春香の逆鱗
「残る一人、昼山って男は何者なんだ?」
「この男についての情報はほとんど出てこなかった。つい最近、向井の側近に就いたってことくらいしか……」
俺は昼山の顔写真を見つめた後、無意識にこう呟いた。
「……こいつ、かなり強いな」
「何よ急に。顔を見ただけでそんなこと分かるの?」
「いやまあ、ただの直感なんだけどさ」
上手く言えないが、この男からは強者特有のオーラのようなものを感じる。何度も死線をくぐり抜けてきたせいか、俺もそういうのを感じ取れるようになったのだろうか。
「それにしても、たった一日でよくここまで炙り出せたもんだな。流石は真冬だ」
「……どうも」
「他に手に入れた情報はないの?」
「一応、ニーベルングの内部映像の入手にも成功した。だけど……」
「だけど、何?」
短い間を置いて、真冬は口を開いた。
「……見るのはあまりオススメしない。特に春香は」
「私? どういう意味?」
「なんかそう言われると余計気になるな。とりあえず見せてくれ。春香はどうする?」
「私も気になるし、見るわ」
「……ん」
真冬は躊躇いがちに映像を再生させる。それはとある室内の様子で、一人の男と二人の子供が映っていた。この男は兵藤か。二人の子供は全身傷だらけである。
『ほらほらどうした!! もっと相手を殺すつもりで闘え!!』
兵藤は嗜虐的な笑みを浮かべながら、手に持っている鞭で子供達を叩く。まさか無理矢理二人を闘わせているのか……!?
『ううっ……』
『痛いよ……』
『泣き言を言うな!! そんな暇があったら闘え!!』
何度も鞭の音が響き、その度に悲鳴が上がる。あまりに残酷な光景に、思わず俺は目を背けてしまった。
『親にも捨てられた能なし共が!! 闘う以外にお前達の存在価値はないんだよ!! 利用してやってるだけありがたく思え!!』
そこで真冬は映像を消した。これ以上は見せられないと判断したのだろう。
「兵藤は、このような非人道的なやり口で子供達に闘いを刷り込ませる。転生杯の参加者と闘わせる為の道具として」
「……酷い話だな」
里菜ちゃんが尋常ではないほど怯えていた理由が分かった。他にも多くの子供達が同じような目に遭ってるのかと思うと、非常に胸が苦しくなる。
「許せない……!!」
春香の表情は今まで見たことがないほど怒りに満ちていた。生前に母親から育児放棄をされて死に至った春香にとって「親にも捨てられた能なし共」という発言は、逆鱗に触れるのに十分だったのだろう。真冬が春香に映像を見せたくなかった理由が分かった。
「決めたわ。この兵藤って男はアタシが倒す……!!」
強い決意を宿した目で春香は言った。基本的に戦闘に関してはいつも俺に丸投げしている春香だが、どうやら今回ばかりは春香の闘志にも火がついたようだ。
「もう居場所は分かってるんだし、今すぐ乗り込むわよ!!」
「……駄目だ」
血気に逸る春香を諫めるように、俺は言った。
「どうしてよ!! 秋人は今の映像を見て何とも思わなかったの!?」
「春香の気持ちは分かる。俺だってこいつらは絶対に許せない。だけどよく考えろ、子供達は完全にこいつらの手中にある。つまり子供達を人質として使われることも十分有り得るんだ。春香は子供達を盾にされた状態で闘えるのか?」
「それは……!!」
状況を理解したのか、春香は押し黙った。子供達を操って闘わせるような奴等だ、人質として使うことに何の躊躇いもないだろう。
「闇雲に攻め込むのは駄目だ。まず俺達がやるべきことは、ニーベルングのビルに監禁されてる子供達の救出だ」
「私も秋人に賛成……と言いたいところだけど、それはかなり至難の技だと思う。このビルは一階から二十階まで組員の居住スペースになっていて、向井達もそこを拠点としているから」
「……つまり向井達に気付かれないように子供達を救出するのは難しいってことか」
「ん」
たとえビルの潜入に成功したとしても、転生杯の参加者には右腕の痣がある。この痣は他の参加者が接近すると光り出すため、もし四人の内一人でもビルの中にいたら、そいつの痣が反応して潜入がバレてしまう怖れがある。子供達の命が懸かっている以上、できるだけリスクは避けるべきだ。
「なんとか向井達を誘き出して、子供達と引き離すことができれば……。真冬、この四人について他に情報はないのか?」
「それが……四人の個人情報は巧妙に隠蔽されていて、生年月日すら出てこなかった。おそらくこれも、広瀬という女の仕業」
「顔と名前まで割れてるのにか?」
「ん。むしろ顔と名前をあっさり割り出せたことの方が不自然なくらい。まるで見つけてくださいと言わんばかりに……」
しかし困った。子供達の救出も、向井達を誘き出すのも厳しいとなったら……。
「あの子の……里菜の襲撃が失敗に終わったことは向井達も把握しているはず。それで向井達がどう動くか、今は出方を窺うしか……」
「そんな、ただ待つしかないってこと!? こうしてる間にも子供達が傷ついてるのかもしれないのよ!?」
「分かってる。だけど下手に動くのは危険。私もできる限り向井達に繋がる情報の入手に尽力する。だからせめて三日は我慢して春香」
「……っ」
悔しげな表情で、春香は拳を握りしめた。
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