千夏の最期
「こんな状況でも笑うのね。それとも死の恐怖でおかしくなったのかしら?」
「舐めてるのは貴女の方。確かに私のスキルには記憶を読み取る力がある。でも、本当にそれだけだと思う?」
「……!?」
「支配人は転生杯で闘い抜く為の力として、参加者にスキルを与えた。だったら私のスキルが記憶を読み取る力だけのはずがない。そこに考えが至らない時点で、貴女は底が知れている」
「……またハッタリのつもり? そんなのが通用すると――」
「ハッタリかどうかは、その目で確かめてみるといい」
真冬からただならぬ雰囲気を感じ取り、広瀬は無意識に後退る。
「能ある鷹は爪を隠す。見せてあげる……私の〝爪〟を」
眼前の敵を倒すべく、真冬はスキルを発動した。
☆
――ニーベルングビル・屋上――
突如として〝数秒先の未来を視る力〟が発現した千夏は、その力によって向井が放つ剣を回避し続けていた。だが……。
「ぐっ……はあっ……!!」
呼吸が酷く乱れている。とっくに千夏の体力は限界であった。だが向井の攻撃が続く限り休む暇はない。一瞬でも動きを止めれば剣の餌食となってしまう。やがて向井が深く嘆息した。
「私を相手にここまで粘ったことは褒めてあげよう。だが、いい加減飽きてきた。そろそろ死んでもらうとしよう」
しばらく一本ずつ剣を放っていた向井だったが、ここにきて無数の剣を生み出し、一斉に放った。これではいくら未来が視えていても、回避のしようがない。
「ああっ……!!」
千夏の左腕、右足、腹部を容赦なく剣が貫く。大量の血を流しながら、千夏は倒れた。
「お疲れ様」
向井が指を鳴らすと共に、全ての剣が消滅した。だが千夏の出血と激痛が収まることはない。向井はゆっくりと、倒れた千夏のもとへ歩み寄っていく。
「結局、誰も助けには来なかったか。最大のピンチに仲間が駆けつけてくるというお約束の展開を期待していたようだが、現実は甘くないな」
屋上の出入口を振り向きながら、向井が呟く。やがて向井は千夏の傍で立ち止まり、その苦痛に歪んだ顔を見下ろす。
「お前の最大の敗因が何か、分かるか? それはスキルの有無でも、身体能力の差でもない。〝信念の弱さ〟だ」
「信……念……!?」
「お前は最初に私を倒すと言ったな。だがその〝倒す〟という言葉の中に、私を〝殺す〟という意は含まれていたか? 答えは否だろう」
「……!!」
「転生杯においては敵を〝倒す〟ことは〝殺す〟ことに他ならない。転生権を手にする為には、敵を殺し、自分が最後まで生き残るしかないからだ。殺さなければ殺される、転生杯の参加者はそのような世界で闘っている」
向井が千夏の背中を踏みつける。堪らず千夏は悲鳴を上げた。
「我々には敵を殺すという絶対的な信念がある。だが一般人のお前にはそれがない。その時点でお前は負けていたんだ」
向井は千夏の首を掴み、持ち上げる。もはや千夏に抵抗する力は残っておらず、呻き声を上げることしかできなかった。
「まあ、たとえどんな信念があろうと、お前が私に勝てる可能性など万に一つもなかったがな。一般人は一般人らしく、身の程を弁えておけばよかったものを……」
そのまま向井は屋上の端へと歩を進めていく。どうせ放っておいても死ぬだろうが、確実に殺しておこうと向井は考えた。
「見ろ、実に美しい夜景だ。死に往くお前への餞としては上等だろう。その目にしかと焼き付けておくがいい」
地上二百メートル上空に、千夏の身体が晒される。千夏を救える者も、向井を止められる者も、この場には存在しない。
「では、さらばだ」
そして――まるでゴミを捨てるように、向井は千夏を宙に放り投げた。
千夏の身体が落下していく。その刹那、千夏の脳裏には自分が生きた十八年間の様々な出来事が蘇ってきた。
その中で最も色濃く浮かんでいたのは、秋人との思い出。秋人とカラオケやボウリングで遊んだこと。秋人と放課後の図書室で勉強したこと。秋人と同じ屋根の下で過ごした日々のこと。どれも千夏にとって、かげがえのない思い出だった。
(嫌……だ……!!)
それらの思い出が、千夏に〝生〟への執着を激しく抱かせる。
(嫌だ!! 死にたくない!! 死にたくない!! 死にたくない!! まだちゃんと、想いも伝えてないのに……!!)
だが、現実は非情である。千夏の身体は地面に叩きつけられ、大量の血が飛散し――千夏は絶命した。
「……ふん。とんだ茶番だったな」
ただの肉塊と化した千夏を見下ろしながら、向井は何の感情もなく呟いた。数々の人間を闇に葬ってきた向井にとって、千夏の殺害も些末な出来事の一つに過ぎなかった。
「さて、他の闘いはどうなったかな……」
まるで何事もなかったかように、向井は出入口に足を向ける。だがその途中、どうしてか足を止めた。向井の潜在意識が、何やら不穏な気配を感じ取ったからだ。
ふと顔を上げてみると、向井のちょうど真上の空で、怪しげな雲が渦を巻くように集まっていくのが見えた。先程まで雲一つない夜空だったというのに。
次回、第160話「蘇りし魂」へと続きます。






