして今後スキルが増えても支障が出ることは一切ない。まさに万事解決だ』
「……そんな都合の良い話を信じろと? 仮に本当だったとしても、何か裏があるとしか思えないな」
『分かってるじゃないか。勿論タダってわけにはいかない。僕と取引をしよう、秋人』
「取引だと……!?」
『ああ。この身体を救ってやる代わりに、一つだけ条件がある』
大地の口から条件が伝えられる。俺はそれを聞いて憤りを禁じ得なかった。
「ふざけんな、これは俺の身体だ!! なんでお前なんかに――」
『この条件を呑むだけで死を回避できるんだ。お前の方が圧倒的にメリットが大きいと思うけどな。それとも取引を破棄するか?』
「……っ!!」
現状、こいつに頼る以外に助かる道はないだろう。普通に考えれば取引に応じない手はないが、こいつの言ってることがどこまで本当か分からない。
果たして簡単に信用していいのか。しかし今の俺が生死の境を彷徨っているのは間違いない。このままだと俺は……。
――秋人、お願い。目を覚まして……!!
その時、一つの声が聞こえてきた。真冬だ。声を通じて真冬の感情が痛いほど伝わってくる。そうだ、俺はこんなところで死ぬわけにはいかない。復讐を遂げる為に。転生権を手に入れる為に。そしてなにより、大切な人達の為に。
もう迷ってる場合じゃない。俺は決心を固めた。
「……分かった。お前の口車に乗ってやる」
『よし。取引成立だ』
大地が指を鳴らす。直後、空間全体が渦のように歪んでいく。
『また会おう。秋人』
意味深な笑みを浮かべながら、最後に大地はそう言った。
☆
意識が戻り、俺はゆっくりと上体を起こした。ここは……アジトの俺の部屋か。気を失った後、春香達が俺をここまで運んでくれたのだろう。
「秋……人……?」
俺の横では、真冬が夢でも見ているかのような顔で俺を見つめていた。その後ろでは春香が唖然としている。どうやら相当驚いてるようだ。無理もない、三日間も昏睡状態に陥っていた人間が、突然目を覚ましたのだから。
「秋人!!」
「ぐはっ!!」
真冬が物凄い勢いで俺の身体に抱きついてきた。前回から更に威力が増している。
「よかった……秋人……死んじゃうかと思った……!!」
俺の胸で大粒の涙を流す真冬。この三日間、ずっと俺の看病をしてくれたのだろう。なんだか申し訳ない気持ちになった。
「ごめんな真冬。春香も。心配をかけた」
「まったくよもう……!! 本当に大丈夫なの!?」
自分の額を俺の額にくっつける春香。
「あっつ!! 全然熱下がってなくない!? どうなってんのよ秋人の身体!」
「女子二人にこんなに密着されたら嫌でも体温上がるわ!」
落ち着いた後に体温計で測ったところ、36度5分。紛れもなく平熱である。
「信じらんない……。ついさっきまで40度以上あったのよ? アタシのスキルでもどうにもならなかったのに、一体どんなマジックを使ったの?」
「んー、上手く説明できないけど、俺の深層心理の中に大地って奴がいて、そいつの力で全快したというか……」
「……何言ってるの秋人? 頭でもやられた?」
うん、至極真っ当な反応だ。俺自身もまだ受け入れられてないし。
「まあ、秋人が死なずに済んだのなら何でもいいわ。秋人のお墓はどこに立てようかって考えてたところだったんだから」
「……春香」
ようやく泣きやんだ真冬が、春香の顔を睨みつける。
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